第20話『宝探しとたらい回し』

「せいぜい頑張るんだな」と言い残し、エシレデートが去ると、他の住民たちも、彼を追う様に ぞろぞろと家に戻り始めた。

「どうしましょうか」

 ソジュンが眉をへの字に曲げると、リクは、「こうなったら、自力で探すしかないよ」と言った。

 ニックとヘテも隣でうなずいている。

「麻袋を見なかったか聞いて回るしかないだろうな」

「教えてくれますかねえ」

「それは、やってみなくちゃ分からないんじゃない? 」

「それは、そうだけど」

 リクの言葉に、ソジュンは もっと困った顔を作った。

「エシレデートの様な盗人が歓迎される町だよ。住民が安全だとは限らないじゃないか」

 ソジュンの不安に、リクも考え込んでしまった。

「確かに、そうだね」

 一方ニックは、普段と変わらない表情をしている。

「確かにそうだが、俺たちには逃げ道がある。何かあったら、すぐに退散すればいいんだ」

「手を上げられたら? 」

「その時はワタシがお嬢さんの盾になろう」

 なんたって、ワタシは既に死んでいるのだからな、と、ヘテが言った。

「死んでからというもの、痛みも感じなくなったんだ」

「ありがとうございます、ヘテさん。リクをお願いしますね」

 ソジュンは、この優しい妖精の言葉を通訳すると、深くお辞儀をした。

 リクもソジュンにならって、「ありがとう」と頭を下げた。

「それじゃあ、住民に聞き込みに行きますか。ええっと、先ずは、外を歩いている人からがいいですかね」

 町を見渡して、ソジュンは「えっ」と口を開けた。

 さっきまで あんなに人で溢れ返っていた広場だったのに、すっかり もぬけの殻になっていたのだ。住民たちは ひとり残らず、家に閉じこもってしまったらしい。

 町は シン と静まり返っていた。

「誰も、いませんね」

 そう視線を動かして、ソジュンは難しい顔をしているアダムを見つけた。

 彼のエメラルド色の瞳は、何処か1点を見つめ、何かを考え込んでいる様だった。

「アダムさん? どうかしましたか」

 尋ねると、若い炭鉱夫は、「あ、ああ」と普段なら見せない、鈍い反応を示した。

「なんとなく、引っ掛かることがあってな」

「僕もです。広場から人が皆いなくなってしまうなんて! 不思議な町ですよね」

 ソジュンがうなずいて見せると、アダムは、「それもそうだが──」と呟く様に言った。

「他に、何かあるんですか? 」

「ああ、さっき、そこに──いや、でも、そうか」

 まさかな、と意味深長な独り言を ぼやいたアダムは、最終的に「何でもない」と頭を振ってしまった。

「気がついたことがあったら、何でも言ってくれ」

 ニックもうながしたが、アダムは「おう」と言うだけだった。


 ソジュンたちは砂漠の家を練り歩いた。

 砂漠の家はどれも虫に食べられた様な有様だったが、どの玄関にも、木の戸がめ込んであった。

 これは川の民の村では無かった物だ。

「すみません、少し、よろしいでしょうか」

 ソジュンが玄関の木戸をノックすると、ガタガタ と木戸が建物の中へと引かれていった。と思うと、そのまま バタン と地面に倒れた。

 「きゃあっ! 」という悲鳴と共に、その下から、小柄な女性がい出てきた。

「だ、大丈夫ですか⁉ 」

 ソジュンが聞くと、小柄な女性は、「“ええ、ええ。大丈夫”」と、ソワソワ と答えた。

 一行は ひとまず、安堵あんどの息を漏らした。

「あの、探している物があるんですが」

 ソジュンが言うと、その女性は小さな声で、「“麻袋でしょう。エシレデートが盗ってきた……”」と返事をした。

「そうです。何処にあるのか、ご存じでしょうか? 」

「“えっと、ええっと──”」

 女性はドレスの布を こね回した。その目は、キョロキョロ と彷徨さまよい、落ち着きが無い。

「“わたくし、存じておりますの。ええっと、ええと。確か、向かいの奥様が持っていらっしゃったわ。そう、そういうことだったと思う”」

「そういうこと、“だった” ? 」

 ヘテを介してソジュンが訳した言葉を聞いて、アダムが ぼんやり言葉を繰り返すのが聞こえた。

「あの、そういうこと “だった” とは? 」

 ソジュンが尋ねると、女性は急に、大きな声で話し始めた。

「“とにかく、向かいの奥様です! あたしはこれから夕飯の支度があるんだから! とにかく、向かいの家なの! ”」

 まくし立てる様にして言うと、女性は ピシャリ と扉を閉めてしまった。

 この町、何かある。ソジュンがアダムの方を向いた。彼も同じ違和感を持っているらしい。「だった、だった──」と口の中で何度も唱えていた。


 2件目の家でも、ほとんど同じことが繰り返された。

 木戸を叩いて出てきた女性は ソワソワ していて、「ええっと、ええと」と何かの記憶を手繰り寄せる様に瞳を キョロキョロ 彷徨わせ、「斜向はすむかいの奥様が知っていますわ」と演技掛かった口調で言った。

 3件目、4件目、5件目と同じ台詞は繰り返され、とうとう町の一番端の家まで辿り着いた。

 日も傾き始め、気温も落ち始めている。

「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」

 ソジュンは木戸を叩いて、家の者を呼んだ。

 今度は、カタカタ とブリキの人形の様な動きをする女性が出てきた。

「“麻袋なら、家には無いよ”」

 まだソジュンが何も言わない内から、女性は動きと連動した口調で言った。

「ええと、この家が、最後なんです。僕たち、町の端にあった お家から順番に伺ってきて──本当に心当たりはありませんか? 」

「“そんなら、いちばん最初の女が嘘言ってんのよ。家には無いよ。いちばん最初の家に行くんだね”」

 いちばん最初の家よ、そうよ、と故障したプレイヤーの様に繰り返した後、女性は カタカタ と家の中へ引っ込んで行った。

「また1から やり直しなの? 」

 もう疲れたよ、と言いたげに、リクが尋ねた。

「でも、行くしかないよ」

 ソジュンが言うと、ニックも「そうだな」と頷いた。

「いちばん最初の家に戻ろう。そして泊めて貰えるか尋ねるべきだろう。砂漠の夜は冷える。せめて屋根が無いとな。凍えるばかりだ」

「そうですね」

 ソジュンたち一行は、また歩き出した。


 最初の家に戻ってきた頃には、もうすっかり日も落ちていた。砂漠の過酷な夜風が、ソジュンたちのマントを打つ。

「すみません、再び失礼いたします」

 ソジュンは木戸に声をかけた。

 答えは返ってこない。

「すみません、すみません! お伺いしたいことがありまして! 町の皆さんの案内通り、進んで行ったら、麻袋を持っているのは、お宅だって話だったんです! どうか、開けてくださいませんか? 」

 やはり、無反応だ。

「どうしましょう」

「他の お家は? もしかしたら、麻袋があることが気まずくて出てこられないのかも」

 リクの言う通りかも知れない、と一行は周囲の家の戸を片っ端から叩いてみた。が、どの家の住民も、戸を固く閉ざしたまま、返事をする気配が無い。

「仕方が無い。今夜は野宿だ」

 ニックが言った。

「町の入り口付近に、まきが積まれているのを見た。それを使って火を起こそう。大丈夫、ワタシが一晩中、火の世話をしよう。死んでからというもの、眠気が一向にやってこないのだ」

 ヘテは そう言って、自分の胸をこぶしで打った。

「ありがとうございます、ヘテさん。リクも、それで平気? 」

「うん、大丈夫」

 リクは渋々、と言う風に頷いた。

「アダムさんも、いいですか? 」

 視線を向けて、ソジュンはまた、違和感を覚えた。

「先程から何を悩まれているんです? 」

 しかし尋ねても、炭鉱夫は、「ああ、いや、何でもない」と返すだけで、また自分の思考に閉じこもってしまう。

 ソジュンは、そんな彼を気にしつつも、町のすぐ側にできた小山の手前を、寝場所として選んだ。少しでも、この冷風から身を護ろうと考えた為だ。

 ニックの指導の下、組まれた焚火は、 パチパチ と心地の良い音を立てて、しっかり燃えてくれている。

 真っ赤な炎が真っ黒な空に昇って行く様は、何とも幻想的な風景だった。

「少々肌寒いが、こういうのも、偶には悪くは無いな」

 準備万端なニックは そう言うと、マントの下に隠した肩掛けバッグから、食べ物を次々と取り出し地面に並べた。

 風呂敷に包まれた林檎、ビニールでパッキングされたマシュマロ、カチカチ に乾燥させたパン、瓶に詰められた氷砂糖……腹ペコのソジュンたちを満たしてくれそうなものばかりだ。

「ああ、流石ニックさんです! 」

「ニックがいて良かった! 」

「不思議な物ばかりだ! これは何なんだ⁉ 」

 ソジュンもリクもヘテも、並べられた食べ物に興奮を抑えられないでいる一方で、アダムはひとり、黙り込んでいた。先程から、燃える火を、ただ ジッ と見つめている。

 異常な彼の態度に、従業員たちは口を モゴモゴ とさせた。

 ただ、「アダムさん、本当に大丈夫ですか? 体調が優れないようなら、いつでも言ってくださいね」と声を掛けてみても、本人は上の空だから、意味が無い。

 ソジュンは首を振り、リクたちに向き直ると、きょう1日 巡った町の感想を口にした。気まずい雰囲気に耐えられなかったのだ。

「それにしても、変でしたね、あの町。まるで、下手なお芝居を見ているみたいでしたよ」

「”下手な芝居” ──⁉ 」

 ソジュンの言葉に反応したのは、リクでもニックでもヘテでも無かった。

 膝を抱えて悶々もんもんとしていたアダムが、 ハッ と意識を戻して、顔を上げた。

「分かった。そうだったのか。分かったぜ! 」

 叫ぶ様に言ったかと思うと、立ち上がった。

「ア、アダム──? 」

 一同が目を真ん丸くしているのも気に留めず、アダムは近くに積まれた予備の薪から1本を掴むと、火を点け、暗闇に向かって放り投げた。

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