第8話『野次馬と被告人』

 まだ早朝だというのに、街には人が溢れ返っていた。野次馬だろう。皆、異国から来た墓泥棒を、ひと目見たくてたまらない、といった様子だ。大男に羽交い絞めにされたソジュンは、その光景に、吐き出してしまいそうになった。

「オーナーは大丈夫だろうって言っていたけど、本当なんだろうか」

 つぶやくと、背中を押され、怒鳴られた。

「“無駄口を叩くな”、とのことだ。ワタシのことで、本当に申し訳ない」

「ミャオンっ! 」

 ソジュンの横を歩く、《月の道化師ロリアレット》という妖精のヘテと、カレのペットのディンが、それぞれに言った。カレ等はソジュン以外の人間には見えていない為、随分 気持ち良さそうに歩いている様に映る。ソジュンは自らの不幸を呪った。

「はあ、オーナーは一体 何を聞いて、大丈夫だなんて言ったんだか──痛っ! はいはい、分かりましたから、そんなに押さないでくださいよ! 」


 汽車が停車した世界が、古代エジプトだと分かった後、従業員たちは暫く悩んでいた。

 エジプトという国の名前こそ知っているが、その内容について詳しい人間が、その場にいなかったからだ。彼らの知っているエジプトと言えば、「サハラと呼ばれる砂漠があって、熱くて、ピラミッドがあって、中央にはナイルと呼ばれる川が流れている」そのくらいだった。

 「ファラオ」という単語を知っていたリクでさえ、さて、「ファラオ」とは どういう存在なのかと問われれば、「さあ? 」と答えるしかなかった。

「古代エジプトにいた、偉い人のことでしょ? 」

 窓も明かりも無い、ひんやりとした牢屋の中。連絡石を持つソジュンの手が、どれだけ震えていたか、従業員たちは知らなかっただろう。「どうしよう」とささやき合う声が聞こえる度に、ソジュンは心臓が弾け飛ぶ気持ちになった。

 気がつかないうちに目からは涙が溢れ出て、ヘテが腕で、拭ってくれた。

 カレはいつでも牢屋から抜け出して、自由になれる存在だったが、ジブンのせいで この若者の命が無くなろうとしていることに罪悪感があるらしく、隣に座っていてくれた。

 それはカレのペットのディンも同じだった。

「すまない、ワタシのせいで」

「いいえ、いいんです。穴に入ることを選択したのは、僕だったんですから」

 それに、僕には頼りになる仲間がいるんです、きっと何とかしてくれます。と言おうとして、口をつぐんでしまった。連絡石の向こうから、「どうするの、トニ」と、リクが言っている声が聞こえたからだ。

「申し訳ない──」

 ヘテにも、そのやりとりが聞こえたらしい。ソジュンに深く頭を下げた、その時だった。

 連絡石の向こう側から、声が聞こえてきた。

「もしもし、と言って繋げばいいのかな? 妖精の世界にも便利な物があるんだね。ジェイ、聞こえるかい? 」

 いまだ聞きなれない この声。普段滅多にお目にかかることの無い、汽車のオーナー、“シンイチ”の声だ。ソジュンは黒髪で釣り目の青年の顔を脳裏に思い浮かべた。

「聞こえます! 」

 ソジュンは裏返った声で答えた。

「トニとリクから話は聞いたよ。大変な事になったね。俺で良ければ、力になりたいんだけど」

「ぜ、是非! 」

 それからシンイチは、色々な質問をソジュンに投げかけた。ソジュンが答えられないことは、ヘテがソジュンの通訳を通して答え、約10分。シンイチの、「なるほど、分かった」と言う合図で、終わった。

「うん。たぶん大丈夫だと思う。不安だと思うけど、ちょっと頑張ってみてくれないかな? 」


 とうとう裁判所に着いた。

 心の何処かで、ここに辿り着く前に助け出してくれるのではないか、と願っていたソジュンだったが、入り口をくぐるまでの間も、これといった騒ぎも無く、気持ちは焦るばかりだった。

 大男の腕から やっと解放されたかと思えば、裁判が開廷されていた。

 きのうシンイチが、“日乾ひぼしレンガ” と称していた、心細いレンガが重ねられてできた裁判所には、裁判長が座る法壇ほうだんらしきものが無く、証言台も無かった。その代わりに、ソジュンの目の前には小さな椅子があり、そこに、派手なかつらを被った男が座っていた。この男が、ここのおさなのだろう。男の周りには、裁判官とも付き人とも取れる男女が立っていた。

 裁判長は、ソジュンを一瞥いちべつすると、何やら仰々しく喋り出した。が、案の定、ソジュンには さっぱり分からない。恐らく罪状の確認をしているのだろうが、それも定かではない。

「はあ、裁判のことを、もっと勉強しておくべきだったなあ」

 ソジュンが項垂れていると、袖を引っ張られた。姿が見えないことを利用して、ずっと ついてきていたヘテだ。

 カレは、誰にも聞かれることがないのにも関わらず、声を潜めて、裁判長の話を訳し始めた。

「“本当なら、今すぐに判決を下すところだが、《おう》が来ると言っている。王 自ら、お前に審判を下すから、楽しみにしておれ”、とのことだ」

 ヘテは淡々と言うと、腕を組んでうなった。「しかし、どうしてファラオが? 身内が裁かれるでもないのに」

おうが、来る」

 ソジュンは部屋の中を見渡した。そして、「あれ? 」ある一角に目が留まった。

 集まった野次馬の中に、浮いた一団が居たのだ。他の住民が白い、薄手の布に身を包んでいるのにも関わらず、その一団は、白くはあるが、しっかりした布地の服を着ていた。その服には大きなフードがついていて、口元までを すっぽり覆ってしまっている。

「なんだ? あの人達」

 首を傾げている間に、外が ワっ と騒がしくなった。背凭せもたれに踏ん反り返っていた裁判長が、急いで立ち上がった。おうが来たのだ。

 ソジュンの前に立った王は、背こそ小さいものの、民衆とは異なる、派手な色の布と、厚く重ねた首飾りに身を包み、頑丈そうな肉体を持っていた。どことなくアジア人を思わせるその顔は、険しすぎず優しすぎず、彼が いかに賢明な人間なのかということを、物語っていた。

 しかし、どこか、変だ。その違和感に答えたのは、隣にいるヘテだった。

「この男、ファラオではない──」

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