第10話『4つの願いとジェラーの地図』

 裁判所内外に集まった野次馬たちは、ジェラーから お叱りを受けるまで、ソジュンにつきまとっていた。ジェラーの指揮する軍の馬が、まるで羊飼いの犬の様に、好奇心旺盛な民衆たちを蹴散けちらし、次にソジュンが後ろを振り向いた頃には、シン と静まる大地が広がっているだけだった。

 ソジュンとヘテは、ホッ と息を吐くと、ひとまず、ジェラーから貰った物を広げてみることにした。内容を把握することによって、いざ必要となった時に、無駄なく使えるようにだ。

 適当な木陰に入って、ソジュンは先ず麻袋を広げてみた。

 そこには たくさんの金貨と、不思議な形の小物が幾つか入っていた。

「ベス神の御守りだ」

 ヘテが言った。

 麻袋の中には、ジェラーが書いたと思われる、小さなメモ用紙が入っていた。そこには、ソジュンへの励ましの言葉と、《お願い》の詳細が書かれていた。それも、何と、英語でだ。

「本当に、何者なんだろうか」

 ジェラーの《お願い》とは、エジプト国内に点在する、《4つの物》を集めて欲しい、というものだった。

 その内容とは、以下の通りだ。


・馬が10頭乗っても、折れない木材

・向こうが透けてしまうほど薄いのに絶対に破れない紙

・海底で燃え続ける石

・空気の様に軽い枝


 「こんな物、本当に存在するのだろうか? 」というのが、ソジュンの最初の感想だった。

 ヘテに尋ねても、「そんな物、見たことも聞いたことも無い」と言う。ディンは勿論、「ミャオン」としか喋れない。

 ふたりが首を傾げ合っていると、後ろから声を掛けられた。

「きっと、その地図に、何かヒントが書いてあるんじゃないかしら? 」

「へっ⁉ 」

 振り向くと、そこには、4つの人影があった。それは、ソジュンが裁判所で見た、厚いフードを被った、怪しい一団だった。

「ソジュン君! 金貨を袋に隠すんだ! 」

 ヘテが腰を浮かせようとすると、その一団は、「失礼ねえ! 」と、フードを外した。ソジュンはフードの下から現れた顔を見て、表情を明るくした。

「皆さん──! 」

「もう、声を聞いて気がつかないのかしら」

 そこにいたのは、レア、リク、アダム、ニックの4人だった。ソジュンを心配して、ついてきてくれたのだ。

「これが、あのヘンテコな王様から貰った持ち物? 」レアは地面に広げられた金貨を拾い上げると、「中々 太っ腹じゃない! 」と笑った。

「あ、あの、君たちは誰だね? 」

 ほっとしたソジュンとは裏腹に、ヘテは戸惑った表情を浮かべていた。

「ああ、すみません。ご紹介が まだでした! 」

 ソジュンは ハッ として言うと、レアたちに座るように手招きした。

「僕は、汽車に乗って こちらに来た、と申し上げたと思いますが、こちら、その汽車の皆さんです。レアさん、アダムさん、ニックさん。そして、リクです」

「よろしく」

 レアが、愛嬌たっぷりでヘテの手を握ると、カレのほおが ほんのり赤くなった。

 ヘテの様子に気がついた従業員たちは、ニヤニヤ と お互いを小突き合っていたが、一方で、変な所で勘が鈍いレアが、「きゃあっ! 猫だわっ! なんて可愛らしいのかしら! 」と、ヘテの隣に座っていたディンを抱き締めたのを見て、一同は肩をすくめた。

「ところでよお」

 ヘテとの挨拶が済むと、地面に胡坐あぐらいて座っているアダムが口を開いた。

「制限時間は7日間な訳だろ? 早く出発しねえと不味いんじゃねえか? 」

「そうだ、そう言えば! 」

 隣りに座るリクが飛び跳ねる様にして言った。

「でも、どこに向かえばいいのやら」

 ヘテが モゾモゾ と言うと、しゃがんだままのレアが、地面に放られた巻物を指した。

「だから、さっきも言ったじゃないのよ。地図にヒントが書いてあるんじゃないのかしらって! だって、特別な地図なのでしょう? 使い終わったら焼いてくれって。きっと何かがあるのよ、その地図には」

「そ、それも、そうだ。よし、ソジュン君、開けて見てくれ給え」

 レアの言葉に、ヘテは ブンブン と首を上下に動かして言った。

 紙を丸めている紐を解くと、エジプト全土の地図が現れた。それは、川の位置や地面の高低だけの物では無く、建物の名称や民族の特徴、仕舞いには民家や墓の持ち主の名前まで記された、驚く程 詳細な代物だった。

「凄いねえ」

 感心するリクの横で、アダムとニックは、腕を組んで頷き合っていた。

「なるほどなあ」

「何が “なるほど” なのよ」

 レアが尋ねる。

「ジェラーが、この地図を燃やしてくれと言った意味が分かったんだよ」

 アダムが答えた。

「どうして? 」

 今度はリクが尋ねた。

「この地図は詳しすぎるんだ」

 ニックが答えた。

「詳しすぎる? 」

 リクが首を傾げると、今度はソジュンが口を開いた。

「たぶん だけど、ニックさんたちは、この地図がこの時代に相応しい物ではないってことを言いたいんだと思う。僕は以前、この地域の地図を見たことがあるけれど、この巻物に描かれた絵とほとんどズレが無いんだ。勿論、歴史の移り変わりによって変わっている地形はあるかも知れないけど、充分な道具が用意できない この時代に、ここまで正確な地図を描くなんて不可能だよ。しかも、この地図の存在を知っているのはジェラーさんだけ。ということは、リク? 」

 ソジュンの問い掛けに、リクは「あ」と気がついた。

「この地図は、あのジェラーっていう王様ひとりで完成させたってこと? 」

「そういうこと」

 アダムが パチン と指を鳴らして頷いた。

「あの裁判中にも思っていたけれど、あの王様、何者なのかしら」

「とにかく、折角貰った地図だ。確認してみなきゃ損だぜ」

 アダムの言葉に、一同は地図を覗き込んだ。


 用意周到な この若い炭鉱夫は、現在の地図を持って来るのを忘れてはいなかった。白いマントの下に隠したオーバーオールのポケットから地図を取り出すと、ジェラーの地図の隣に広げた。

「今、俺たちがいる所は、ここだ」

 アダムは現代の地図で、「ルクソル」と記された街を指差した。

「それなら──」リクがジェラーの地図と、アダムの指を見比べて、「私たちがいる所は、ええっと、ザ、ザ、ザバイ──」と首を捻った。

「“テーベ” だ」アダムが言った。

「ああ、この素晴らしき都。この街こそテーベだ! 」

 アダムの言葉の後、一緒に地図を覗いていたヘテが、叫んだ。が、その言葉は、リクたちにとっては、ただの騒音でしか無い、ということをソジュンは思い出し、即座に通訳をした。

 汽車の従業員たちはヘテに笑顔を向けると、地図に視線を戻した。

「ねえ、見て! 」

 ジェラーの地図を見ていたレアが、一点を指差して言った。そこは、今いるテーベから、すぐ南に下った所にある、川の上だった。

「ここ、馬、とか、木が何たらって書いてない? 」

「どれどれ」

 アダムが、レアが指し示す そこに顔を近付ける。

「《この川に住みし者、摩訶不思議な商売に明け暮れし者也。我は彼等を “川の民” と名付ける。川の民曰く、「我々の売りし木材たるや、この上で馬が10頭 踊っても折れぬ木材也。然し、例え王とて御譲りすることは許さん。金貨20枚。これで手を打つとする」》だとよ」

「なあに、変な文章ねえ」

 レアが「胡散臭い! 」と文句を言った。

「でも、ここに行ってみるしか無いんじゃないの? 」

 丸眼鏡を持ち上げて、リクが聞く。

「ええ、そうするべきでしょう。ザっ と見る限りですが、ジェラーさんのメモにあった、《馬が10頭乗っても、折れない木材》について書かれているのは、ここだけです」

 ソジュンの言葉に、静かな炭鉱夫のニックも、「そうだな」と賛同した。

 目的地が決まった一同は、地面に広げた お宝を麻袋の中に仕舞うと、歩き出した。

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