第14話『勘違いと交渉』

 男たちは、広場の中央にそびえるやぐらへ、レアを引きって行った。

「ちょっと! レアを何処に連れてっちゃうの⁉ 」

 リクたちは後を追いかけようとしたが、集まってきた他の住民たちに阻まれた。

「レアをどうしちゃうの! 」

 叫んだリクに、住民たちは ワアワア と口々に何かを説明していたが、従業員たちには さっぱり分からない。

 その間にも、レアは男たちにエスコートされて、櫓の階段を上って行っている。

「ねえ! これ、どういうことなの⁉ 」と、レアも戸惑っている様子だ。

「ジェイ! 」

 アダムがソジュンに振り返る。

「あの、ヘテさん! どうなっているんです? 村の人は、レアさんに何かするつもりなんですか⁉ 」

「君たち、落ち着いて欲しい。村の人は、お嬢さんに危害を加えたりはしないよ。ただ、何というか。勘違いをしているんだ」

 従業員たちの焦り様に、ヘテも早口に説明した。

「勘違い⁉ どう勘違いすれば、レアさんが あんな危険な所に連れていかれることになるんですか! 」

 その早口を上回る早口でソジュンが質問を返した。

「“特別な子” だと思っているのだ! 」

 ヘテが怒鳴る様にして言った。

「村の人たちは勘違いをしているのだ! あの お嬢さんのことを、“裁判にかけられていた、特別な子” だと言っているのだ! 」

「え? 」ソジュンは急に冷静になって目を丸くした。「それは、またどうして」

「それは分からない。ただ、あの お嬢さんに乱暴な真似は絶対にしないことは確かだ。住民たちは、特別な子が村に来たのだということで、歓迎の舞を披露したいのだと言っている。そして──」

「そして? 」

「悩みを解決して欲しいそうだ」

「悩み? それは、またどんな」

 ソジュンの問いに、ヘテは、「そこまでは言っていなかった」と答えた。

「何だか、厄介なことになりましたねえ」とつぶやくソジュンに、未だパニックになったままのリクたちが、すがりついてきた。

「ねえ! ヘテは何だって? レアは大丈夫なんだって⁉ 」

「ああっ! 皆さんに伝えるのを、すっかり忘れてた! あのですね、これが、色々と思い違いがあるみたいでですね──」


 ヘテから聞いたことを伝えると、従業員たちは ことごとく悩んでしまった。

「お願い、か」

「私たちがする方なのに」と、リク。

 その言葉を聞いて、アダムが何かをひらめいた様だ。

「そうだ! その願いとやらと、俺らの求める木材を交換してもらうってどうだ? 願いを叶えてやるから、代わりに木材をくれってな! 」

 名案だろ、と鼻を鳴らすアダムに、リクが「でもさあ」と反論した。

「お願いの内容にもよるよ。突拍子の無いものだったらどうするの? 叶えられないよ」

「前払いにしてもらって、トンズラすりゃあいいだろ」

「それは、あんまりだろ」

「最低だね」

 折角のアイディアを、相棒であるニックとリクに否定されたアダムは、口の形を歪ませると、「じゃあ、何か他にいい方法があるってのかよ! 」と言い返した。

「他の方法は無いけど」

「人を騙して結果を得ても、いい気分ではないな」

「うん」

 交互に話す ふたりに、アダムは いよいよ不機嫌だ。

「ジェイは? 何か意見出せよ」と矛先をソジュンに向けた。

「僕、ですか」

 ソジュンは、櫓の上で ひとり、不安そうな表情を浮かべているレアを見上げた。

「僕も、そうですね。嘘は いけないと思います。正直に お話するべきかと」

「“正直に” だと? 何をだよ」

「裁判にかけられていたのは、レアさんではなく、僕ってことをです! 」

 ソジュンはそう言うと、「お、おい」と引き留めるアダムたちの声を振り切って、式典の準備を始める住民たちの元へ ズカズカ 進んで行った。

 住民たちは、式典の衣装なのか、派手な赤色の花で作ったリースを、それぞれ腰に巻き付けていた。その中央には顔料で目の下を赤く塗った、村の長、ハンピテイ五世の姿もあった。

 飾り付けられた石の椅子に座った村の王は、ソジュンを認めると、例の ギロリ とした視線を向けてきた。

 ハンピテイ五世は、おもむろに前のめりになると、低い声で何かを言った。

「“お前は、彼女の仲間のひとりだったな” と言っている」

 背後から、ヘテ声が聞こえた。振り返ると、ヘテだけでなく、リク、アダム、ニックたち従業員もいた。

 ソジュンを心配して、ついてきてくれたらしい。

「ヘテさん。また力を貸してください」

 ソジュンが言うと、ヘテは、「勿論だ」とうなずいた。


「ハンピテイ五世殿」

 ヘテに教えて貰った発音で、ソジュンが言う。言葉が通じたのだろう。目つきが鋭い村長は、片方の眉だけを器用に持ち上げた。

「僕は貴方に、申し上げたい真実を持っているのです。聞いていただけますか? 」

「“何だ? お前は、かの特別な子の連れだから、短い話なら聞いてやるぞ。しかし長い話や、ややこしい話なら聞いてやらん。見ての通り、俺は今忙しいのだ” 」

 ハンピテイは、ずっしりとした態度で、ソジュンに答えた。

「ありがとうございます」

 ソジュンは頭を下げると、すぐに言葉を続けた。

「結果から申し上げます。あの櫓の上にいる彼女は、今朝、裁判にかけられていた、特別な子ではございません。目の前にいる僕こそが、今朝、裁判にかけられていた男でございます」

「”どういうことだ? “」ハンピテイの小さな黒目が揺らいだ。「”俺は、信用できる村の民から、信用できる情報を得た。彼女こそ、我が村を救う、特別な能力の持ちし者なのだ。第一お前が特別な子だと? こんなに背筋の曲がった奴に、何の力が宿るというのだ“」

 ハンピテイは そう言うと、膝を打って笑い出した。彼の大きな笑い声に釣られて、周りにいた住民たちも笑い出す。

 頬を真っ赤にさせたソジュンを指差して、キャアキャア と色々言ってきたが、ヘテはそれを訳さなかった。きつく拳を結び、激しい運動をした訳ではないのに、両肩を大きく上下させているだけ。きっと、酷い言葉を浴びせかけられているのだろう。

 しかしソジュンは、そんなことで凹たれる人間では無かった。

「裁判を実際に見学された方はいらっしゃいますか! 僕が申し上げているのは、真実でございます! 」

 誠実に訴える彼の様子に、ハンピテイも真剣な面持ちになった。まだ笑い続けている村人たちを、椅子の横に置いたむちで払うと、改めて、ソジュンの瞳を深く見つめた。

「“いない。我が村では、朝はナイルへの祈りの時間だと決められているのだ。テーベで起こる事件は全て、太陽が天井に達する頃、初めて我が村に伝わるのだ”」

 ハンピテイは項垂うなだれる様にして立ち上がった。そして住民たちに、「儀式は中止だ! あの女を地上に降ろせ! 」と命令をした。

「“俺は、お前の瞳を信じよう。ただし、正直に言おう、特別な子よ。俺はお前を認めない。お前からは力を感じないからだ。後ろに突っ立っているだけの──”」ハンピテイは、思わず顔をしかめたくなる様な言葉を吐いたに違いない。ヘテの通訳が、少しの間、途切れた。「“この村は、奇跡を待っていたのだ。しかし、お前たちの行いにより、希望も途絶えつつある。さて、旅の者よ。貴様らは、この村に用があって来たようだな。恐らく」

 ハンピテイは、次の単語を ハッキリ と発音した。

「“我が村に伝わる、《馬が10頭乗っても、折れない木材》を求めて来たのだろう」

「ええ、そうです」

 ソジュンは素直に頷いた。

「“そうだろうなあ”」

 村の王は、椅子の背凭せもたれに仰け反ると、自分の足元を2度、ノックする様に指差した。

「な、何ですか? 」

 ソジュンが尋ねると、ハンピテイは、驚いた様子で、「“金だ。王から預かっているだろう”」と言った。

「それが、こちらに到着する前に、馬に乗った泥棒に奪われてしまったんです」

「“奪われただと”」

「何とか、お助けいただけないでしょうか。《馬が10頭乗っても、折れない木材》、これを頂けないと、僕は一生とらわれの身になってしまうんです」

 その話を聞くと、ハンピテイは、「“それは気の毒なことだ”」と言ったが、「“だがな”」と言葉を続けた。

「“俺にとっては関係の無い話だ。お前が一生を囚われの身として過ごそうと、一向に構わん。あの木材は、王でさえ、ただでは譲れない代物なんだ。それを、易々渡すと思うのか”」

 「そんな」と、崩れかけたソジュンに、ヘテは、ある助言をした。

「“ファラオ” の命を受けたとしても、駄目ですか? 」

「“ファラオだと?” 」

 ヘテから預かったソジュンの言葉に、ハンピテイは、一瞬表情を曇らせた様に見えた。が、すぐにそれは、大きな笑いへと変換された。

「“ファラオだと! お前、本気で言っているのか! あの落ちぶれの命などに、俺が貴重な木材を手放すとでも? 冗談じゃない。しかし──”」

 そこで言葉を途切ると、ハンピテイはソジュンの全身をめ回す様に見つめた。

「“お前は面白い奴だな。全くこの国に馴染めていない。もしかするかもしれん”」

「そ、それはどういう──」

「“お前の言葉を信じ、お前を試してやろう”」

 ハンピテイはソジュンの言葉に被せる様にして言った。

「“お前、自らが、特別な子だということを証明せよ。さすれば、我が村に伝わる、木材をお前にやろう”」

「証明──」

「“そうだ、証明だ”」ハンピテイは前のめりになって言った。「“俺たちはずっと、奇跡を待っているのだ。お前が、その奇跡を叶えろ。さすれば、俺たちは お前のことを、特別な子として認め、我が村の、王やファラオでさえ ただでは手にすることのできない、財宝をやろう! どうだ? 引き受けてくれるな? ”」

 誘う様なハンピテイの視線に、ソジュンはつばを飲んだ。ヘテが隣で、ソワソワ とした視線を注いでくるのが分かった。背後に立つ、従業員たちは、聞き取れない やり取りに、息を潜めている。

 「僕が、何とかしなくちゃいけない」ソジュンは自分に言い聞かせた。「頼りの無い僕じゃ、駄目なんだ! 」

「かしこまりました、ハンピテイ五世殿。その条件を、お聞かせください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る