第33話『信じる』

 「これで終わり。詰らない話しだったね。聞いてくれてありがとう」

 ソジュンはリクたちに微笑んで見せた。

 リクもヘテも、それに、ソジュンの言葉が理解できないはずのウルへでさえ、寂しそうな表情を浮かべていた。

「皆は どうだか分からないけど、僕は汽車に乗れて幸せだったんだ。皆、僕のことを受け入れてくれた。普通に接してくれた。だから僕は、本当の仲間として、皆に認められたいんだ。僕だって やり遂げられるって証明したいんだ」

「認められる? 」

 リクが低い声でたずねた。

「うん、そうだよ」

 ソジュンがうなずくと、彼女は首を傾げてしまった。

「ジェイってさ、皆のこと、何だと思ってたの? 仲間じゃないの? 」

「皆は、僕にとっての恩人おんじんだよ」

「それだけ? 」

 問いに固まってしまったソジュンに、リクは真っ直ぐな視線で続けた。

「私はね、ハッキリ言って、ジェイの気持ち、全く分かってあげられない。私も、年の離れた友達ならいたけど、同級生の友達なんていなくって、幽霊が見えるってことで、いつも嘘つき呼ばわりされてた。でもね、お母さんと お父さんは どんなことがあっても味方でいてくれたの。“リクが見たことなんだから正しいんだ” って、絶対に疑ったりなんかしなかった」

「いい ご両親だね」

「うん、そうだよ」

 両親のことを思い出しているのだろうか、リクの表情が、パッ と明るくなった。

「だからね、分からないんだけど、話を聞きながら、ジェイの気持ちを考えてみたの。自分の愛する人から信じて貰えないって、どんな気持ちなんだろうって──」

 リクの目に、涙が堪っているのが見えた。

「悲しいと思う。ううん、悲しいって言葉じゃ表現しきれないよ。きっと、私が知ってる全部の言葉を言ってみても、ジェイの気持ちに寄り添える物は出てこない。だからね、代わりに、私の気持ちを言わせて欲しいの」

 いいかな、と言うリクの問いに、ソジュンは頷いた。

「私はジェイのことを仲間以上だって思ってる」

「仲間以上? 」

「家族だと思ってる! 」

 リクは今にも泣きだしてしまいそうな笑みを浮かべて言った。

「ジェイだけじゃない。汽車にいる皆が、私の家族だと思ってる。理由はジェイと一緒だよ。私のことを受け入れてくれたから。私と普通に接してくれたから。私は それだけで、仲間だってなっちゃったんだよ」

 リクは手の甲で涙を拭いながら、声を出して笑った。それから、また真剣な顔つきになって、ソジュンを見た。

「多分だけど、きっと、皆がジェイのことを信じていないんじゃなくって、ジェイが皆のことを信じていないんだと思う」

 「そんなことない」と言い掛けたジェイを、リクが「でもね」と制した。

「ジェイが いちばん信じてないのは、自分自身なんだよ。自分を信じてないから、自分を信じてくれる皆のことが信じられなくなっちゃう。でも、それはジェイのせいじゃないんだよ。ジェイにとって、いちばん だった人たちが、ジェイのことを、もっともっと信じてあげれば良かったの。私はジェイを信じてるよ。だから信じてってことじゃない。私がジェイを信じてる、その事実だけ受け止めておいて。汽車にいる皆が、ジェイのことを信じてる」

「そうかな」

「そうだよ! あとはジェイが自分を信じるだけ。だからニックは、この旅を、ジェイが乗り越えていく上で必要なことって言ったんだと思う。私はね、ジェイ。ジェイが たった ひとりでワニに立ち向かった理由を、私の無力から来るものだって、ずっとなげいてたの。ジェイを信じてなかった訳じゃない。ただ、私に助けを求めなかったジェイに、嘆いてた。私が無力だから、ジェイは ひとりで悩んで、ひとりで決めたんだって思って」

「そんなことないよ」

 ソジュンが首を振る様子を見て、リクは微笑んで、頷いた。

「うん、ジェイの話を聞いて理解できたよ。だから私は、ここで待つ。ジェイのこと。ジェイなら きっとできる。信じてる。一緒に帰ろう、最初の街テーベに。家族みんなの待つ汽車に」

「そうだね」

 ソジュンは、リクから差し出された手を、きつく握った。

「帰ろう」


 夜が更けるに連れ、ナイルのワニたちの活動は大胆になっていった。

 自分達を狩ろうとする存在がいることも知らず、水を バチャバチャ やってみたり、お互いに威嚇いかくし合ったり、岸に上がって尻尾を振り回してみたり。

 しかし決して、ウルへの焚火たきびには近寄ろうとはしなかった。

 ほんの5分前まで、ウトウト 舟を漕いでいたリクだったが、ついに地面に寝転んで眠ってしまった。ウルへも年のせいか、だいぶまぶたが落ちつつある。

 ソジュンは焚火にまきをくべながら、川の様子を見つめていた。

「30年間エジプトという地で暮らしてきたが」

 ヘテがささやく様に言った。

「ワタシは直接この目で、ワニというものを見たことが無かった。ただ、見れば分かる。あいつらと まともに やりあったなら、大男であっても ひとたまりもないな」

「そうですね」

 ソジュンはうなずいた。

「突破口を見出さなければ、勝てっこありません」

「見出せそうか」

 ヘテの言葉に、ソジュンは首を横に振った。

「今のところは。しかし僕は、僕のことを信じてくれている皆の為に、諦める訳にはいかないんです。きっと どこかに道があるはずです。とにかく、ワニの口さえ掴むことができれば──」

「口を掴む? 口を掴んで どうするというのだ? 手を食いちぎられてしまって、終わりだぞ」

「いいえ、ヘテさん。ワニの弱点は口なんです。ワニは、む力こそ強いのですが、口を開ける力が全く無いんです。子供が ちょっと掴んだくらいで開かなくなるくらい」

「そんな! 」

 ヘテは驚いた顔で言った。

「それなら解決じゃないか! ワニの口さえ掴んでしまえばいいんだから! 」

 楽観的な妖精の考えに、ソジュンは思わず笑ってしまった。

「だからヘテさん。僕は、どうやってワニの口を掴むかということを、先程から考えているのですよ。ワニが口を閉じてさえくれれば いいですけど、そんなに お利口なワニは、野生ここにはいません」

 ソジュンは眼下に流れるナイルに、再び視線を戻した。

 相も変わらずワニたちは活発で、一筋縄ではいかなそうだ。

「何て恐ろしい動物なんだ! 」

 ヘテが隣で叫んだ。

 ソジュンはカレが指差す方を見て、目を大きくした。

 何と、ワニがワニを襲っていたのだ!

 草むらのワニが他の奴の後ろ脚を食い千切っている。襲っている。喧嘩けんかだろうか? いや、そんな様子は見られない。恐らくウサギか何かと勘違いしたのだろう。脚に食らいつき、体を グルグル と回転させ、ぎ取る。

「ソ、ソジュン君! 」

 ヘテがソジュンに しがみついてきた。

「何て恐ろしいんだ! 何て所にワタシは君を連れて来てしまったんだ! ああ、ナイルの神よ! 彼がアナタに何をしたというのです! 彼はアナタに祈ったじゃありませんか! これが墓泥棒の罰だと言うのですか! ああ、それなら罰を受けるべきは このワタシだ! 君を ここまで連れて来てしまったワタシなんだ! すまない、すまない、ソジュン君! 」

 ヘテはそのまま ワンワン 泣き出してしまった。

 脚を奪い取ったワニは、それが仲間の物だと知っているのか、味を堪能している。

 そんな絶望的な状況の中、ソジュンの瞳だけが ギラギラ と輝いていた。

「そうだ、これだ。これしかない──! 」

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