第16話『祝祭と温かな祈り』

 月明りの下、ハンピテイ邸の前には、松明に火を灯した村の住民たちが集まっていた。

 皆、《村の奇跡》を見に来たのだ。

「“おお! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! ”」

 マントを脱いだレアの顔を見るなり、ハンピテイは歓喜の声を上げ、先程 夫婦が述べたままの誉め言葉をひと通り言った。

「太陽の神にナイルの瞳、ハイビスカスの唇──」

 以上の条件に当てはまる者を探す様にと、ハンピテイは村の人たちに命令していたのだろう。ソジュンは考えた。そして、「もし、僕を心配して来てくれた中に、レアさんがいなかったなら──」と想像すると、全身に鳥肌が立った。

 ホッ と胸をでおろしていたソジュンだったが、ふと気がつくと、目の前にハンピテイが立っていた。彼は松明でオレンジ色に照らされた瞳で、ソジュンの顔を まじまじ 見つめている。

「ど、どうしました? 」

 ヘテの力を借りて、ソジュンが尋ねると、村の長は ニッコリ と口角を上げた。

「“俺は随分お前を見くびっていたようだ。いや、“お前” ではなく、“貴方” と呼ぶべきか“」

「へ? 」

「“貴方が最初、自分のことを ”特別な子“ なのだと言った時、俺は貴方を疑い、酷いことを言った。しかし貴方は そんな俺をとがめず、それどころか、我が村の願いを叶えてくれた! なんと お礼を言ったら良いのか──”」

 そう言ってひざまずくハンピテイに、ソジュンは首を横に振った。

「いいんです。どうか、立ってください。ハンピテイ殿が仰ったことは、本当のことなんです。僕は特別なんかじゃない。ただ、成り行きでそういうことになってしまっただけで、本来の僕は、何にもできなくって、鈍臭くって、どうしようもない人間なんです。それに、今回も偶々たまたまというか、僕の力じゃないっていうか」でも、と、ソジュンは微笑む。「この村のお役に立てて良かった、そう思っています」

 だから そうやって膝をつくのは止めてください、と付け足したソジュンに、村の住民たちは拍手はくしゅを贈った。そして自らの長にならい、“奇跡を連れて来た” ソジュンに跪いた。

「ああ、困ったなあ」

 ほおくソジュンの肩に、笑顔のリクが手を乗せた。

「良かったね」

「そうだね、本当に。レアさんには感謝しなきゃね」

 村の人たちに囲まれるレアを見て、ソジュンは頷いた。


 奇跡が訪れた村の夜は、賑やかで、長いものになった。

 例のやぐらがある広場に集まった住民たちは、鮮やかな色の衣装に着替え、ソジュンやレア、そして彼ら ふたりに付き添う他の従業員たちの為に、伝統の歌と舞を披露した。

 櫓の下に座らされたレアの目の前には、果物やパンといった食べ物が大量に積まれ、両側には清潔な水が たっぷり注がれた、大きな壺を抱えた女性が付き添った。

 「こんなに食べられないわよ」と困った表情のレアに抱きかかえられたミイラ猫のディンは、大きな葉の上にある大きな魚に、目を ギラギラ とさせている。

 櫓の頂上にはソジュンが座っていた。ソジュンの後ろには、昼間 出会った舟漕ふなこぎの男が立っていて、大きな葉の団扇うちわを使い、優しい風を送り続けてくれていた。そして、ソジュンの隣には。

「“どうだ? 我が村の舞は”」

 村の長である、ハンピテイ五世と、《月の道化師ロリアレット》のヘテが座っていた。

「素晴らしいです。それに、とても美しい。僕たちの為に、ありがとうございます」

 そう言うソジュンに、笑顔を浮かべたままのハンピテイは、ゆっくり首を振った。

「礼を言うのは俺らの方だ。何たって、奇跡を運んできてくれたのだからな。そうだ。約束がまだであったな」

「そう言えば」

 ソジュンは思い出した。

 ソジュンたちは、ジェラーから課された《4つの願い》を集める為、ここまで来たのだ。

「“貴方は本当に、何という人物なんだ! 俺は自分という人間が小さく思えて来た” 」

 ハンピテイは胸に手を当てて、ソジュンに向かって愛情深く言うと、後ろの男を振り返った。

「“おい。この方に、例の物を”」

「“はい”」

 大きな葉を持った舟漕ぎの男は、急な櫓の階段を慣れた足取りで下って行った。ソジュンが その様子に感心していると、ハンピテイが、「“この櫓は毎年建て替えていてな。今年の建て替えも、もうすぐに迫っているんだが、あの男の一家が担当しているのだ。この建物の扱いに関して、奴の右に立つ者はいない”」と説明してくれた。

「“ところで、貴方はこの後も、また何処かへ行くのだろうか? ”」

「ええ。実は、集める物は木材だけじゃないんです」

「“ほう、それは大変だな”」

 ハンピテイは小さな黒目を更に ギョロリ と見せると、また胸に手を当てた。

「“貴方は先程、自分のことを特別でない、鈍臭い人間だと卑下ひげした。しかし今の俺は、そうとは思わない。貴方は貴方という人間に対して、だいぶ低く見積もるくせを持っていると見る。俺は貴方を信用しようと思う。だから貴方も、自らを信用して欲しいのだ。どうか、この先の旅路が、穏やかである様に。不幸が貴方に降りかかることの無い様に」

 ささやく様に言うと、ハンピテイは そっと目を閉じた。どうやら、神様に祈りを捧げているらしい。反対側を見ると、ヘテも、彼と同じ様に胸に手を当て、目を閉じている。

「ハンピテイ殿、ありがとうございます」

 ヘテさんも。ソジュンは心の中で妖精の名を付け足すと、胸に手を当てて、ここに集う全員の無事を祈った。

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