第22話『信頼と約束』

 ネヘトに連れられてやってきたのは、町からしばらく歩いた、深い穴の前だった。

「これは、どなたかの お墓ですか? 」

 ソジュンが質問をすると、軍人は カラカラ と笑った。

「“まさか! これが、私の隠れ家です”」

 ネヘトは先ず、自分が穴に飛び降りると、「“どうぞ”」と、リクに向かって手を伸ばした。

 不安そうに振り返ったリクに、「大丈夫だ」と、アダムとニックがうなずいた。

「よろしく」

 リクが手を取ると、彼は小さな炭鉱婦を、穴の中まで、丁寧に運んでくれた。

 その後も、ソジュン、アダムへと手を伸ばし、大男のニックには、「申し訳ありませんが、ご自身で降りてきていただけますか? 」と声を掛けた。

 一方ニックは、「こちらです」と案内を始めたネヘトの目を盗んで、地上に残るヘテを下してやった。

「ここが、皆さんに お泊り頂く部屋です。大急ぎで作らせたものなので、快適な所とまではいきませんが、ジェラー様の指示の下、ご不便は無いと思いますので、存分にお使いください」

 ネヘトが松明で照らした部屋は、8畳間くらいの広さで、頑丈そうな石が敷き詰められて作られていた。

 ソジュンは、「ヘテさんのお墓の作りと そっくりだ」と思ったが、どうやらカレも同じ感想を抱いていたらしい。

「確かに冷たい風はしのげるが、まるで墓だ」


 ニックが壁に掛けられた松明全てに火を点け終えるのと、ほとんど同時にネヘトは部屋に食事を届けに来た。

「“パンとビールです”」

「水はありますか」

「“はい、お持ちしております”」

 ネヘトは、パンの入ったかごと、ビールの注がれたつぼを床に下ろした後、片膝をつき、大きなかめを、うやうやしく一行の前に差し出した。

「“では、朝まで ごゆっくり、おくつろぎください──と、ジェラー様のご命令通りだと、ここで私は立ち去らないといけないのですが”」

 軍人は、床につきそうになるぐらいまで、頭を下げると、こう告げた。

「“皆様の、お力をお借りしたいのです。どうか私の町を救ってください”」

「“町を救う”? どういうこと? 」

 リクが尋ねると、ネヘトは増々 体を折り曲げた。

「“昼間、エシレデートが言っていた、私たちの抱える問題です。先程 焚火たきびの前でも お話しました通り、私たちに対する世間の風当たりは非常に強く、厳しいのです。その為、私たちは、幾ら働こうと思っても職に就くことができず、幾ら学ぼうと思っても その機会を得られないでいるのです”」

 その点で私は非常に恵まれております、と、ネヘトは再び、ジェラーへの感謝の言葉を述べた。

「“私は ずっと、奇跡を待っておりました。本来ならば自らの手で何とかすべきなのは分かっております。分かっておりますが、不甲斐ない、どうすることもできません。私は、王の右手でありながら、テーベの人々から信頼を得られていないのです。この町の出身であることが、人々の心を遠ざけてしまうのです。私は今まで、信頼を得る為に、この町の人々を助ける為に、どんな戦にも出向き、手柄を立てて参りました。しかし それでも、それでも人々は私に冷たい視線を向けます。私では、どうしようもないのです”」

 だから、どうか、と、ネヘトは続ける。

「“恥を忍んでお願い申し上げます。どうか、どうか、この町を救ってくださいませ。今まで たくさんの罪を重ねてきた町ではあります。しかし、それも貧しさゆえ。どうか、私の大切な町を、人を、お助けください”」

 誇り高い軍人は、ソジュンたちが顔を見合わせている間も、頭を上げようとしなかった。

「頭を上げろよ、ネヘト」

 そんな彼に声を掛けたのは、アダムだった。

 ソジュンは、急いでアダムの言葉をネヘトに訳した。

 ネヘトはアダムから言われた通りにした。

 アダムは地面に膝をつけたままのネヘトの前で しゃがむと、自らの頭を隠す、フードを取った。

 松明のみが灯る地下室で、プラチナブロンドの髪が光った。

 今まで ほとんど感情を表さなかったネヘトが、目を見開く。

 アダムの突然の行動に、「ちょ、ちょっと! 」と大声を上げたリクを、ニックが手で制した。

「大丈夫だ」

 ソジュンも、ニックの言葉を、そしてアダムを信じるしかなかった。

「俺は、あんたを信じるぜ。ネヘト」

 固まるネヘトにアダムは言った。

「俺は あんたを信じたから このフードを脱いだ。俺の姿を見て、あんたも俺を信じようと思うなら、俺が あんたの願いを叶えよう」

「アダムさん、それって──! 」

「いいから、俺の言葉を訳してくれ」

「は、はい! 」

 ソジュンはアダムが言ったことを伝えた。

「“ほ、本当、ですか? ”」

 目の前の光景に、まばたきを忘れていたネヘトだったが、やっと気を取り戻した。

「本当だ」

 アダムは深く、頷いた。

「それで、ネヘトはどうする? 」

「“私は、私は、信じます! ”」

 ネヘトは叫ぶ様に答えた。

「“私は、私を信じてくれた貴方を、信じます! ”」


 ネヘトが自身の寝室へ引き上げていった後、アダムはジェラーの地図の内容を他の従業員たちに説明していた。

「俺は この町に残ろうと思ってる。ネヘトと約束しちまったんだ。裏切ることはできねえ」

「そうだな」

 アダムの決心に、相棒のニックが微笑みを浮かべた。一方で、ソジュンとリクの顔には、不安が宿っていた。

 「私たち、どうやって次の目的地に行けばいいの? 英語読めないよ」と言うリクに、アダムは、「英語ならジェイだって読めるだろ。それにニックも読める」と答えた。

 「それに、次の目的地も危険な所だったらどうするんですか? マーキングなんて、そんな技術ありませんよ」と言うソジュンに、アダムは、「ネヘトの話じゃあ、次の部落も、その次の街も、危険な所じゃねえってことだったじゃねえか。ジェイが訳したんだぜ」と答えた。

「ニックと、それに、この時代に詳しいヘテがいりゃあ大丈夫だ。俺はネヘトだけでなく、リクのことも、そしてジェイのことも信じてる。皆ならやれる。だから あしたに備えて、たっぷり休め」

 そう締めくくって、アダムは最後の松明の火も消した。

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