第24話『勇敢な炭鉱夫と無言の民ストーン・ガーディアンズ』

 手を広げていた集団にソジュンたちが近付くと、何やら、ジェスチュアを始めた。言葉らしい音を発さず、くちびるだけを、ポッポッ と規則的に鳴らして、振り子時計の様に両腕を大きく揺らしている。

 ぼんやりしているソジュンたちを見つめながら後退し、腕を揺らし、後退し、を繰り返している様子から、恐らく、手招きをしているらしかった。

「どうする」

 ニックがリクにたずねた。

「ついていってみようよ」

 リクが即決して言った。

「分かった」

 うなずいた後ニックは、「リクたちが先に行ってくれ。何かあったら、俺が対処する」と指示し、リクも、「分かった」と、その通りにした。

 ソジュンは ふたりの やり取りを見ているだけだった。それでも、歩を進める馬の上で、心臓を バクバク させながら、ポシェットの中の地図を引っ張り出した。

「どうだ? 」

 背中越しに、ソジュンの行動が伝わったのだろう。ニックが前を見たままでソジュンに尋ねた。

「はい」

 ソジュンは、進んでいる方向を方位磁石で確認して、答えた。

「この先に、僕たちの次の目的地がある模様です」

「それなら、この人たちは、例の “言葉を持たぬ民” ということか? 」

「その可能性は高いですが、どうでしょう。まだ断定はできません」

 前を歩いているリクたちをのぞくと、シャン と背筋を伸ばすリクの後ろに、おびえ切ったヘテが見えた。ポッポ と唇を鳴らし続ける集団の言葉が分かるのだろうか? それとも、分からず怯えているのだろうか? ソジュンの鼓動は、増々早まるばかりだった。


 ソジュンたちは、周囲にさえぎる物が無い、平べったい土地の、不自然に緑が覆いかぶさった一帯に案内された。

 砂の上には深緑色の大きな葉が敷かれており、その周りを、数本のアカシアの木が囲う様にして立てられていた。生えている、のではなく、地面を深く掘り、文字通り “立てられていた” のだ。

 集団は、ソジュンたちの馬を取り囲むと、唇を、今度は ポッポポポ と鳴らしながら、体を揺すった。どうやら、「馬から降りる様に」と指示しているらしかった。

 「どうしましょう」と眉をひそめるソジュンに、「私が降りてみるよ」と言ったのは、やはりリクだった。

「で、でも──」

「いや、俺が先に降りる。リクたちは そのまま馬に乗っていてくれ」

 言いよどむソジュンの言葉に被さる様に、ニックが宣言した。

 自らの手から手綱を外したニックは、ソジュンに振り向いて、それを握る様に言った。

「怖いかも知れないが、持っていてくれ。大丈夫だ、利口な馬だからな」

 ソジュンが、震える手を差し出すと、ニックに肩を優しく叩かれた。

「俺が先に降りる。もし何かあったら、この手綱を後ろに引け。リクたちを連れて、ここから逃げるんだ」

「え」と、ソジュンはニックの顔を見た。「それじゃあ、ニックさんは? 」

「俺は、どうとでもなる」

 ニックは優しい表情で、力強く言った。

「俺は大丈夫だが、問題はリクだ。何かあった場合は、ソジュン。お前が あの子を守ってやるんだぞ」

 そう言って、大きな手でソジュンの胸を押すと、ニックは馬から降りた。

 ソジュンは、手綱を握り締めながら、その様子を見守っていた。前に停まるリクとヘテも凍り付いた表情で、仲間の大男と、それを取り巻く集団を見つめている。

 ソジュンは、この集団が、ほぼほぼ女性で形成されているということに気がついた。

 彼女らはニックに、水が入ったつぼと、大葉に包まれた焼き魚を差し出した。が、彼が受け取らずにいると、集団は、お互いに顔を見合わせた。

 顔を見合わせた彼女らは、何かを納得したかの様にうなずき合うと、ひとりがニックの前に出てきて、彼に差し出した水と魚を、それぞれ ひと口ずつ、口に含んで、微笑んで見せた。また両方を差し出した。

「危険な物ではない、と言っているのか? 」

 つぶやいたニックが、手を伸ばして両方を受け取ると、彼女たちは キャッキャ と嬉しそうな声を上げた。

 それから、砂漠から来たこの見知らぬ大男に、独特なジェスチュアでもって、「ぜひ、飲んで 食べてくれる様に」と言った。その通りにすると、彼女たち集団は、また キャッキャ とね回った。

「あの、ニックさん、大丈夫ですか? 」

 馬の上からソジュンが尋ねると、ニックは、「ああ、問題ない。普通の水と魚だ」と、いつもの優しい笑顔を見せた。


 馬を木陰に繋いだ彼女たちは、ソジュンたちに麻のひもくくられた紙の束を差し出してきた。

「パピルス(古代エジプトで用いられていた、草で作られた紙の様な物)だ。きっと、何か伝えたいことがあるんだ」

 ヘテが言った。

 ソジュンは、彼女たちから紙の束を受け取ると、紐を解いた。

「えっ」

 紐の下から現れた物を見て、ソジュンは固まった。

「これって──! 」

 ソジュンの隣から、一緒に覗き込んでいたリクも、驚きの表情を隠せなかった。

 そこに あったのは、アルファベットだったのだ。しかも、出鱈目でたらめに並べたものではなく、しっかりと、文章を作っていた。それは次の様に述べていた。

《聖なる石に魅入みいられし者へ》

 そして次のページには、《私たちは、《聖なる石をThe Stone守る者Guardians》です》とあった。

「この人たちが」

 そう言って顔を上げたソジュンに、彼女たちは微笑みを向けた。

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