第18話『逃げ道と秘策』

 林を抜けると、唐突に砂漠が広がった。

 赤い砂漠に踏み出したソジュンたちの身なりは、酷くみすぼらしいものだった。折角のマントは ところどころが ビリビリ に破けていて、土にまみれている。

 それが、ニックの作戦その1。


「盗賊も、手あたり次第に人を襲うんじゃないんだ。金を持っていそうな奴からっていく」

「金をもっていそうな奴? 」

 リクが首を傾げる。

「1に身なりが整っている者。2に、旅行者だ」

 俺たちが暮らしてきた世界でも そうだったと思うが、旅行者は大体にして生活に余裕がある者だ。この定義は、ここでも同じだろう。金持ちは生活に余裕があり旅行へ行ける。生活に余裕がある者は身なりにも気を使える。つまり、「旅行者」イコール「身なりが綺麗」だということになる。

「しかも、慣れない土地に自らの価値観を当てはめる。綺麗な服を着て、浮かれた気持ちで街を歩くんだ」

 「分かった。郷に入れば郷に従えってやつだね」とリクがうなずくと、アダムが、「あの盗人の服装、覚えてるか? 」と、他の皆を見回して尋ねた。

「僕、覚えてます」

 ソジュンが手を上げた。


 真昼の日射は、ソジュンたちの汚れたフードの上に容赦なく降り注いでいた。

「こんなあちいのに、フード付きのマントを着て行けって言われた時は耳を疑ったけどよお。あの忠告は正解だったぜ」

 ジェラーの地図を片手に、アダムが言った。

「この陽の光、直接受けたら焦げちまう」

「本当に! 」

 一方でリクは、水筒の水を グビグビ やりながら首を上下に振る。

「おいおい、あんまり無計画に飲むと、後が辛いぞ」

 ニックは いつもの優しい笑顔で、後輩炭鉱婦に忠告

をした。

「しかし、本当に暑いですね」

 マントで汗を拭くソジュンは、涼し気に歩くヘテに気がついた。

「ヘテさんは平気なんですか? 肌をそんなに露出ろしゅつさせていますが」

「ワタシなら大丈夫だ」と妖精のヘテ。「一度 死んでから、何故か暑いも寒いも無くなってしまった」

「へえ! 」

 羨ましい、という言葉を、 ゴクリ と飲み込んだ。

「それより、ソジュン君、見たか?」

「何をです? 」

「月をだよ」

 ヘテは目を キラキラ と輝かせて答えた。

「呼んでいる気がするんだ。早く来いと! ワタシを待っている様だったよ」

 素晴らしい、素晴らしかった! と久しぶりの月に感動しているヘテに、ソジュンは「はあ、そうですか」と頷くと、アダムに視線を移した。

 方位磁石とコンパスを使って、アダムが地図に記しているのは、砂漠にできた凹凸だ。

 これが、ニックの作戦その2。


 もしも何かがあった際に、逃げ道を多く持つに越したことは無い。隠れる場所も必要だろう。

「逃げる際は、ただ真っ直ぐ逃げていても駄目だ。きのうみたいに、相手は馬を持っている可能性が高い。土地勘もあるだろう。それに、こちらの体力も、いつまでも持つわけではない。重要なのは、相手の視界から消えることだ」

「相手の視界から消える、ですか? 」

「それってどうするの? 妖精たちみたいに、《妖精の近道トンネル》を くぐって、別の場所にワープするとか? 」

 リクが尋ねると、ニックは「俺たちは人間だからな、《妖精の近道トンネル》を くぐるのは不可能だ」と笑って首を振った。

「だが、ワープなんてしなくとも、相手の視界から消える方法はあるんだ。簡単だが、相当な準備が必要だ」

「どんな? 」と、リク。

「障害物の位置を把握しておくことだ」

 木も草も建物さえ見当たらない砂漠だが、見渡す限り、所々、砂の小山が積もっているだろう。その位置と大きさを把握しておくんだ。すると、より効率よく相手をくことができる。

 幸運なことに、俺たちには地図を読むことに優れたアダムがいる。目に映る障害物は、できるだけ細かく記録マーキングしていって欲しい。

 それには皆の “目” も必要だ。

「ヘテさんも、よろしくお願いします」

 もし、誰かひとりでも この作業をおこれば、俺たちの生存確率は グン と下がる。

 ただ相手の陣地まで進むのではなく、自分の体力や脚力を考慮こうりょして、逃げる道順を考えながら進んで行って欲しい。


「それにしても、アダムさんは何でもできて凄いですね」

 ソジュンがアダムに言う。

「僕なんて、定規を渡されたとしても、地図を読むことなんてできません」

「まあ、慣れだな」とアダム。「数をこなしゃあ、何だって簡単にできる様になんだよ」

「そうですかねえ──あ、あそこに木がありましたよ! 」

「何処だ? ああ、あれか──でも、実際、そうだぜ。まあ、数 熟すっつっても、俺の場合、必要になる場面が多かったってだけで、特別 褒められる様な事でもねえよ。それに、地図を読むことくらい、誰だってできる」

 でなれりゃ何の為の文明なんだ、と、アダムは口角を上げた。

「ところでよお、ニック。“団子” の調子はどうなんだ? 持ちそうか? 」

「ああ、まだ だいぶ余裕がある」

 これが、ニックの作戦その3だ。


 逃げる、と言っても、ただ出鱈目でたらめに逃げていい訳ではない。幾らアダムが隠れられるスポットを記録してくれているとはいえ、それぞれがはぐれたり、自分が何処にいるのか分からなくなってしまうようでは意味が無いのだ。

「俺たちは、あくまでも “帰る” 為に “行く” んだ。無暗に逃げて、帰り道を見失ったり、違う危険に巻き込まれでもしたら、元も子もない」

「それはそうですけど、どうすればいいんです? 僕はニックさんたちみたいに、方向感覚がまるで無いんです」

 ソジュンが心配そうな表彰を浮かべると、ニックは、マントの下の肩掛けバッグを探った。中から、フルーツのデコポンくらいの巾着袋が出てきた。

「こんな時の為の、これだ」

 ニックは綺麗に並んだ白い歯を ニッコリ と、ソジュンに向けた。

「その袋が、どうしたんです? 」

「中に入ってるのは、特殊な団子でな」

 そう言ってニックは、巾着の中から丁度ひと口大の真っ黒な団子をまんで見せた。

「砂漠の砂と水で作った泥団子の表面に、特殊な蛍光塗料を塗った物を、大量に作って置いたんだ。この団子は、ブラックライトにのみ反応して光る」

 ブラックライトに “のみ”、言い換えれば、他の光では一切効果を発揮しない、ということになる。この団子を一定の間隔道に落として行くことによって、俺たちだけの道しるべを作ることができるんだ。

「成る程、この時代の人たちの明かりといえば、松明のみですからね」

「その通り。皆は、これを持っていてくれ」

 ニックは、人差し指程の懐中電灯を、従業員たちに手渡して言った。

「ブラックライトだ。逃げる際には、これで地面を照らしてくれ」

 ヘテさんは どうしますか? というニックの問いに、ヘテは、「ワタシはソジュン君と共に行動するから大丈夫だ。それに、その、ブラック……ライト? とかいう道具を、使いこなせないからな」と断った。

「使い方なら簡単だよ! 」

 ニックの手から、余った懐中電灯を横取りしたリクが言った。

「私が教えるね」


 ソジュンたちの後ろには、点々と、黒い小さな団子が転がっている。

「こう、かな」

「そこを回すんじゃないんだよ。もっと簡単! この黒いボタンを押すだけ。ほら! 」

 ヘテの言葉は聞き取れない筈なのに、と、ソジュンはリクのコミュニケーション能力に目を真ん丸にしつつ、ニックに向いた。

「ところで、この お団子ですが、後で回収するんですか? ほら、ニックさん、蛍光塗料を仕込ませたと仰っていたので。時間がたって、考古学者とかに発見されたら、大騒ぎになるのではないのかと思いまして」

「それなら大丈夫だ」と、ニック。

「特殊な蛍光塗料だと言った通り、この液体は太陽の光で勝手に浄水されていき、1週間も経てば、ただの水になってしまう。泥団子の方も、そう長くは持たないだろう」

「でしたら、安心ですね」

 リクとヘテのライトに照らされた団子は、昼間にも関わらず、まるで夜空に見える1等星の様な輝きを放っていた。

「目的地はもうすぐだ」


 アダムの宣言通り、目的の町は目を凝らした先に見えた。ソジュンたちは砂の小山の影に入って、町をよく観察することにした。

 砂漠の中央に、不気味に並ぶ家々。そのどれもが半壊していて、人の気配は無かった。

「静かな町、ですね」

 ソジュンが隣にいたニックに声を掛けようと振り向いて──

「え、あれ」

 そこには誰もいなかった。ニックだけじゃない。リクも、アダムもいなかった。

 ヘテだけが、ソジュンの側にいた。カレは後ろを向いて、驚愕きょうがくの表情を浮かべている。

「ヘテさん? あっ! 」

 ヘテの視線の先を追って、ソジュンも同じ顔になった。

 男たちが、リクたちを捕えていたのだ!

「い、いつの間にそこに──」

 ソジュンがつぶやくと、痩せっぽちの男が、ソジュンに向かって ワンワン とわめいた。

「な、何て」

「“お前たちが この場所に来ることは分かっていた。お前の正体も。お前は きのうの裁判で、王から特別な子として扱われた奴だろ。俺たちはお前を待っていた。俺たちの望みを叶えろ” と、言っている」 

「望み? 」

 ソジュンがヘテに発音を聞く暇も与えず、男たちはソジュンをも捕まえた。

 「“案内してやる、来い”」と言って、町の中へ引きって行った。

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