第21話『豹の軍人と種明かし』
唐突なアダムの行動に、口を開けたままの一行は、彼が火の点いた
「人? 」
夜空の色吸い取った様な砂漠の中に、ぼんやりと、人の影が浮かんでいたのだ。
その影は、アダムが投げた薪を拾い上げると、ゆっくり、一行に近付いてきた。
「“いつから気がついてました? ”」
暗闇から現れたのは、ひとりの男だった。背は高くないが、程よく筋肉がついた大きな体。額に巻かれた、ヒョウ柄の
ソジュンは この男に見覚えがあった。
「貴方、もしかして、裁判所にいた方ですか? ジェラーに、仕えていた」
「“その通り。私はジェラー様が隊長として率いる軍で、副隊長という位置に就かせていただいております。“ネヘト” です“」
“ネヘト” と名乗ったヒョウ柄の鉢巻きをした男は、「“ところで”」とアダムに向いた。
「“いつから気がついていましたか? ”」
「エシレデートが去った後の広場で、あんたの後ろ姿を見たんだ」
「最初は何かの見間違いかと思った。だが、この町の違和感が、疑惑を確信へと変えた」
「“ほう、その違和感、とは”」
「それに答える前に、ネヘト。聞きたいことがあるんだ」
アダムは メラメラ と輝く瞳でネヘトを見つめると、意地悪く口角を吊り上げて言った。
「《向こうが透けてしまう程薄いのに絶対に破れない紙》、そんな物、存在すんのか? 」
「それ、どういうこと? 」
未だ ポカン としたままのリクが尋ねた。
そんな彼女に答えずに、アダムはネヘトにだけ問い続けた。
「なあ、どうなんだ? 」
アダムとネヘトは、
「“貴方は、こんな汚らしい恰好をして、貧相に焚き火を囲うより、ジェラー様の下で優雅に戦うのが相応しい。そう思いますよ。もし良ければ、私が王に交渉して差し上げましょうか。戦略家としていい墓に葬られることでしょう”」
ネヘトは不愉快そうな表情を浮かべたまま、低い声で冗談を言うと、首を大きく上下に振った。
「“貴方の想像する通りですよ。《向こうが透けてしまう程薄いのに絶対に破れない紙》は、この世に存在しません”」
「へ⁉ そんな! 」
その衝撃的な告白に、ソジュンは思わず大きな声を上げた。が、他の従業員たちも、そして言葉を訳したヘテさえも、ソジュンと同じ表情を浮かべている。
「やっぱりな」
しかし、その中で、アダムだけは笑っていた。
「そうじゃねえかと思ったんだ」
「それ、どういうこと? 」
リクの質問に、アダムはやっと気を向けた。
エシレデートとの交渉に失敗した一行は、広場に取り残された。
「この時に、あんたの姿を見たのは、さっきも話したよな」
ヒョウ柄の鉢巻き、そんな目立つ特徴、見間違えるはずがない。だが、もし彼の姿が本当だとしたのなら、どうしてこんな町にいるのだろうか。
「その説明がつかなくて、いったんは、見間違いだろうと思うことにしたんだ」
しかし、どうも町の様子は可笑しい。不自然だ。
一斉に帰路につく住民、口裏を合わせた様に繰り返される言葉、中でも いちばん不自然だったのは──
「玄関の戸、だよ」
「“玄関の戸? ”」
「全部、新調された物だったんだ」
エシレデートの様な盗人が横行する町だ。用心して扉を設置する文化、というのには納得がいく。
「だが、これはあくまで俺の予想に過ぎねえが、この町の住宅も、川の民の家と同様、扉なんて ついていなかったんじゃねえのか? 」
「と、言うと? 」
ソジュンが尋ねる。
「住民が木戸の扱いに慣れていなかったんだ」
住宅の様子を見る限り、この町ができたのは、随分前のことと思われる。その理由としては、家々の壁に、何度も修復を繰り返した跡がみられるからだ。
「きのうきょう建てられたばかりの家を、そう何度も補強しねえだろ? 町の人間たちも、充分に住み慣れてると思うんだ」
でも、どうして木戸を開くのに手間取っていたのか。
「それは、今まで木戸なんか取り付けられてなかったから、と考えるのが普通だ」
「でも、どうして扉なんてつける必要があるの? 」
リクからの問いに、アダムは、ネヘトに視線を向けたまま答えた。
「俺らを町から追い出す為に」
ネヘトはアダムたち一行の旅路を妨害する為に動いていた。
この町の住民を手懐け、エシレデートに麻袋を盗ませた。ジェラーの地図を頼りに来たアダムたちに、不利な交渉を持ちかけさせ、絶対に見つからない宝探しをするように仕向けた。町の人間たちに台詞を仕込み、たらい回しにすることで体力と時間を奪い、その後、完全に締め出すことによって、気力を失くさせた。
「この計画の首謀者はジェラーか? 」
「“本当に、貴方が軍人でないことが残念でなりませんよ。ご名答です。私はジェラー様の命で、貴方たちに様々な試練を仕掛けてきました”」
エシレデートが麻袋をあんなに早く奪ってきてしまうとは、予定外でしたが、最初の試練を上手く切り抜けていただいて良かったです、と、ネヘトは微笑んだ。
「“しかし唯一間違っているのは、私が、この町の方々を ”手懐けた“ という点です。私は、この町の生まれなのです”」
「貧民出身な訳か」
「“ええ、その通り。”貧民“ という言葉は気に食わないですがね。この町は、確かに貧しい。何とかしなければと町の人間は常々考えているのですが、金が無く、学習の機会も与えられず、テーベの人間からも差別されております。しかし、ジェラー様だけは違った。この町で生まれ育った私を、軍人として引き抜いてくださり、他の兵と平等に評価を与えてくださった”」
「上に立つ者の鏡だな」まあ、そんな感動話はいいんだ。「どうしてジェラーは、俺たちの邪魔をするように、あんたに指示を出したんだ? 」
「“貴方、最初に言っていたじゃないですか。《向こうが透けてしまう程薄いのに絶対に破れない紙》が、存在しないからですよ”」
ジェラーは、“特別な子” であるソジュンに罰を与えることができない。その為に、ソジュンに《4つの お願い》をした。
「“しかし、ひとつは存在しないもの──いいえ、存在しなくなってしまった物、だったのです”」
「存在しなくなってしまった物? 変な言い方」
リクが言った。
「“変な言い方ではありませんよ。その言葉のままです”」
ネヘトはリクに返した。
「“つい、この間まであったのです。が、大きな戦があり、その際に焼失してしまいました”」
「成る程な」
「“その穴埋めをすべく、ジェラー様が私をお使いくださったのです。ご納得いただけたでしょうか”」
ネヘトはそこまでを
「で? この町での俺たちの試練は終わりか? なら、さっさと麻袋を返して貰おうか」
アダムが言うと、ネヘトは「“ええ、終了です”」と頷いた。
「“麻袋は、私の隠れ家にあります。私を信頼していただけるなら、朝まで、どうでしょう? 野宿をするよりかは、マシだと思われますが。ご馳走とまではいきませんが、食料も用意させていただいております”」
ネヘトの提案に、ソジュンたちは従業員たちを見回した。
「──と、おっしゃってますが、どうしましょう」
「いいんじゃねえか」
アダムが返事をした。
「話を聞く限り、
「私も、そう思う」
「ああ」
リクとニックが賛成し、キョロキョロ 皆を見比べていたヘテも、「砂の上で寝るよりかは、安全だろう」と頷いた。
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