第9話『王とファラオ』

 「ファラオではない? どういうことですか」

 ヘテの言葉に、ソジュンが首を傾げた。あの男は、確かに王のはずだ。裁判長も そう言っていたではないか。しかしヘテは、もう一度「ファラオではない」と繰り返した後、理由を付け加えた。

「ワタシは、その、自慢では無いが、実際にファラオ本人に お会いしたことがあるのだ。だから分かる。この男はファラオではない」

「しかし、反論する様で悪いですが、ヘテさんは長らく “亡くなっていた” んですよね? それなら、ファラオが世代交代していても、可笑しくは無いのでは? 」

 ソジュンが言うと、ヘテは「違うんだ」と首を振った。

「王冠が無いのだ。上エジプトと下エジプト統一の証が」

 そう説明され、ソジュンは目の前に立つ男の頭を見て、首を捻った。

 男の頭部には、恐らく銅で作られているのであろう、立派な被り物が乗せられていたからだ。その天辺てっぺんには、象をかたどった、大きな、特徴的な飾りが乗っかっていた。

「あれは王冠では無いのですか? 」

 ソジュンが聞くと、ヘテは首を横に振った。

「いいや。あれは王冠ではない。恐らく、戦闘の時に使う防具だろう。ファラオにも確かに、戦闘用の防具はあるのだが、あそこまで惨めな物ではない。ワタシは実際に、見せて貰ったのだから」

「なら、彼は誰なんです? 」

「俺は、この国を治めし者、“ジェラー” だ」

 ソジュンの問いに答えたのは、何と、王自身だった!

 王の言葉は、ヘテの通訳を挟まずとも、ソジュンの耳に入ってきた。この補聴器タイプの翻訳機で、翻訳可能な言葉を話している、ということだ。

「え、どうして? 」

 ソジュンは目を見開いた。というのも、きのうの夜、シンイチから、この時代の言葉は古過ぎて、翻訳機に対応していない、と知らされていたからだ。

 しかし王は、思わず漏れたソジュンの問いには答えずに、代わりに、怪し気に口角を吊り上げて見せた。裾の長い服をひるがえし、ソジュンの隣にいる、ヘテを、しっかりと指差した。

「そこにいる ちんちくりんが何と言っているのか。俺には上手く聞き取れないが、恐らく、俺がファラオではない、ということを話していたのだろう」

 その言葉に、ソジュンは震えた。「この人は、一体何者なんだ? 」という疑問で、頭が埋め尽くされた。が、そんなソジュンに お構いなく、自らを“王”と名乗るジェラーは、話を進めた。

「確かに俺は、今はファラオという地位に就けてはいない。だが、“今は” だ。俺は元々、人に使われる、いち軍人でしかなかった。俺は人に使われ、命令されるのが反吐が出るほど嫌いでな。形振なりふり構わず ここまで来た。今では俺が軍を指揮し、人に命令し、人を使い、上エジプトここでは、ファラオよりも崇拝され、恐れられる存在になった。あとは現ファラオあの老ぼれが くたばるのを待つだけだ」

「つまり、貴方は、この国の軍人さんで、ファラオと変わらない権力を持っていて、そして──」

「信仰の主催でもある」

「はあ、そうですか」

 ソジュンは ぼんやり と頷いた。

 ジェラーは そんなソジュンを ニヤニヤ と眺めている。

「昨夜、妙ちくりんな天使から お告げがあってな。“お前は特別な子だから、裁けば呪われる” と言うんだ。誰が自ら進んで呪われにいこうか? しかし、お前が いくら特別だからと言って、はい、そうですか、と元の場所へ返すのも惜しい。それで俺は考えた」

 ジェラーは わざとらしく息を吸い込んで、以下の様に告げた。

「ナイルが育みし特別な子、ソジュンに《願い》がある。今から言う、4つの物を、7日間という期限の内に集めて戻れ。もし、その日までに間に合わなければ」

「どう、なるんですか? 」

「お前を永久に、“この時代に” 閉じ込める。俺の臣下として一生こき使ってやる」

 どうだ? どっちに転んでも、中々いい条件だろう、と、ジェラーは目を細めた。ソジュンは、「あ、あの」と右手を上げた。

「断ったら、どうなるんでしょうか? 」

 その質問に、ジェラーは「はあ? 」とまゆしかめた。

「失敗した時と同じ対処をするに決まってるだろう」

「ということは、僕を、貴方の臣下として永久に使うということですか⁉ 」

 ソジュンが叫ぶと、ジェラーも、「墓泥棒の罪に問われているんだ! 当たり前だろう! 」と大きな声で言った。

「幾らお前が──! 」

 何かを言い掛けて、ジェラーは口を閉じた。興奮した様子の王を前に、裁判長が緊張した面持ちで席を立ちかけたのを、手で制した。

 王は大袈裟に咳払いをすると、深呼吸を挟んで、ソジュンに静かに諭した。

「とにかく、お前をこのままノコノコと返しては、国民に示しがつかん。帰らせて、どう説明するんだ? 特別な子だから墓泥棒をしても良いと? それなら国民全員が、“特別な子” という称号を名乗り出すに決まってる。だから お前に願うのだ。お前が、本物だということを証明してみせろ。つべこべ言うな。俺は、お前を救ってやりたくて言ってやってるんだ」

 そうして、しっかりとソジュンの目を見据えると、「やってくれるな? 」と念を押す様に言った。ジェラーの言葉通り、彼の身を案じて、願っているらしかった。

「分かりました」

 頷くと、ジェラーは やっと優し気な微笑みを見せ、後ろに控えていた男を呼び寄せた。

 ジェラーから呼ばれたのは、ヒョウ柄の鉢巻きをした、体格の良い男だった。彼は恭しく主人に近寄ると、恭しく持っていた小さな麻袋と巻物を手渡し、恭しく引っ込んだ。

 両方を手にしたジェラーは、神妙な面持ちでソジュンに振り向くと、彼に それらを手渡した。

「これは? 」

 ソジュンが尋ねると、ジェラーは、「旅に必要な資金。そして、この国の地図だ」と言った。

「お前にそれをやろう。しかし地図の存在は本来、俺だけの秘密なのだ。だからな、これだけは約束して欲しい」

「何ですか? 」

「その地図を他の誰にも見せるな。それを見ていいのは、お前と、お前の仲間だけだ。そして、この任務が終わったなら。焼き捨てて欲しい」

 ソジュンは、「どうして」と質問をしたかったが、それより先にジェラーが彼を外へと追い出してしまった為、尋ねることができなかった。


 裁判所から半ば放り出される様にして見送られたソジュンは、もう、前へ向かうしかなかった。

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