第7話『月の道化と墓泥棒』

 アダムとニックが汽車に駆け戻ってきたのは、ソジュンが汽車をってから、1時間が経とうとした頃だった。

 はじめての土地で、暗闇の中、ひとり探索に出掛けたソジュンを見守る様にと、アントワーヌから命令されていた炭鉱夫の ふたりは、従業員たちが集まるサロンの扉を乱暴に開いた。

「ジェイが連れていかれた! 」

 呼吸を整えないまま、報告をした。

「複数人の、男だ。彼らは、捕えたジェイに、何かを、大声で、訴えていたのだが、翻訳機には、登録されていない、言語だったらしい。詳しい内容は、分からなかった」

 大男のニックが言う、“翻訳機” というのは、正式名を、《多言語たげんご同時翻訳どうじほんやく発声はっせいシステム》といい、話し手の発した言語を、同時に複数の言語に翻訳し、それと同時に、話し手の声や喋り方の特徴そのままに、相手の耳へと届ける機械だ。補聴器タイプと、ボタン電池程の大きさに収縮させたタイプがあり、前者は主に汽車の外に出掛ける時に使われ、後者は汽車の天井部分に貼りつけられている。

 膨大な言語知識を持つ、翻訳機でも訳せない言葉を持つ人々──「私たちは、一体、どの時代に降り立ってしまったんだろう? 」リクは、首をひねった。

 炭鉱夫たちの報告を受けたアントワーヌは、「そうか」と椅子の上で脚を組んだ。

「落ち着いていられないわ! 早く助けに行かなきゃ──」

 叫んで、駆け出して行ってしまいそうになったレアを押さえたのは、同じウェイトレスのゾーイだ。彼女は黒曜石こくようせきの様な美しい輝きを持った瞳で、静かにレアを見つめたまま、ゆっくりと喋り出した。

「助けに行きたいのは、皆そうだよ。だけどね、私たちが、どの時代に降りていて、どうしてジェイが捕まることになったのか。それが分からないまま、次の行動に移すのは危険すぎる。無謀だよ。ジェイには、トニから預かってる連絡石がある。彼からの連絡を待つべきだ」

「けれど、けれどよ──」ゾーイからの説得に、レアが呼吸荒く反論した。「もしも、連絡石を取られてしまっていたなら? 身ぐるみを全てがされてしまっていて、何もできないでいたのなら? そのまま……そのまま、恐ろしいことになってしまったりしたなら──! 私、私、ここで ジッ としてなんていられないわっ! 」

「レア──」

「ジェイは今、とっても怖い思いをしているに違いないわ! 私だけでも、彼を止めてあげれば良かった! 」

 美しい顔を両手で覆って、レアは、肩を大きく揺らしはじめた。その背中に、ゾーイの優しい腕が回される。

「大丈夫。大丈夫、きっと」利発なウェイトレスは、レアにそうささやくと、扉の前で、頭を抱えたままでいる炭鉱夫たちに視線を移した。「ところで、ジェイは何処で捕まったの? 砂漠の中? それとも街の中? あの慎重なジェイが、街の中に ノコノコ 行っちゃうような おまぬけとは思えないけど」

「それ、私も聞きたい」と、リク。

 その時、アントワーヌが着ている派手なスーツの胸ポケットから、「聞こえますか? 」と言う声が聞こえてきた。

「な、何の音⁉ 」

 小さなスチュワート、コリンが跳ね上がって尋ねた。

「連絡石」

 コリンの隣で、ぼんやり していたミハイルが答えた。

「連絡石? それならジェイが持ってったでしょ」

 リクがミハイルに言うのを聞いて、アントワーヌは溜息を吐いた。「おいおい」と首を振ると、胸ポケットから、ソジュンに渡したのと全く同じ、エメラルドグリーンの宝石でできた輪っかを取り出して見せた。

 穴の中に、白く輝くもやがかかっている。

「あれ⁉ どうして」

 目を大きくしているリクに、アントワーヌは、「連絡を取る為の石なのに、受け取り手が無くてどうする」と答えた。そして白い靄に向かって、「聞こえているぞ」と言った。

「その声は……指揮官ですね。ああ、良かった! 」

 連絡石から、再び声が聞こえた。間違いない、ソジュンの声だ。

「無事だったのね! 良かったわ! 」

 今の今まで椅子にへたり込んでしまっていたレアが、石に飛びつく様にして、言葉を掛けた。

「何処にいるのよ! 」

「実は今、大変なことになっていまして──」

 ソジュンが言う。その声は、深く反響して聞こえた。

「あの、事の発端から説明しますと──」

「今、何処にいるんだ、それを先に言え」

 ソジュンの言葉を遮って、アダムが命令した。

「す、すみません。今、どうやら、牢屋ろうやにいます」

「牢屋⁉ 」

 穏やかな口調から発せられた不吉な単語に、一同は表情を強張こわばらせた。

「一体全体どうしてだ? 」

 すかさずアダムが質問をした。

「あの、いきさつをお話ししてよろしいでしょうか? 」

「時間をかけるな、早く話せ! 」

 アントワーヌが叱り飛ばす様な口調で言った。

「ご、ごめんなさい! 」

 連絡石の向こうから聞こえる、おびえ切った声に、リクは内心、「本当に理不尽なんだから! 」と口を歪めた。が、「トニ! ジェイのことが心配なのは分かるけれど、怒鳴らないであげてよ! 」と叱り返したレアに、ホッ と息を吐いた。

「ジェイ、落ち着いて頂戴。ゆっくりでいいのよ」

「レアさん、ありがとうございます。今は、見張りの方もいらっしゃらないですし、ヘテさんによると、明日の朝までは何もしてこないみたいなので、大丈夫です」


 ソジュンは今まで起こったことを全て話した。

 ミイラ猫のディンのこと。それに導かれ、墓に辿り着いたこと。ヘテのこと。墓泥棒として捕らえられたこと。

「その、ヘテと言うのは何者なんだ? 」

 アントワーヌが尋ねた。

「妖精だと思います」

 ソジュンは答えた。

「ただ、ヘテさん自身は、御ジブンが妖精だということに気がついていらっしゃらない様なんです。そこが、判断を鈍らせるのですが──」

「《月の道化師ロリアレット》じゃないかしら? 」

 キンキン と甲高い声が、天井から響いた。声のする方を見上げると、そこには、針葉樹の葉の様な体とせみはねを持った、中指ほどの大きさの妖精が5匹、キラキラ と舞っていた。

 カノジョたちは、ピクシーという妖精だ。“キョウダイ” と呼ばれる5匹で、いつも行動している。人間の言葉を喋れる “リーレル” を筆頭に、チェーリター、パヨーニル、オオッコー、トッテンビッターといるが、その見た目は1ミリメートルだって違うところが無く、見分けることはできない。

「リーレルたち! いつの間にそこに? 」

 リクが尋ねると、葉っぱの様なリーレルは、ふんっ と鼻を鳴らし、「さっきからいたわよ! 全く、いつまで経っても鈍臭いのねっ」と文句を言った。

「ところで、《月の道化師ロリアレット》って、どんな妖精なのかしら? 」

 レアが質問をすると、リーレルたちは、すぐに機嫌を取り戻して、次の様に説明をした。

「《月の道化師ロリアレット》はね、妖精の中でも、とっても変わった存在なのよ。まあ、簡単に言えば、“大妖精” と言われる存在なのだけれど。前に、アタシたち妖精は、死なないって話をしたわよね? 」

「うん。妖精の魂は、能力に宿ってるんだったよね」

「そうよ」リクの返事に、リーレルは頷いた。「アタシたちピクシーは、“治癒の能力” を。そこにいる、ポンコツ《入れ替わりの精チェンジリング》のミハイルは、“他人に化ける能力” を持っているの。その能力こそ、アタシたちの魂そのもの。肉体を失ったとしても、誰かに寄生することで、アタシたちは永遠に生きてゆけるの。丁度、この間までトニの身体に住み着いていた、“砂の精” みたいに」

 でもね、と、リーレルは言う。

「《月の道化師ロリアレット》だけは違うの。カレ等には、寿命があるの」

「寿命がある? 」

 レアが繰り返す。

「カレ等は、人間の姿で生まれ、その肉体が滅んでから、妖精として目覚めるの。ちなみに そういう生まれ方をする妖精も、カレ等、《月の道化師ロリアレット》だけよ。そして、妖精として目覚めたカレ等は、復活した時から300年しか生きられないの。300年経つと、また新しい《月の道化師ロリアレット》が生まれるって訳! 」

「でもよお、ちょっと待てよ。そいつらの両親は何者なにもんなんだよ。最初は普通の人間として生まれてくるっつーことは、人間の両親の間に生まれるってことだろ? 」

 アダムの問いに、従業員たちは、「そう言えば、そうだよ」と、リーレルを見た。

「それはね──」

 リーレルが説明をしようと口を開いたその時、アントワーヌが持っている連絡石の向こう側から、ガピガピガピ という、ラジオが故障した時の様な、不愉快な爆音がとどろいた。

「な、何だ、この音は⁉ 」

 いちばん近くで その音を耳に入れてしまったアントワーヌは、思わず石を放り投げて言った。

 ようやく シン とした輪っかの中から、今度は、ソジュンの心地の良い穏やかな声が聞こえてきた。

「す、すみません。ヘテさんが喋ったんです。凄い音ですよね。最初に言っておけば良かったです」

 ヘテは どうやら、人間の言葉を理解することはできるが、人間の言葉は話せないみたいだ。人間として生まれていながら不思議なことだが、ソジュンによると、そうらしい。

 しかし そのお陰で、妖精の言葉が分かるソジュンと意思疎通ができているのだから、悪いことばかりではない。

「それにしても、酷い声だ」アントワーヌは感想を漏らし、連絡石を拾い上げると、「それで? 声を発したということは、こちらに何かを伝えたかったんだろう。“ソレ” は何と言ったんだ? 」と尋ねた。

「はい。ヘテさんは、アダムさんの質問に答えていました。どうやら、ヘテさんにはご両親がいらっしゃらないらしく、街の人たちからは、“ナイルが氾濫した時に、川辺に落ちていたコ” と教えられたみたいです」

「やっぱりね」

 リーレルが言った。

「それで、ヘテってヒトに関しては分かったけれど、肝心なのは、ジェイがどうやって牢屋から助かるかよ」

「そうだ、忘れてた! 」

 レアの言葉に、従業員たちは ハッ となった。

「さっき、ジェイは、街の人たちは、“明日までは何にもしてこない” って言っていたわよね? 明日は何かがあるのかしら? 」

「それがですね」

 連絡石の向こう側のソジュンの声が、心細そうに揺れたのが分かった。

「明日、裁判が行われるみたいなんです」

「裁判⁉ 」

 従業員たちは口を揃えて叫んだ。

「そうなんです。僕のことを、墓泥棒だと すっかり勘違いしてしまっているらしく、明日の裁判で裁かれることになっているんです」

 ソジュンは冷静な口調で そう説明した様に聞こえたが、次の言葉を吐くと、低く、嗚咽をらした。

「ヘテさんの お話によると、墓泥棒の罪は重たいらしく、一生重労働をさせられるか、もしくは、やりに串刺しにされて、見せしめにされるか、らしいんです。無実を証明しようにも、僕は実際にヘテさんの墓に入ってしまった訳ですし、街の方々には、ヘテさんの姿は見えていないですし、声も聞こえない。僕を弁護できる人は、誰もいないんです──」

「そんな──」

 皆が、うつむきかけた時だった。

「ねえ、ジェイ。聞きたいんだけど、いい? 」

 リクが連絡石に向かった。

「その声は、リクだね? 勿論、答えられることなら」

 鼻声のソジュンが返事をした。

「私たちが停車した、この街の時代を教えて欲しいんだけど」

「リク、ちょっと! 今は それどころじゃないわ。それに、幾ら時代が分かったって、危険な街だということに、変わりはないのだから」

 レアの制止に、リクは首を振った。

「危険なんかじゃないよ! お墓を荒らすのって、今でも凄く悪いことでしょ? でもね、その罪を償うのに、私の暮らしてた国では、死刑にはならなかったんだよ」だからと言って、絶対にやってはいけないんだけどね。「だから、ここの人たちは、お墓を とっても大切にする文化を持っているんじゃないのかな? って思ったの。分かってもらう為には、先ず分かってあげなくちゃって、私は思うんだけど」

 どうかな、と、サロンに集まった一同を見渡すリクに、最初に頷いたのは、先輩炭鉱夫たちだった。

「リクの言う通りだな。もしかしたら、解決策が思いつくかも知れない」

 大男のニックが言った。

「そうだな」

 アダムも頷いた。


 男たちに連行されていく最中、ソジュンはできるだけ周囲に目を凝らそうとしていた。が、暗さ、そして何よりも動揺が邪魔をして、細かい所まで気が回らなかったと反省をした。

「そういう状況になったら、皆そうなるわよ! 何にも見ていない、でも大丈夫よ」

 レアが励ますと、ソジュンは、「そう言えば」と語りだした。

「建物が、全部同じ色をしていた気がします。形は全然違うのに、色だけは同じだったんです」

「色が同じ? 」

「ええ。白色のレンガで作ってありました」

「どんな? 」

 リクが尋ねると、ソジュンは、「たぶん、あれは……泥、かな? 」と答えた。

「泥のレンガね」

 レアが繰り返した。

「間違っていたら、すみません。でも、恐らく、そうだと思います」

「他には何かあったか? 」

 アダムが尋ねる。

「ええっと、あと、街に関して言えば、コンクリートの道を一切見なかったですね。大きな建物が密集している様な場所でも、道は整備されていませんでした。車や自転車も見なかった気がします」

「と、いうことは、私が思う現代ではなさそう」

 リクが言った。

「他には」

 アントワーヌが促した。

「ええっと、街に関しては、以上です。人に関して言えば、皆さん、不思議な格好をしていました」

「不思議な格好? 」

 レアが聞き返すと、ソジュンは、「ええ」と続けた。

「白い布を腰に巻いているだけの、そんな服装です。ヒョウの毛皮を肩から下げている方もいらっしゃいましたが、ほとんどの方は、腰の布だけでした」

「それは不思議なファッションね」

 レアが頷いた。

「他には? 」

 リクが尋ねると、ソジュンは、「他に気がついたことは無かったよ」と残念そうに言い、「でも、リクが言っていることは正しいと思う」と続けた。

「“お墓を大切にする文化” というところ。ヘテさんは生前、ファラオのお墓を作る仕事に携わっていたみたいなんだ」

「ん? 今、何て言ったの? 」

 間髪を入れず、リクが聞き返した。

「だから、“ファラオのお墓を作る仕事に携わって” って──あっ」

 繰り返し説明しようとして、ソジュンは気がついた様だ。

「ファラオ、そう、ヘテさんはファラオと確かに言っていた! その、お墓を作る仕事だって! ということは──」

「私たちが降り立った ここは、古代エジプトだったってこと⁉ 」

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