第12話『強固な舟と川の民』
その異様な光景に、ソジュンたちは目を擦った。
洪水期で、荒れ狂う川の上に、舟が出ていたのだ! それも木でできた、不安定な手漕ぎの舟だ。
「あれが、ジェラーの言う、“川の民” ? 」
「恐らくね」
リクの問いに、地図を広げたソジュンが答えた。
盗人によって、麻袋を奪われてしまったソジュンたちであったが、ジェラーの地図だけは、ズボンのポケットに挟んでいた為、失わずに済んだのだ。
「あの人たち、本当に《馬が10頭乗っても、折れない木材》なんて持っているのかしら? 」
疑う様な視線を送るレアに、アダムが反論した。
「ほら、あれ見てみろよ」
「あの不格好な舟のこと? 」
「本当にただの頼りねえ木材なら、こんな
「そう言われれば、そうね! 」
「そうだけど」と、リクが ふたりの会話を引き継ぐ。「あの人たちは、その特別な木を持ってるから、川を渡ることができるらしいけど、私たちは どうやって あの人たちの所へ行けばいいの? 」
「それも そうだなあ」
今度はアダムが首を傾げる番だった。
「とりあえず、行って、手を振って見ればどうかしら? ほら、丁度タクシーを呼ぶみたいに」
レアが提案すると、ニックが、「それしかないかもな」と頷いた。
「それなら、もう少し近寄らないといけないわね」
そう言って歩き出すレアに、従業員たち並びにヘテがついていく一方で、アダムは、「顔も知られてねえのに手え上げて止まるタクシーなんてあんのかよ」と、ボソボソ 言っていた。
アダムの心配は不要なものだったと、すぐに分かった。
川の民が舟を出している近くまで行って、レアが、その華奢で美しい腕を ブンブン 振るだけで良かったからだ。
「ちょっとお! こっちに来てもらっていいかしら? 」
美しい声で呼びかけると、男たちが
「ありがとう」
集まった舟にレアが言うと、舟の船主たちは笑顔を見せた。悪い人たちでは無さそうだ。
「私たち、お願いがあってここまで来たのよ」と言うレアに、船主たちは何やら色々言ってきた。
「何て言ってるの? 」
リクが誰にでもなく尋ねると、ソジュンの隣に立つヘテが答えた。
「 “俺たちの舟で向こう岸まで渡してやろうか?” と聞いてきているぞ」
ソジュンはリクたちに、ヘテの言葉を通訳した。
「彼らの言う、“向こう岸” には、彼らが住んでいる場所があるのかしら? 」
レアがヘテに尋ねたが、カレは首を傾げて見せるだけだった。ヘテは言葉を聞き取ることはできても、言葉を伝えることはできないのだ。
「私たちが直接尋ねてみるしか無さそうね」
「でも、どうやって会話をすればいいんだろう? 私たちは、この人たちの言葉を
リクはレアの言葉を引き継いで、うーん、と
「ソジュンはさ、ヘテの言葉は、どうやって聞こえてるの? 」
「ヘテさんの言葉かい? そうだなあ。どうやって聞こえているかって言われれば難しいなあ。恐らくは、皆さんが聞こえているのと変わらないと思うけど」
「ガピガピガピ っていう音? 」
「うん。そうだよ」
ソジュンの答えに、リクは「ええ! 凄いね」と驚いて見せた。他の従業員たちも、同じ様な表情だ。
「まあ、でも、“耳で聞こえる音は”、ってことだけどね」
皆の視線に、ソジュンは頬を
「って言うことは、どういうことなの? 」
レアが尋ねる。
「ええっと、それはですね──」
ソジュンが言いかけた時だった。川の民が、ワアワア と何かを言ってきた。ヘテがソジュンに通訳をする。
「とにかく、返事をしないと、ですね。“用が無いのなら、俺たちは行くぞ” と言っているみたいです」
「あら、どうしましょう! 私たちは貴方たちに頼みたいことがあるのよ! 」
レアが舟の男たちに言うが、彼らも、こちらの言語に首を
「俺らも連れてって欲しいんだ! 」
アダムがジェスチュアを交えて言ってみたが、男たちは、「分からない、分からない」と繰り返すばかりで
「私たちが彼らの言葉を理解しているって分、もどかしいわねえ」
レアが
「どうしましょう」
途方に暮れかけたソジュンに、リクが問い掛けた。
「ねえ、さっき、ジェイは何を言い掛けてたの? ほら、ヘテの言葉、“耳で聞こえる音は” って! 耳で聞こえる音以外に、何かが聞こえてるの? 」
「ああ、それなら、耳で聞こえる音は、さっきリクが言ってた、ガピガピ という音で聞こえているけど、脳では、ちゃんとした言葉に聞こえているんだ。何て言ったら正しく伝わるのかは分からないけど、例えるならば、僕たちが耳に付けている翻訳機と同じなんだと思う。妖精たちの言葉は、その種類で バラバラ なんだけど、脳に届くまでの間に翻訳されているんだよ。だから──そうか! そうだ! 」
「 何よ、突然大きな声を出して! 」
「ああ、すみません」
ソジュンはレアに驚かせてしまったことを謝ると、「あの、解決策を思いついたんですよ! 」と言った。
「解決策? 」
「ええ、そうです! ヘテさん、すみませんが、力を貸してください」
ソジュンの言う、「解決策」とは、ヘテに発音を教えて貰おう、というものだった。ただ、ヘテが今使っている言葉は、妖精のもの。たった一文を伝えるのにも、大苦戦だった。
やっとのことで、ソジュンが川の民に用件を伝えると、彼らはやっと、「”分かった”」と頷いてくれた。
「“俺らの
「やったじゃない、ジェイ! 凄いわっ」
そうレアが飛び上がって喜んでいる時には、ソジュンは もう、ヘトヘト といった様子だった。
「と、とりあえず、良かったです」
男たちは、ソジュンたち一同を、それぞれの舟に乗せると、荒れ狂う川を スイスイ と北上していった。
「本当にこの木、ビク ともしないですよ。まるで、川を
ソジュンが、同じ舟に乗ったアダムに言うと、フードを深く被った炭鉱夫も「そうだな」と頷いた。
「ただ、この木も
「ええ、そうですね」
消え入る様な語尾に、フードの下で、エメラルド色の目が光った。
「まだ不安か? 」
聞かれて、ソジュンは はにかんだ。
「見抜かれちゃいましたか。実は、まだ」
「だろうな」舟の縁に寄り掛かったアダムは、ゆっくりと首を上下に動かすと、「大丈夫だ。 きっと、何とかなる」と小さな声で言った。
「ありがとうございます」
不器用な優しさに、ソジュンは目を細めた。
「アダム! ジェイ! 岸が見えたよ! 」
その声に、ふたりは顔を上げた。
先頭の舟に乗るリクが、ソジュンたちに振り返って叫んでいた。隣で揺られているレアは、何だか調子が悪そうだ。彼女が胸元に抱えるディンが、心配そうに白い頬を
ソジュンは彼女らに手を振り、「ありがとう! 」と叫び返すと、「ニックさん、ヘテさん! 目的地が見えたみたいです! 」と後方の船に伝言を回した。
ニックとヘテは、その言葉に、親指を立てて返した。
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