第11話『ナイルと守り神』

 地図上では すぐ でも、実際に歩くと、意外と時間がかかる。

 ソジュンたちは、かれこれ30分は轟々ごうごうと流れる川を横に、進んでいた。頭上には ギラギラ とした太陽。

 ヘテ曰く、今は洪水の時期らしい。

「この洪水が、エジプトの食を豊かにするのだ。今年は水嵩みずかさが丁度いい。また恵みの1年が始まる。ナイルの神に感謝を捧げなければ」

 ヘテの言葉を、ソジュンが訳す。

「ナイルにも神様がいるの? 」

 リクがヘテに聞く。

「ハピ神という神様だよ」

 ヘテが返すと、リクが、「わあ! 凄い! 」と声を上げた。

「私もハピ様に お祈りしてもいいのかな? 」

「何をだよ」

 冷たく返すアダムに、リクはくちびるを尖らせた。

「皆が無事に、《4つの物》を集められますようにってお願いするんだよ! 」

 リクの提案に賛成するのは、レアの役目だ。彼女は分厚いフードの中で、美しい青色の瞳を キラキラ と輝かせた。

「いいアイディアね、リク! ほら、アディたちも そんな顔してないで、お祈りするのよ。いいわね? 」

 流石のアダムでも、レアからにらまれれば、嫌とは言えなかった。

 荒れる川を前に、それぞれは一列に並んだ。ひとりは手を合わせ、ひとりは手を組む。ひとりは胸に手を当て、ひとりは目をつぶるだけ。それぞれ お祈りの仕方に個性はあるけれど、願うことは同じだった。

「皆無事に、戻れますように」

 その時、誰もが麻袋から目を離していた。

「さあ、行くわよ! 」と再びディンを抱え上げたレアが、「あら? 」と辺りを見回した。

「ここに置いた、袋は何処かしら? 誰かが持っているの? 」

「俺は持ってねえぞ」と、アダム。

「私も」と、リク。

「俺もだ」と、ニック。

「ワタシも持ってない」と、ヘテが言ったのを、ソジュンが通訳した。

「じゃあ、ジェイ? 」

 レアが聞くと、ソジュンは首を振った。

「いいえ、僕も持っていません」

 「もしかして──」という考えが脳裏に浮かんだ。

「ねえ! あれ! 」

 周囲を見回していたリクが叫んだ。

 リクが指差す先に、1頭の馬がいた。騎手は、それに飛び乗ったばかりに見える。その手には、ソジュンがジェラーから預かった、麻袋が握られていた。

「おい! 待ちやがれ! 」

 すぐにアダムが駆けて行き、それをニック、ヘテ、リク、ソジュン、ディンを抱えたレアの順で追った。が、馬の足に人間が敵う筈も無く、泥棒の影は、林の向こうへ消えていってしまった。

「ど、どうしよう」

 顔を真っ青にして言うソジュンに、肩を大きく上下させたアダムが、「目的地に向かうしかねえ」と答えた。

「でも、お金を取られてしまったんですよ? 先程の地図にも書いてあったじゃないですか! 川の民は、王であっても、お金が無ければ木材は渡さないって! 」

「じゃあ、追いかけてくってのか? 」アダムが言った。「見る限り、あいつは盗みに慣れていた。きっと俺らの情報を聞きつけて、ずっとつけてきたに違いねえ。力づくで奪われなかった分、ありがたいと思わねえと。そうだろ? 」

「し、しかし──」

 うつむくソジュンの肩を、ニックが優しく叩いた。

「アダムの言う通りだ。袋は取られてしまったが、違う見方をすれば、俺たちは幸運だったのかも知れない。方向からして、きっと あのやからは砂漠へ向かったのだろう。これ以上の深追いは危険だ」

 柔らかく諭すニックの言葉に、頷くソジュンの表情を見て、リクは眉を下げた。

「ごめんね。私が、お祈りをしようなんて言ったから」

「リクのせいじゃないわ! 」

 真っ先に、レアが否定した。

「そうだ、リクのせいじゃないよ! 」

 咄嗟に叫んで、ソジュンは、ハッ とした。自分の態度のせいで、リクを落ち込ませてしまったことに、気がついたからだ。「リクのせいじゃない」彼は もう一度繰り返すと、続けた。

「リクは素晴らしい提案をしたよ。アダムさんとニックさんの言う通りなんだ。あの悪人は、僕たちのことをずっと見張っていたんだ。僕らが人里離れた場所に着いたら、危ないことをしてきたのかも知れない。リクの お祈りが、皆を救ったんだ! それに、きっと何とかなるよ」

 笑顔を見せると、リクの表情も変わった。

「そうかな」

「そうだよ」

「そうかな! 」

「そうだよ! 」

 言い合ううちに、元気も取り戻していった様だ。暗い雰囲気に身を縮めてしまっていたディンも、今では「ミャオンっ! 」と元気に鳴いている。

「じゃあ、行こうか! 」

 鼓舞すると、ソジュンは先頭を歩き出した。

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