第13話『規律の村と若き長ハンピテイ』

 岸に着いた一行の最初の仕事は、船酔いをしたレアの介抱だった。

「レア、まだ立たない方がいいよ。ほら、お水は まだあるから飲みなよ」

 同じ舟に乗っていたリクは、マントの下に隠した鞄の中から、水筒を取り出してレアに渡した。周囲に集まった舟漕ふなこぎの男たちは、その素材に興味津々な様子だ。レアが、「酷い波だったわ! 四方八方に揺れるのよ! 」と言いながら、水筒のふたを開けるのを、まじまじ と見つめていた。

「おい、あいつら! 」

「わ、わ、わ、わ! 」

 ソジュンとアダムは駆け足で ふたりの元へ行くと、レアの手からステンレス製の水筒を ひったくった。

「ちょっと! 何するのよ」

「レアが飲もうとしてたのに! 」

 文句を言うリクとレアの頭を、アダムがこぶしで ポカリ とやった。

「リクたちは、この時代に、ステンレス製の水筒があると思ってんだな? 」

 ソジュンが急いで自分の鞄に仕舞った水筒を指差して、強い口調で注意をした。

「だけどさあ」

「だけどじゃねえ! 」

 言い合いが始まろうとする両者の間に割って入ったのは、もうひとりの炭鉱夫、ニックだ。

 彼は優しい笑みをアダム向け、大きな手で「まあまあ」と相棒を制した。

「他人を助けることは、悪いことでは無い。リクがレアを心配したからやったことだ。頭ごなしに叱る必要も無いだろう」しかしな、と今度はリクに視線を移した。「行動に移す前に、状況をかんがみるということも、思いやりに入る。要するに、お互いがお互いを想って行動した訳だ」

 諭されて、ふたりとも素直にうなずくしかなかった。

 ニックは その様子を満足そうに見つめると、足元にうずくまるレアに、手を差し出した。

「立てるか? それとも、担いで行くか? 」

「担がれるのは嫌だわ」

 レアは げっそりと言った。

 ヘテの力を借りて、ソジュンが男たちに、水が欲しいことを伝えると、彼らは快く受け入れてくれた。腰の布に挟んだ、木の筒をレアの前に差し出し、これを飲むようにと言った。

 彼らの住処すみかまでは、もう少し歩くみたいだ。

「ありがとう」

 ニックの腕に支えられながら フラフラ と歩くレアは、それを受け取ると、蓋を開けて、遠慮なく、一気に喉に流し込んだ。スラリ と華奢きゃしゃな彼女の体からは、想像もつかない その飲みっぷりに、男たちは すっかり度肝を抜かされてしまった様だ。

 「この娘は きっと、魔力を持っているに違いないぞ! 」と、レアを勝手に解釈し、極暑の大地を歩いている最中、何度も何度も彼女に、貴重な水を与え続けた。そのお陰で、彼らの村に着く頃には、レアは他の誰よりも ピンピン しているという結果になった。


「何を グズグズ しているの? あと少しなんでしょう? 頑張りなさいよ」

 男たちの すぐ後ろを、毛むくじゃらのディンを抱えながら歩くレアは、ソジュンたちに振り向いて言った。

「あ、あんまりですよ、レアさん! 」

「俺らは、一滴の水も飲んでねえんだぞ! 」

 最後方を歩くソジュンとアダムは、絞り出す様に文句を言った。ふたりとも、フードの色が変わるぐらい、大量の汗を流している。

「大丈夫かなあ、ふたりとも」

 その前を歩くリクは、隣に立って日を遮ってくれているニックに言った。

「この日差しだ。仕方が無いだろう。目的地に着いたら、水を恵んでくれるよう、頼まないとな」

「私も お水が欲しいよ」

 リクたちの前を行く妖精のヘテは元気そうだ。ガピガピ と不愉快な音を立てながら歩いているところを見ると、きっと、カレはカレで、皆を励ましているのだろう。


 景色に緑が少なくなり、歩道の土にも砂が混ざり出したところで、川の民の住処に着いた。

 立っている家こそ最初の街や道中で見かけた物と大差なかった。が、村の入り口と思われる2本の木に、涼し気な葉っぱのリースが幾つも飾られていたり、それを潜ると、幾体もの立派な像が お出迎えしていたりと、独特な雰囲気を持っていた。

「面白い村ねえ」

 顔色がいいレアが言った。

「それよりも、水、水だ」

 ソジュンと肩を貸し合うアダムが、消え入りそうに言った。

「ほら見て、アディ。あの像、作り掛けよ。まだ足だけしかできていないけれど、どんな物が完成するのかしら。楽しみね」

「像なんて、どうでもいい。とにかく、水、水だ」

「粘土で像を作っているのね。器用だわ。だって、土台から作って行かなくてはならないのよ? そんなことできる? 」

「水、水──」

 一向に噛み合わない会話をする一行を引き連れて、男たちは村を ずっと横切って行った。砂漠の近くに ある村なだけに、奥に進むに連れ、暑さは一層増していった。

「僕たちを、どこまで、案内する、つもりなんでしょう」

 一歩ずつ重たくなる肩に、同じく息も絶え絶えなソジュンが尋ねたが、まともな答えは返ってこなかった。

「何処だっていいぜ、俺は。水が飲めれば」

 アダムの願いが届いたのか、男たちは、ある1件の家の前で足を止めた。この村に入って来てから、ここまでで、どの家よりも広く大きな家だった。

「きっと、この村の長の家だ」

 ヘテが言った。

「川の民の長ですか」

 ソジュンは、その入り口に顔を向けた。すぐ内側には、泥で作られた大きな壺が対になる様に、左右に飾られている。その首には大木に飾ってあったのと同じ、葉で編まれたリースが、幾つも掛けられてあった。

 家の前に立った男たちは、中に向かって、大きな声で、長々と語り出した。

「どうやら、こういう習わしの様だ」

「習わし? 」

「村長を呼ぶための儀式ぎしき、といったところだろうか。恐らく、この村は、警戒心が強い村らしい。言葉の内容は複雑で、外部の者では到底理解できない。こうして、村を守っているのだろう」

 ヘテの説明の通りだった様だ。

 川の民の村長は、男たちの長い長い口上を聞き終えてから、やっと その姿を現わした。

 ヒョウ柄の短いマントを肩から下げた、若い男だった。盛り上がった胸の筋肉、荒波にきたえ上げられた二の腕。大きな上半身を支える、引き締まった ふくらはぎ。

 彼は、異国から来た風変わりな一行を、鋭い視線で ギロリ と見回すと、ゆっくりと口を開いた。厚い唇の隙間から、綺麗に並んだ白い歯が見える。

「“我は、ハンピテイ五世。ナイル及び、この村を守りし者なり”」

 “ハンピテイ五世”と名乗る男が、そう言って腕を組んで見せると、周りにいた舟漕ぎの男たちが、その場に一斉にひざまずいた。

 ソジュンたちが、口を ポカン としている間に、舟漕ぎの ひとりが、ハンピテイの足元に近付き、何やら コソコソ 伝言し始めた。舟漕ぎの男は先ず、ソジュンたち全員を指し、説明をした。それから、フードを口元まで深く被ったレアを指差して、ゴニョゴニョ と耳打ちをした。

「私が どうかしたのかしら? 」

 レアが首を傾げていると、耳打ちを終えたハンピテイが やって来て、今度は村長自らが、彼女の足元に跪いた。自身の分厚い胸に手を置いて、レアに何かを訴えかけている。

「何て言っているの? 」

「ええっとですねえ──」

 ソジュンが、ヘテに向こうとした時だった。

 ハンピテイが大きな声で、舟漕ぎの男たちに何かを命令した。男たちは短く返事をすると、レアの手を引いて、早足で歩き出した。

「ちょ、ちょっと何よ! 」と叫ぶレアの後を、ソジュンたちも追いかけた。

 追いかけながら、ヘテが、ボソリ とつぶやく。

「厄介なことになっているかも知れない」

「厄介なこと? 」

 ソジュンが尋ねると、ヘテは「うーむ」とうなり声を上げた。

「どうやら、あのお嬢さんと、ソジュン君とを、間違えているらしい」

「間違えている? どういうことですか? 」

 ささやき合っている内に、彼らは次の目的地に辿り着いていた。

 そこは、深緑色の木々が囲う中心に、巨大な木のやぐらが組まれた、広場だった。

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