第37話『招待と正体』

 ジェラーの家は、テーベの街から少し離れた、砂漠の中にあった。

 いつか “砂漠の民” の町の近くに掘られていた、ネヘトの隠れ家と同様、地下に家を掘ってあるのだった。それは、“王の家” というには、あまりにも狭く、粗末な家だった。

「時代の覇者はしゃに記録はいらない」

 疑問を抱くソジュンたちに、ジェラーは説明すると、投げ出す様に石の床に腰を下ろした。

「入り口はネヘトの部隊に見張らせてある。奴らが見張ってる間、ここは “要塞の民” の町 以上だろう。安心してくつろぐといい」

 ジェラーの無防備な態度に、ソジュンたちも顔を見合わせながら座った。

 気がつくと、ジェラーは自分の後ろにある、長方形の木箱を漁っていた。

「久し振りの来客だ。人数は──」

 ジェラーが振り返る。

「1、2、3、4、5──6」

「え」

「あと、汚らしい猫が1匹だ」

 ジェラーの言葉に、ソジュンたちは目を見開いた。

「あの、ヘテさんが見えるのですか? 」

「ああ、見えるとも。当然だ」

 ソジュンからの問いに、ジェラーが即答した。不気味に口角を持ち上げると、「とにかく、飯だ。祝いの席だからな。出し惜しみはしないさ」と木箱の中から、パック詰めされた肉や野菜、ジュースを取り出して、床に並べ始めた。

 それらを見て、リクやレアやアダム、そしてヘテは口を ポッカリ 開けていた。が、ソジュンやニックは違っていた。驚くどころか、むしろ、点と点が繋がったと言う様な笑みを見せた。

「ジェラーさん、貴方やはり、この時代の人間では ありませんね」

 ソジュンが言った。

「恐らく貴方は、時間旅行者タイムトラベラー。僕たちと同じだということでしょうか」

「タ、タイムトラベラー⁉ 」

 レアはソジュンの言葉を繰り返すと、首を横に振った。

「そんな! 」

「確かに、ここに並んでいる物を見たら、それも納得できるけど。やっぱりってどういうこと? 」

 レアに続いて、リクが尋ねた。

 ソジュンは ふたりに頷くと、説明を始めた。

「ジェラーさんや、この旅には、幾つか不自然な点があったんです」

「不自然な点? 」と、アダム。

「そうです」

 ソジュンは頷いた。


 不自然な点その1。

「ジェラーさんの使っている言語です」

 ソジュンがヘテの墓で墓泥棒として捕らえられてから、ジェラーが現れるまで。ソジュンには現地の言葉が一切理解できなかった。

「僕たちは、この様に、補聴器タイプの翻訳機を耳につけているんです。しかし、この時代のエジプトの言語に、僕たちの翻訳機は対応していなかった」

 それなのに、ジェラーの言葉だけは、翻訳機を通して しっかり訳された。何故か。

「そして、どうしてジェラーさんは僕たちの言語を聞き取ることができたのか。僕はヘテさんとしゃべる時でさえ、母国語である韓国語を使用していたというのに」


 不自然な点その2。

「ジェラーさんから頂いた、地図とメモに記載された、言語です」

 ソジュンとジェラーが最初に出会ったのは、裁判所だ。勿論ふたりに面識は無い。

 それなら、留置所に捕えられたソジュンを見たのか、というと、そうでも無い。ソジュンは裁判に かけられる前日の夜、緊張と興奮で一睡もできずにいた。留置所は出入り口が1カ所しかなく、窓さえない。例えネズミ1匹であっても、何かが部屋に入って来たなら分かっただろう。

 それなのに、ジェラーは初対面のソジュンに、英語で書かれた地図とメモを手渡した。それは何故か?

「貴方は、英語が世界の公用語だということを知っていたからです」

 古代という閉ざされた世界の中で。そもそも、英語という言語さえ、完成されきっていないのにも関わらず。

「そして、地図に関して言うならば、もうひとつ、不自然な点があります」


 不自然な点その3。

「地図が正確すぎたという点です」

 ジェラーから渡された地図は、道具や機械が発達していない この世界にいて、あまりにも詳細すぎた。

「僕たちが持っている地図が2000年の物なのですが、ジェラーさんの地図は 現代の地図に負けず劣らず……いいえ、全く同じと言ってもいい程の出来なのです! 」

 上空から地形を観察することもできない、徒歩で距離を測るしかない この時代に、正確な地図を描くことは可能なのか?


 不自然な点その4。

「“言葉を持たぬ民” が持っていた、パピルスです」

 紅海に眠る石を守るため、言葉を無くしたと伝えられる彼女たち。

「彼女たちは、独自の言葉さえ持っていませんでした。全員がジェスチュアで会話し、音楽をなかでる時も楽器のみ。歌が無いのを見ると、頑なに、言葉という言葉を遠ざけて暮らしてきたのだと思います」

 そんな彼女たちが差し出すパピルスは、何故、英語で記されていたのか?

「その理由は簡単。地図やメモと同じに、貴方が書いたからです。証拠と言える証拠ではありませんが、貴方に良く似た人物が、あの地で、聖なる石を獲得したという記録が残っていたんです」

 “言葉を持たぬ” 彼女たちの唯一の記録、石を獲得した者を絵で記した石板である。

「彼女たちの石板には、貴方が着ている甲冑かっちゅうの絵が、鮮明に描かれていました。特徴的ですよね、その象の飾りのついた、かぶと

 それが、彼女たちの石板に はっきり、記されていたのだ。


 不自然な点その5。

「聖なる石が出現する、海底の岩です」

「これは、俺が説明しよう」

 ソジュンの言葉を、ニックが引き継いだ。

 “言葉を持たぬ民” の試練に挑んだニックは、石が挟まっていると言われる岩に、不自然な痕跡こんせきを発見していた。

「自然にできたとは思えない傷が、その岩にあったんだ。広範囲を一瞬でえぐり取った様なあと──思い当たる物は ひとつしかない」

 爆弾を使った痕だ。

「まさかとは思ったが、地図やパピルス、そして石板のこともあり、実際に再現してみることにした」

 思った通り、周りの岩だけが一掃され、聖なる石は無傷。

「その時にできた痕は、最初に潜った際、俺が発見した物と瓜二つだった」

 つまり、この時代で爆弾を使用した人物がいた、ということになる。


「そして最後、6つ目は、草むらの光です」

「“草むらの光” ? 」

 ソジュンの言葉をリクが繰り返した。

「“要塞の民” の町長を決める試練。それは、ナイルに生息するワニを捕まえるという、大変に過酷な物でした。町長のウルへさんに連れられた試練の場所は、背の高い草が生い茂る川辺でした。僕は そこで、キラリ と光る物を見たんです」

 そこまで言うと、ソジュンは怪しい笑みを浮かべるジェラーの瞳を見つめた。

「本当に一瞬のできごとでした。しかし僕は ハッキリ 確認しましたよ。銀色に光る、“その銃口” を──」

「銃口⁉ 」

 今度はレアが言葉を繰り返した。

「ただ、あの銃口は僕に向けられての物では無かった。近くにいた、ワニに向けられた物でした。しかし そんなことは今の話題には どうでもいい問題です。今 考えるべき問題は、古代に銃という道具は、存在していない、という点です」

 ならば、銃を構えた人物は誰か?

「間違いなくジェラーさん、貴方でしょう。僕らの翻訳機が訳せる言葉を使い、英語で文字を書き、詳細な地図を持ち、海底の岩を爆弾で壊す……貴方 以外に あり得ますか? 僕は この、1から6までの違和感に基づき、とある仮説に行き着きました」

 それが、ジェラーが、時間旅行者タイムトラベラーであるという仮説だった。


 ソジュンの話を ニヤニヤ と聞いていたジェラーは、突然、拍手をし始めた。

「素晴らしい青年だ。ああ、実にいい推理だった」

 茶化す様な口調で言うと、真剣な顔つきになって、ソジュンへ身を乗り出した。

「確かに俺は、時間旅行者タイムトラベラーだ。だが、ただの時間旅行者とは訳が違う。どうして、そこまで見つけていて、答えに辿り着かないんだ? 」

「どういう意味です? 」

 ソジュンの問いに、ジェラーは、答えた。

「テーベから西南に下った砂漠の果てに停車した汽車──俺も、“あれ” に乗って ここに辿り着いたのだ」

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