第27話『夜の焚火とダイナマイト』

 海から出てきたニックの手には、メラメラ と真っ青に燃え盛る石が、しっかりと握られていた。

 集落の人たちは その様子に、ぽっぽ とくちびるを鳴らして飛び上がった。

「ニックさん! 」

 ソジュンたちもニックに駆け寄る。リクが彼の大きな体に抱きつこうとして、止められた。

「この石、熱いんだ。何処かに置けないだろうか」

 ニックは集落の人たちに向いて言った。

 彼女たちは、彼が石を素手で掴んでいるのを見ると、大慌てでアカシアの木の下から、石の器を持って来た。

 差し出された器に石を落としたニックの左手は、赤黒く焼けただれていた。

「ひ、酷い怪我ですよ! 」

 ソジュンが真っ白になって言いうのを、ニックは「そうだな」とさわやかに笑って返した。

「“そうだな” じゃ ありませんよ! 早く! 何かしらの手当てを受けてくださいっ! 」

 能天気な大男を叱り飛ばして、ソジュンたちはアカシアの木の下まで彼を引きって行った。


 彼女たちは手当の術も心掛けていた。恐らく、石を獲得した英雄の為に、代々伝えられてきたのだろう。

 アルコールで しっかり消毒をすると、包帯を丁寧に手の平に巻いてくれた。アルコールを ドバドバ 掛けられている最中、激痛に顔を歪めていたニックだったが、治療が終わる頃には、笑顔が戻っていた。

「ありがとう」

 冷や汗で ベタベタ になったニックが言うと、彼女たちは、ぽっぽ と彼に ひれ伏し始めた。

 「どうした」と目を見開くニックの肩に、ヘテが手を置いた。

「青年よ、君は認められたのだ。彼女らのパピルスに記されていた、《指導者》というものに。命の危険を冒し、君は成し遂げた。私からも、ありがとうと言わせてくれ」

 ソジュンが言葉を訳すと、ニックは、「いいえ、こちらこそ」と、カレの手を握った。


 その夜、羽毛布団にも劣らない葉の中で、ソジュンは目を覚ました。体を起こして、他の皆の寝息聞いた。

 集落の人々、リク、妖精のヘテ──

「ヘテさん、眠気が来ないとか言ってませんでしたっけ? 」

 気持ち良さそうないびきの中に、モニョモニョ と寝言が聞こえた。

「ソジュン君、見てくれ。いい月だ──」

 見上げると、少し欠けた輪郭の黄色い お月様が、トロリ と夜空に浮かんでいた。

「本当に、良い月ですね」

 ソジュンはつぶやいて、笑った。

 視線を下ろして、「あれ? 」、ニックの姿が無いことに気がついた。

 辺りを キョロキョロ 見回すと、砂浜に火が灯っているのが見えた。

 ソジュンは寝床を そっと抜け出し、ビーチに下りた。

「ニックさん、どうしたんですか? 」

 ビーチで ひとり、焚火たきびを前に海を見つめるニックに、ソジュンは声を掛けた。彼の柔らかい笑顔が、ソジュンに向いた。

「起こしたか? 」

「いえ、ただ単に、目が覚めてしまっただけです」

「そうか、良かった」

 お人好しは そう言って ホッ 笑うと、火にまきを足した。

「ニックさんも起きてしまったんですか? 傷が痛む、とか」

 ソジュンが尋ねると、彼は首を横に振った。

「いいや、ただ単に、眠れなかっただけだ。彼女たちの お陰で、傷の痛みもほとんど感じない。ただ──何というか、興奮が冷めなくてな」

「興奮? 」

「ああ」

 ニックは頷いて、皆が寝ている方を見た。アカシアの木の下には、聖なる石の、鮮やかな灯りが揺らめいている。

「ああ」

 今度はソジュンが、頷く番だった。

 ニックは、「嬉しくてな」と頭の後ろをいた。

「子供みたいだろう? 今まで、何か大役を成し遂げるということが無かったんだ。だから、その実感が未だに湧かなくてな。寝たら夢がめてしまうのではないのかと、眠れなかったんだ」

「ニックさんみたいな方でも、不安を感じるんですね」

 ソジュンは、首を傾げるニックに向いた。優しい目が そこにあった。

「何かあったのか? 」

「僕は、小さい頃から、その──」

 言い掛けて、口をつぐんでしまった。

 ニックは、そんな ソジュンの肩を掴んで擦った。泣いている子供をなだめている様な仕草だった。

 彼は そうしている間、ソジュンの顔を見なかった。暗い海に映る、黄色く波打つ月を眺めていた。

「あしたは祭りを開くらしい」

「祭り、ですか? 」

「ああ」

 前を見つめたまま、ニックが深く頷いた。

「ルール書の下に書いてあったんだ。石を獲得できた あかつきに、盛大な祭りを開くらしい。着飾って、ここの土地からテーベまで、2日を掛けて歩くらしい」

「2日も⁉ 」

 ソジュンは目を丸くして言った。

「ニックさんは、ご参加なさるんですか? 」

「俺の為に開いてくれる祭りだからな」

 ニックは苦笑いを見せて言った。

「それに、その儀式は、この集落の人々にとって、重要なものであるらしい。断るというのは、気が引ける」

「それも、そうですね」

 ソジュンは頷いた。

「でも不安です。ニックさんがいなくなったら、残るのは僕とリク、そして、ヘテさんだけです。僕たちは力が強い訳では無いですし、ニックさんたち みたいに、様々な知恵を持っている訳でもありません」

「それはそうだな」

 ニックは否定しなかった。

「それに次の目的地も ここ同様、馬に乗らないと行けない距離です。僕は馬に乗れません。かと言って、ヘテさんもいらっしゃるので、リクの後ろに乗る訳にも行きません。どうやって辿り着けと? 」

 ソジュンが訴えると、ニックは急に真剣な表情になった。

「ジェイ、聞いて欲しいことがある」

 約2カ月、一緒に旅をしてきた中で、見たことが無かった彼の表情を見て、ソジュンは何も言えないまま、ただ頷いた。

「これだけは伝えておきたかったんだが、その暇が無くてな。今、言わせてくれ。俺は、お前の事を、信じている。それは他の皆も同じ気持ちだ。ジェラーが課した この奇妙な旅は、不幸な偶然 始まったことかも知れない。だが、ジェイが自分を乗り越えてゆく上で、必要な物だと俺は思っている」

「僕に必要な旅、ですか? 」

「そうだ」

 ニックは頷いた。

「俺が見る限りだが、ジェイは自分に自信を持たなすぎる気がするんだ。お前は お前が思う以上の人間だ。皆が評価しているのに、お前だけは、自分を評価しようとしない。いつも周囲を伺っているみたいだ」

 ソジュンは、ニックから視線を逸らした。

「僕は、皆から評価される様な人間じゃないです」

「評価に値する人間だ」

 ニックは言葉を被せる様に言った。

「ニックさんは優しいなあ」

 ソジュンが微笑んで見せると、ニックは何故か、悲しそうな顔をした。

「俺があわれみの為に嘘をつく人間だと思うのか? 」

 槍で貫かれる様に、重たく吐かれた その言葉に、ソジュンは一瞬、凍り付いた。

 首を振るべきか、何か言い訳を述べるべきかを考えている内に、ニックは いつもの柔らかい表情に戻っていた。

「答え辛い問い掛けをしてしまって悪かった。つい、感情が動いた」

 大人気ないな、と、ニックは笑った。

「あしたは、リクとヘテさんと、3人だけで出発して欲しい。何度も言う様だが、この旅はジェイ自身の旅だと俺は思っている。だから、ジェイに行って欲しいんだ。そして見て来て欲しい。この旅の結末を」

 そろそろ寝るか、ニックは立ち上がった。

 焚火を崩そうとしたのを見て、ソジュンは「あ、あの」と、その手を止めた。

「どうした? 」

「お伺いしたかったことが」

 ニックからの視線に、ソジュンはつばを飲み込んで続けた。

「どうやって、石を取り出せたんですか? ニックさんは、その時、“不自然な点を試す” と仰ってましたが、それは どういう意味だったんですか? 」

「ああ、あれか」

 ニックは斜め上に やった視線をソジュンに戻すと、悪戯いたずらっ子の笑みを見せた。


 ニックは立ち上がったまま、オーバーオールのポケットの尻ポケットから、四角いスチール缶を取り出して見せた。

「これ、ニックさんが1度 戻って来た時に、かばんから出した物ですね」

「そうだ」

 ニックはうなずくと、缶のふたを開けた。

 マイクロチップの様な大きさの鉄板が、ビニールにパッキングされて入っていた。

「何ですか? これ」

「ダイナマイトだ」

 ニックの答えに、ソジュンは「へ? 」と身を引いた。

「大丈夫だ。誤爆する様な物ではない」

「絶対と言い切れますか⁉ 振動で爆発するかも! 」

 更に距離を取ろうとするソジュンに、ニックは「ほら、大丈夫だ」と、缶を激しく揺らした。

「ひいいいいっ──! あれ? 」

「な? 」

 ニックはスチール缶の中から、チップを ひとつ取り出して、手の平に乗せ、ソジュンに、近くで見る様にうながした。

 「だ、大丈夫ですよね」と、ソジュンは震える脚で近付いた。

「外の空気に触れて、初めてダイナマイトになるんだ」

 ニックが言った。

「外の空気に触れて初めて? 」

 ソジュンが繰り返すと、ニックは「そうだ」と頷いた。

「袋から出た後も、5分間の猶予ゆうよがある」

「このビニールが、誤って破けてしまったりはしないんですか? 」

「しないだろうな。ナイフで傷つけでもしないと、開かない代物だ」

 そう言って、ニックはビニールを力いっぱい引っ張って見せた。確かに丈夫な物の様だ。この大男の手に掛かっても、ビク ともしない。

「それに、この缶に入れて持ち歩いているから安全だ」

「一見、ただのスチール缶に見えますが」

「持ってみるか? 」

 ニックはソジュンが差し出した手に、ダイナマイトが入った缶を乗せた。

「うわっ! 重いっ! 」

 鉛が乗った感覚に、ソジュンは落としそうになった。

「だろう」

 それをニックは片手で軽々持ち上げる。

「“チェンシー” さんの話によると、銃弾までなら耐えられるらしい」

 “チェンシー” とは、汽車に住む老女だ。彼女は、ソジュンが牢屋にいた夜にアドバイスをくれた、汽車のオーナーであるシンイチの世話係をしているかたわら、ニックと共に、汽車のエンジニアとして働いている。かなり高齢に見えるが、その腕は ピカイチ で、幅広い知識を持っている。

「その、チェンシーさんが、どうして これを? 」

 ソジュンはニックが持つ缶を まじまじ 見ながら言った。

「チェンシーさんが持たせてくださったんだ」

「チェンシーさんが⁉ 」

 何故⁉ と驚いた顔を向けると、ニックは頷いて答えた。

「何かあった時の為、だそうだ。汽車に戻ったら返すように言われている」

 持って行くか? と聞かれ、ソジュンは首を振った。

「僕には、扱える自信がありません」

「そうか」

 ニックは微笑んだ。

「それにしても」

 ソジュンも ニヤリ と口角を上げた。

「ニックさん、思い切りましたね。ダイナマイトを使うなんて! アダムさんにバレたりしたら、怒られますよ」

 しかし一方でニックは、難しい表情になってしまった。

「それが、不自然な物があってな──」

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