第17話『出立と仲間』

 ソジュンたちが川の民に送られ、再びナイルを前にしたのは、朝の10時を過ぎた頃だった。

 「“像を造るには、しばらく時間がかかるんだ。しかし彼女ひとりを残して行くのは、不安であろう”」と頭をく、ハンピテイ五世に、レアは、「あら、私なら大丈夫よ」と、ケロリ と返した。

「確かに最初は強引だったし、村長さんの目つきも悪いし、怖い所だと思っていたけれど、今は違うもの。この村の人は、優しい方たちばかりだわ。ただちょっと、交流に乏しいだけなのよ」

 ソジュンがレアの言ったことを通訳すると、ハンピテイ含め村の住民たちは、「“本当か! ”」と飛び跳ねた。

「それじゃあ、皆。また後でね。お互い、全てが上手くいった後で。最初の街テーベで落ち合いましょう」

 舟に乗る一行に、レアが明るく手を振った。

「はい、必ず」

 そう言って手を振るソジュンの視界の端から、何か黒い物が飛んで行った。

「へ? 」

 何事かと振り返ると、ニックと一緒の舟に乗るヘテが、「ディン! ディン! 」と叫んでいるのに気がついた。

「あら、ディン! こっちに来てしまったのね! 」

 ヘテのペットであるミイラ猫のディンが、舟から、レアの元へ飛び降りたのだ。

「ミャオンっ! 」

 レアの腕の中で元気に鳴くディンは、「ワタシがついてるから大丈夫よ!」と言っているみたいだった。

 そんな姿にヘテも困った様な笑顔を見せ、「ディン。お嬢さんを、よろしく頼んだぞ」と手を振った。

「“さあ、出発だ! ”」

 舟漕ぎたちの合図と共に、舟は荒れる川の中、発進する。

 「レア! またね! きっとね! 」と、最後尾で揺られるリクが声を張り上げている。

「ええ! また、きっとよ! 」

 レアも、リクに負けじと手を振り続けている。が、その声も、波の音に消される。

 村の人たちは、いつまでもソジュンたちを見送りたがっているレアに、そろそろ村に帰るようにと声を掛けた。

「ディンもいるんだ。大丈夫だろう」

 同じ舟で揺れるアダムに、ソジュンが頷こうとした時だった。

「ジェイ! 貴方なら大丈夫よ! 」

 透き通ったレアの声が、風に乗って聞こえた。


 再びナイルを上っていく舟を見送った一行は、ひと気の無い木の下で、ジェラーの地図を広げていた。

「《砂漠の真ん中に住みし者、危険な思考で彷徨さまよいし者也。生まれつきの盗人也。我は彼等を “砂漠の民” と名付ける。遥か彼方、砂漠の民、天人てんじんより摩訶不思議の紙、盗みし。我、それを欲すると、砂漠の民曰く、「この紙を譲り受けたくば、我等の知恵を解いて見よ。我等の知恵を解けば、この宝をやろう」》だとよ。大丈夫なのかあ? 」

 アダムは地図から顔を離すと、ジェラーのメモが書かれた場所を指差した。ソジュンは額から滴ってくる汗が地図に零れ落ちない様に気を付けながら、覗き込んだ。

 次の目的地は、ナイルと紅海の、丁度 中心にある様だ。

「方向的には、僕らがいるこの地点から、すぐ東にあるみたいですね」

 そう言って、ソジュンは ハッ と気がついた。

「この方向って、もしかして──」

 顔を上げると、ニックと目が合った。彼も同じことを考えていたらしい。

「昨日、俺たちの麻袋を奪ったやからが逃げて行った方向だ」

「おいおい、まじかよ」と、アダム。

「あの人たちが、《向こうが透けてしまう程薄いのに絶対に破れない紙》を持っているってこと? 」と、リク。

「あり得ねえだろ」

 顔を歪めたアダムが、上半身を後ろに放り投げる様な体勢になってつぶやいた。

「どうすんだよ」

 彼かられた言葉は、ここにいる全員の気持ちを代弁していた。

「でもさあ、きのうの人が住んでる場所とは、限らないよね」

 リクは言ってみたが、すぐにアダムから、「ここに、“盗人” って書いてあんだろ」と指摘されてしまった。

 また、ヘテからも、「もし違っていたとしても、砂漠の中央に住む者は、ひとり残らず危険だと言って過言ではない。きのうの奴よりも、もっと酷いかも知れない」と付け足され、ションボリ 下を向いてしまった。

「それじゃあ、どうするの? このままテーベに引き返して、ジェラーに無理ですって言うの? 」

 「それはできない」ソジュンは心の中で答えた。

 ジェラーは、墓泥棒の重い罪を、この困難な旅を乗り越えることによって、つぐわせようとしているのだ。きっと、砂漠の民のことも、分かっての《お願い》だろう。彼らから目当ての物を入手できなければ、ソジュンの解放も、夢のまた夢だ。

 ソジュンは決意を固めて立ち上がった。

「ジェイ? どうしたの。お手洗い? 」

「違うよ! 」

 リクの問い掛けに、ソジュンは咄嗟に返した。

「どうせやるしかないんだ。ここで悩んでいる時間が勿体無いよ」

 そう言うソジュンに、アダムが、「でもよお」と眉をひそめた。

 立ち上がりそうにない他の従業員たちに、ソジュンは一瞬、喉を詰まらせたが、すぐに、笑顔を作って見せた。

「皆さんは、ここで大丈夫です。元々は、僕が、起こしてしまった問題ですから。それよりも、ここまで、一緒にいてくださって、ありがとう、ございました」

 頬に冷や汗を伝わせたソジュンは、そう言うと、ジェラーの地図をマントの下のポケットに入れ、歩き出した。

「待ちなさい、ソジュン君! 元の元の元といえば、ワタシが君を墓に招いたためだ。どこまでもお供しよう」

 ヘテがついてきた。

「待ってよ! 私も連れてって! 」

 リクがその後ろに続いた。

「リクたちだけでは危険だ」

 その後ろから、ニックが歩いてきた。

「しょうがねえなあ! でも、ちゃんと逃げ道は作れよ! 」

 最後まで地べたに座っていたアダムだったが、ひとり取り残されそうになって、ようやく重たい腰を上げた。

「皆さん──! 」

 気がつけば、横に並んでいた彼らに、ソジュンは目をうるませた。

「ありがとうございます、本当に──」

「気にすんじゃねえよ」

 アダムが言う。

「渋ってたくせに」

 リクが言うと、「レアみたいなこと言うなよ」と、若い炭鉱夫は タジタジ になった。

「俺は、リクたちみてえな、計画性のえ人間じゃねえんだよ。端から危ねえって分かってる場所に行くにはなあ、先ず逃げ道を作らねえといけねえんだ。地理も詳しくねえし、何かあった時、俺らは不利なんだぜ」

「はいはい」

 リクは笑ったが、相棒のニックは真剣にうなずいていた。

「最も、アダムの言う通りだ。本来なら、綿密な計画の元、動くべきだが」

「しかし僕たちには、時間的余裕がありません」ソジュンは困った顔で言う。「何か案はありますか? 」

 ソジュンからの質問に、ニックは顎の先をまんで、空を見上げた。

「そうだな。完全では無いものの、対策なら、幾らかはあるな」

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