第26話『挑む者と大爆発』
石を取りに行く人を決めたと伝えると、彼女たちはニックに最初に見せた物と違うパピルスを渡した。それも、やはり英語で文書が書き記されていた。
ニックはパピルスを最後まで読むと、「承知した」と彼女たちにそれを返した。
「何が書いてあったの? 」と、リク。
「聖なる石を取りに行くにあたっての、ルールが書いてあった」
海に向かって歩き出していた勇敢な大男は、後ろを追ってくるソジュンたちに説明を始めた。
「ルールは簡単だ。
「大丈夫、ですか? 」
ソジュンが
その表情は、上空に浮かぶ太陽の様にに カラッ と明るかった。決意した顔だ。
「何とかやってみるさ」
言って、彼は再び海へと向かった。
浜辺には、ソジュンたち一行と、集落の人たちとがいた。皆、今から試練に挑もうとするニックの背中を見つめている。
体を覆っていたマントと、洋服を脱ぎ、彼女たちから借りた布を
ニックは男たちが何処からか運んで来た、麻でできたロープを受け取ると、片側を自らの腰に巻き付け、もう片方をアカシアの木に
集落の人たちが言っていた通り、確かに海は浜辺から石の挟まっている所にかけて、急に深くなっている様だった。ニックの巨体が、バランスを崩しながらエメラルドグリーンの海に ポチャン と沈んだ。
「ニック! 」
思わず飛び出しそうになるリクを、集落の人たちが抑えた。彼女たちはリクに向かって、「大丈夫」というジェスチュアをした。
すると彼女たちの言う通り、ニックの頭が海面に浮かんできた。
ソジュンたち一行は、
ニックは そのままの状態でで スイスイ 奥へ泳いで行くと、ブクブク 空気が泡立つ場所で、再び潜った。
アカシアの木からのびた命綱が、ニックの動きを体現している。ソジュンは、ロープが左右に動く様子を見守っていた。
ロープが ピン と張って、ニックが顔を出した。
ソジュンとリク、ヘテは前のめりになって、危険な試練に立ち向かう仲間を見つめた。
「ニック、どうかしたのかな? 」
リクが言った。
「どうして? 」
ソジュンが聞くと、隣でヘテが、「確かに、何かがあるのかも知れない」と
目を凝らすと、ニックが首を傾げている姿が見えた。
何かおかしな事でもあったのだろうか? ソジュンも釣られて首を傾げている最中に、ニックはまた、海に潜って行った。
砂浜のロープが活発に動き始め、ピン と張り、浮上する。首を傾げる。
そんな事を何回か繰り返した後、ニックは手ぶらで岸まで泳いで帰ってきた。
「波はどう? 」
帰ってきたニックに、リクが尋ねた。
「幸運なことに、穏やかだ。海水浴をしている気分になった」
彼は後輩の炭鉱婦に笑顔で答えると、濡れた髪の毛を後ろに
「何かあったんですか? 」
ソジュンが尋ねると、ニックは、「まあな」と頷いた。
「石は確かに、頑丈な岩に隙間なく挟まれていた。指も掛けられないほどだ」
しかしな、と続ける。
「何か、とまでは言えないが、不自然な点があるんだ。それを、試して見たくてな」
ニックは そこまでを話すと、集落の人たちに、預けておいた荷物を持って来る様に言った。
彼女たちはニックの荷物を非常に慎重に扱ってくれていた。
厚い木箱を ドサリ と砂浜の上に下ろすと、重そうな
ニックの荷物には、一切 手を触れていないということを、示しているのだ。
ニックは彼女たちに礼を言うと、バッグから縄を外し、手の平に すっぽり 収まるほどの大きさの、長方形のスチール缶を、こっそり 取り出した。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
バッグに縄を巻き直すと、彼女たちは頷き、木箱を閉じた。
「それ何? 」
スチール缶について尋ねるリクの問いに見向きもせず、ニックは早足で海に向かった。
今度は一歩ずつ、確認しながら進み、先程よりも短い時間で、泡ぶくの場所に到着した。
ポチャン と潜った後、ニックは
砂浜のロープも、少し経つと ピン と張ったまま動かなくなり、ソジュンたち一行を含め、集落の人々の顔にも、不安の色が見え始めた。
「何かあったのかな」
リクが
「水の流れが悪くなったか? 」
ヘテは誰にでもなく尋ねた。
手を貸さない、という契約の下にいる集落の人たちでさえ、人が好い青年が中々海面に顔を浮かび上がらせないことに顔を見合わせている。おろおろとロープに近付いて行ったが、先祖がたてた
ソジュンは、顔を真っ青にさせていることしかできなかった。
元はと言えば、自分の不注意で墓泥棒の裁判に掛けられたことなのだ。ニックたち汽車の従業員は、ソジュンを心配して、善意でこの試練の旅に付き合ってくれているだけなのに、それに甘えて──
「僕は今まで、何もしてこなかった」
レアは降り立ったばかりのエジプトで、言葉も通じない村に残ることを承諾し、アダムは鋭い頭脳で難題を見事に切り抜けた。そしてニックは、自らの命を掛けてくれている。
「ニックさん! 浮かんできてください! 」
叫んでも、ニックは海に沈んだままだ。心臓が全身を叩きつける様に鼓動した。
目の端で、ヘテが膝から崩れ落ちるのが見えた。
「ワタシが、ワタシがソジュン君を巻き込んでしまったから──! ワタシが行けば良かったのだ! ワタシは姿が見えない! 」
ヘテは海へと走って行ったが、恐怖が勝るのだろう、目の前のリクがしている様に、足首を浸けるということさえできなかった。
「ワタシという存在が、彼を殺してしまったんだ! ワタシという存在がいちばんの罪なのだ! ソジュン君、許してくれ! リクちゃん、許してくれ! 」
妖精は そのまま声を上げて泣き出してしまった。
「ニック! 帰って来てよ! 」
リクが海に呼び掛けた、その時だった。
近くで
「うわっ! 」
白い飛沫は、リクを抱きかかえる様にして砂浜に転がると、海の中で、ドン と、更に大きな飛沫が上がった。鼓膜が潰されるほどの爆発音が周囲に響き、キーン という耳鳴りが残された。
ソジュンたちは
快晴の乾いた大地に、ボタボタ と大粒の水が降り注ぐ。
「な、何? 」
ぼんやりしたリクの声が聞こえた。
顔を上げると、そこに、大きな体が見えた。
「ニックさん! 」
ソジュンが叫んだ。
「ニック? 」
リクは未だ、状況が把握できていないみたいだ。ニックの腕の中に納まったまま、目を パチクリ させている。
「おお、青年よ! 無事であったか! そうか! 」
ヘテは、今度は嬉し涙を
集落の人々も、彼の帰還に歓声を上げていた。ぽっぽ と
「皆、ありがとう。知らないうちに、心配を掛けてしまっていたみたいで、すまなかった」
しかし、と、ニックは続けた。
「ハッピーエンドまでは、あと少しだ」
そろそろ大丈夫かな、ニックは呟くと、リクを地面に下ろした。そして、やっと抜け出してきた海に引き返して行った。
「何処行くの⁉ 」
リクが引き留めようとすると、ニックは笑顔を見せた。
「よく見てくれ。俺は、まだ石を獲得できていない。今から それを取りに行くんだ」
「大丈夫だよね? 」と問うリクに、ニックは しっかりと頷き、「大丈夫だ」と答えた。
ソジュンは彼の表情に、全てが上手くいったことを悟った。
一歩進み出ると、ニックに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ワ、ワタシからも言わせてくれ! 」
ヘテも駆け寄ってくると、ソジュンに
「おいおい」
ニックは笑みを浮かべる。
「まだ終わっていない。それに礼を言われる筋合いも無いんだ。俺は俺のやるべきことをやったまでだ。だから、無事に全てが終わったら、一緒に帰って、酒でも飲み交わそう。な、ジェイ」
「はい! 」
ソジュンの目からは、涙が溢れだしてきていた。
「じゃあ、行ってくる。今度こそ、石を持って帰ってくる」
ニックは海に潜って行った。
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