第38話『ネタばらしと微笑』
ソジュンたちが乗る “無番汽車” がエジプトに到着し、ソジュンが墓泥棒として捕らえられた夜、ジェラーの枕元に世にも美しい天使が舞い降りた。
古代エジプトに現れたはずの天使だったが、どうやら、この国の言語では無いことは確かだ。
それが、ジェラーが “本来 生まれた時代” で話されていたロシア語だと分かったのは、だいぶ時間が経ってからだった。その時のジェラーは、寝袋の底にずっと隠しておいた翻訳機を、一か八かで耳につけてみた。
すると、天使の言葉が聞こえてきた。
『迷えるナカマたちよ』
天使は言った。だいぶ カタコト であった。天使はきっと、下界の言葉に慣れていないのだろう。
どんな状況であっても自分の意思を見失うことが無かったジェラーの辞書に、『迷える』という単語は記載されていなかったが、面白かったので、天使の言うことを黙って聞くことにした。
『“特別の子” が、この地上に参った。しかし、“特別な子” は、いらぬ罪を被ろうとしている。“特別な子” を、裁いてはならぬ。裁けば、お主に、罰、降りかかる』
「へえ、それは恐ろしいものだな」
ジェラーは ニヤニヤ と天使に言った。
天使は黄土色の髪の毛を持った、無表情な青年だった。左右で違う瞳の色をしている。
カレが人間では無いことは確かだ。何故なら、カレが ここに現れる際、ジェラーが外した円形の腕輪が光ったのが見えたからだ。
『“特別な子” を、解放せよ。“特別な子” は、ワレワレの汽車に乗ってこの国に来た。“特別な子” を裁いてはならぬ。裁けば、お主に、罰、降りかかる』
「汽車? 」
ジェラーは寝袋から飛び起きた。
「お前、今、“汽車” と言ったか? 」
『“汽車” 、イチから、伝言、ボク、伝えただけ』
カクカク と言い終えると、天使は腕輪の中に消えて行った。
「その天使って、もしかしてだけど──」
「黄土色の髪の毛に、左右 色違いの瞳、変な喋り方。間違いねえな」
「ミカ君、ですね」
レアとアダムとソジュンは顔を見合わせて溜息を吐いた。
「オーナーは僕に、“何とかする” とは言ってくださっていたけど、まさか、こんな方法を使うだなんて」
ジェラーは
「あの汽車が来ているのか? 」
すぐに、目的の物は見つかった。
「“特別な子” ねえ。まだ この汽車が動き続けていたとは──計画は順調な様だな」
その後のジェラーの行動は以下の通りだ。
裁判長の家に出向き、被告人の身体検査を禁止する。翌日の裁判の判決を自らが出すことを宣言し、英語のメモと、地図の写しを用意した。
「地図に記されているから分かると思うが」
硬いジャーキーを奥歯で噛み切りながら、ジェラーが続けた。
「ソジュンと言ったか? お前に課した試練は、全て俺が、上エジプトを征服する為に巡ったものなのだ」
まあ、俺は それ以上の試練を乗り越えて来たんだが、今回は その中でも簡単な物だけを選んだ、と、ジェラーは嫌味な口調で付け加えた。
ジェラーは裁判所で、“川の民” の試練に必要なだけの資金をソジュンにくれてやった。
麻袋をエシレデートに盗ませたのも、ジェラーだ。
「あの麻袋なんだけれど、ジェイたちが行った後、ちゃんと村に届けられたのよ」
レアが言った。
「ほら、私たちの麻袋を盗んだ、あの男! あの男が、麻袋を “川の民” の所に届けたのよ」
“川の民” はレアがいるからと、金銭の受け取りを断ったらしい。
「“砂の民” に関する全ては、俺の部下、ネヘトに任せた。奴は貧民育ちだが、この上なく頭の切れる男だ。この時代に置いておくのが勿体無いくらいだ」
一行が “砂漠の民” に苦戦している間、ジェラーは紅海へと先回りしていた。
聖なる石を獲得した彼のことを、新たな指導者だと
「あの後、パピルスは回収した。後の世で、あれが見つかると面倒なことになるからな」
「あのさ、質問があるんだけど、いい? 」
乾パンを カリカリ やっていたリクが手を上げた。
「“言葉を持たぬ民” の人たちにパピルスを渡すまではいいよ。でも、聖なる石が海底に できてるって、どうして分かってたの? だって あれは、新しい指導者が現れる
「そう言えば、そうだ! 」
気がつかなかった! と、ソジュンもジェラーを見た。
「お嬢ちゃん、いいところに気がついたなあ」
ジェラーは膝を打って答えた。
「あの石は、指導者を決める石でも何でもねえ、ある一定の期間を置けば、あそこに “自然発生” する石なんだ」
「し、自然発生⁉ 」
「ああ。石を守るみたいに挟んでいた岩、あの岩にはどうやら、傷が入った箇所を修復する能力があるみたいでなあ。海流により流れてくる石や岩を、その身を燃やすことにより、くっつけているんだ」
「そうか、成る程、だから──」
ソジュンが言葉を引き継いだ。
「あの岩をニックさんが爆弾で砕いた後も、燃え続けていたんですね! 他の岩と結合する為に! 」
「そういうことだ」
だから今頃、また燃え始めてるだろうさ、と、ジェラーは鼻で笑った。
“言葉を持たぬ民” の集落から離れた後、ジェラーは “要塞の民” の町へ急いだ。
門は
「ええっ! あの怖いワニが住んでるのに⁉ 」
リクは目を丸くした。
「ワニ? なあんだ、お嬢ちゃん。あんなのを恐れてるのか? 」
「へっ⁉ 」
ジェラーの言葉に、リクは また いち段と目を開いた。
「怖くないの⁉ 」
「ジェラーさんなら大丈夫だよ」
ニヤニヤ と笑うだけのジェラーの代わりに、質問に答えたのはソジュンだった。
「何で? 」
質問好きのリクが
「何でって。さっきも言ってただろう? ジェラーさんも、“要塞の民” の試練を乗り越えた人だからだよ」
リクはジェラーの顔を見た。彼は、ソジュンの言葉に
「ウルへさんも言っていたしね。 “最近で、僕たち以前に来たのは、鋭い目つきの男だった” って! 」
「もしかして──」
「そう、その人こそ、ジェラーさんだったんだ」
テントの中から、ソジュンたちの到着を認めたジェラーは、
「お前が見たというのは、この銃口だ」
ジェラーは木箱の中から銃身の長い銃を取り出して、床に置いた。
「麻酔銃だ。これで、俺は孤立したワニを狙っていた」
「それは、僕がワニを捕まえられなかった時の為、ですか? 」
ソジュンの問いに、ジェラーは「何を今更」と首を振った。
「裁判所で言っただろう。俺は お前を救ってやりたいんだと」
ジェラーは息を吐くと、ふと、
「お前たちの様子を見るに、お前たちは、あの汽車がどうして存在しているのかを知らないらしいな」
「“汽車が存在する理由” ? どういうことですか? 」
すかさずソジュンが尋ねたが、ジェラーは、「言わねえよ」と意地悪く笑った。
「“あいつ” が口を閉ざしているということは、そういうことなんだろう。しかしなあ、俺は、あの汽車には人生を救われたんだ。あの汽車のメンバーに選ばれなければ、今頃 俺は、全身に電撃を浴びせられて お
「だから僕を助けてくださった」
「そうだ」
ジェラーは頷いた。
「まあ、お前らは、俺が力を貸すまでも無く全ての試練を、自分たちの力だけで乗り越えて見せた」俺の恩返しの つもりだったのに、参った「だから今は好きなだけ
静かに微笑んだジェラーの瞳が、ソジュンとぶつかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます