第25話『伝えるパピルスと英雄への選抜』

《私たちは自然に生まれてからずっと、この紅海と共に生存してきました。この美しい海に認められた一族です。》

《この書を記す現在から約2000年前、つまり、“紀元前” 3000年頃、私たちの海は、突如として光を放ちました。太陽神ラーの化身、ファラオの誕生と共に。》

《私たちはその瞬間、まわしい言語を捨て去りました。代わりに歌を持ち、記録の為に絵を描き、聖なる石の存在と、その獲得者を、後世に伝えております。》


 そのページをめくると、彼女たちに手を引かられた。何処かへ案内したいらしい。ソジュンたちはうなずき合って、彼女たちが したいままにさせた。

 ポッポ とくちびるを鳴らしながら、白い衣に身を包む彼女たちは、馬を繋いでいる木の近くを素手で掘り返し始めた。

 彼女たちが掘った穴の中から、石板が数枚、重ねられた状態で出てきた。内、半分には人間の絵が4、5人ずつ描かれていて、半分には何も描かれていなかった。

 彼女らは それらをソジュンたちの前で、左から順に並べて行った。

「ねえ、あの石」リクが指差して言った。「ひとり足りなくない? 」

 リクが言う通り、絵が描かれている物の最後尾にある石板には、もうひとり描き込める隙間があった。

「それに、あの人──」

 リクが何かを言い掛けて、集落の女たちにさえぎられた。

 早く続きを読んでもらいたいらしい。


《聖なる石が再び この世界に現れる時、それは、新たな指導者が この地に誕生する時。石は、常に指導者を選び続けてきました。》

《聖なる石は貴方を選びました。私たちは貴方を歓迎します。》


 最後のページを読み終えると、彼女たちは砂漠の中で出会った時と同じ様に、横並びになって両手を大きく広げた。


 彼女たちから出された水と焼き魚で ひと息吐くと、ソジュンたちは早速、その、《聖なる石》というものを見せて貰うことにした。

 アカシアの木が “刺さっている” 彼女たちの住処すみかから、すぐ下った所に それはあった。

「成る程、ジェラーの地図が言う通りですね。海が グツグツ 湧き立っています」

 ソジュンは彼女たちが指差す先を眺めて言った。

 真昼の太陽で更に透明度を増した、エメラルドグリーンの海は、ソジュンの言う通り、グツグツ と泡を噴き出していた。まさに、鍋の中で水が沸騰ふっとうするかの様に。

「あの下に、あのジェラーとかいう変ちくりんが言っていた、《海底で燃え続ける石》があるのだな」

 従業員たちが食事を楽しんでいる間、ひとりで暇を持て余していたヘテが不機嫌そうに言った。

「あの海なら、石くらい、すぐに拾えそうな気がしない? ナイルみたいに流れが急って訳じゃなさそうだし、にごってる訳でもないし」

 リクがそう言って、砂浜を下り始めた時だった。集落の数少ない男たちが、怖いもの知らずの少女のマントを掴んで止めた。

「どうしたの⁉ 」

 驚いたリクが尋ねると、男たちは、体全体を使って、彼女に何かを訴え始めた。

 彼らは自らの足を指差すと、体に沿わせる様にして、指を持ち上げた。

「足、が、上に? どういうこと? 」

 リクは首を傾げたが、隣で女たちが腕を頭上 高く上げて、藻掻もがく様な仕草を見せてくれたお陰で、ようやく意味が通じた。

「分かりました! 水深が深いので注意しろと忠告して頂いているんですね! 」

 ソジュンは大袈裟に首を上下させた。

 彼女たちは、自分たちが言いたいことが伝わって嬉しかったらしい。ジェスチュアで、海は見た目以上に恐ろしいことを、ソジュンたちに教えてくれた。

 「ある者は欲を出しすぎ、足を取られたまま浮かんでこなかった」だとか「ある者はズルをして、何人かで石を取りに行き、それが神様に ばれ、石を一生引っこ抜けなかった」だとか、色々だ。

「聖なる石は、ひとりで取りに行かなくてはならないんですか? 」

 ソジュンが尋ねると、集落の人たちは、首を大きく上下させた。そしてジェスチュアで、「ひとりです」と念を押す様に言った。

「貴方たちの中から、最初に海に顔をつけた者。その ひとりが、聖なる石を取り出す権利を得ます」


「参りましたねえ」

 ソジュンは頭の後ろをいた。

「そうだな」と、ニック。

「うーん、誰が行くべきか」

 ヘテも、顔を曇らせて言った。

 頭を抱える一行に、集落の人々は、「ゆっくり考えていても大丈夫。だけど、挑戦を始める時には呼んで欲しい」とジェスチュアを残し、ソジュンたちから離れて行った。

 彼女たちの後ろ姿を見送っていたリクは、ソジュンたちの顔を ひとつひとつ見比べて、「あのさ」と声を上げた。

「皆が行きたくないんだったら、私が行くよ。だって、少し深いってだけでしょ? 」

 そのまま歩き出そうとしたリクを、今度はニックが捕えた。

「待て、リク。俺らが悩んでいるのは、そういうことでは無いんだ」

「じゃあ、どんなこと? 」

 リクは首を傾げる。

 「ええっとねえ」と、ソジュンが口を開く。

「ひと言に、海は深いから気を付けてっていうことじゃないんだ。どれくらい深いのかも分からないし、さっき、この集落の人も言っていたけど、海に入ったまま帰ってこなかった人もいるとか、一生掛かっても石が引っこ抜けなかったとか──」

「それは、その人たちの行いのせいだって、あの人たち言ってたでしょ? 」

「それじゃあ、逆に聞くよ」と、ソジュン。「本当に そう思うの? 現実的に考えてみて、本当に、神様からの天罰だって? 」

 それは違う。あれらのできごとは、以下の様な事を僕たちに忠告していたんだ。

 一見、穏やかに見える海だからといって、少しでも注意をおこたれば、取り返しのつかない事態になる。

「そして、ジェラーの地図にも記されてあっただろう? 《我そこに潜って見てみれば、青く深い海の底、黒く厚い岩の隙間に、燃え盛る炎、発見せし》って。僕の予想なら、それは、相当に分厚い岩だとみる。だって、複数人が引っ張ったって、抜けなかったくらいだ。その複数人が、屈強な男たちだったと仮定すれば? 僕たちは、もっと良く考えるべきなんだ」

「それは、そうだけど──」

 それだったらどうするの? と、リクは言った。

 ソジュンは、「そうだねえ」と少し考え、「3つのことが確認できればいいんだ。ひとつ目は、水深。ふたつ目は水流、3つ目は石を守る岩。それらが分かれば、やりようがあると思うんだ」

「そうだな」

 ニックが頷いた。そして、重たい口調で、「それを、誰が調べに行くか、だな」と言った。

 ソジュンは自分が行く、と自信を持って手を挙げられなかった。水に潜る事に、不慣れだった為だ。

 視界の隅でリクが手を動かしかけた。が、ニックが首を横に振って、それを制した。

 ヘテは正直だった。

「ワタシは無理だ」と、先ず口を開いた。「ワタシは、恥ずかしながら、泳ぐことに慣れていないのだ。力に成れず、申し訳ない」

「分かりました」

 ニックは頷いた。

 彼の穏やかな茶色の瞳が、ソジュンに移された。

「あ、あの──」

 答えを決めかねているソジュンが、視線を彷徨さまよわせると、ニックの薄い上唇うわくちびるが、ゆっくりと持ち上がった。

「俺が行こうと思っている」

「へ? 」

 ソジュンは耳を疑った。

「ニックさんが、行かれる、ということですか? 」

「ああ」

 ニックは頷いた。

「自分で言うのも何だが、俺が この任務には適任だと思う。俺は、ここにいる誰よりも、泳ぎには自信があるんだ。ある程度の潜水も可能だ。どうだろうか? 」

 ニックは皆に意見を求めている様だった。その表情は、何処か緊張していた。

「いいと思う」

 リクが言った。

「ワタシもだ。君が適任だと思う」

 ヘテも賛成だ。

「ジェイは どうだ? 」

「え、ええっと──」

 ソジュンは、汽車の中で向けられた視線を思い出していた。

 指揮官、アントワーヌから向けられた視線だ。「お前は? どうする」低く そう言った彼の目は、「お前が行け」と言っていた。

 しかし、今、目の前にあるニックの目は違う。

 この優しい瞳は、不安の色を浮かべていたのだ。恐らく それは、ソジュンが心の中で葛藤かっとうしている物と同じなのだろう。「本当に自分に できるのか? 」という不安。それでも この大男は、「俺が行く」と言葉に出して言った。そこが、ソジュンと彼との違いだった。

 ソジュンはうつむくしかなかった。

「僕も、ニックさんが、適任だと思います──お願い、できますか? 」

「ああ、任せて欲しい」

 ニックは笑顔を浮かべて、頷いた。

「集落の人たちを呼んでこよう。すぐに始めるべきだ」

 一行は彼女たちの元へ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る