第39話『帰還と別れ』

 静まり返った深夜の砂漠を、ソジュンたちは歩いていた。

 「あの汽車は誰にも見られてはいけない」というジェラーの考えによるものだった。

 砂でできた山の陰から山の陰へと移動しながら、ジェラーは話し出した。

「これは聞いてるかも知れないが、あの汽車は、俺らのいる次元より、更に上にある物質で作られている。実態を持たない幽霊より上。そう。俺の枕元に現れた天使と同じ、妖精やら妖怪やらが暮らしている次元だ。本来なら交わることのない世界。だから汽車は、物にぶつかることなく、真っ直ぐ走行することができる」

 ただし、それは走行している時だけの話。

「停車している時は、ずっと次元が落ちる」

「“次元が落ちる” ? どういうこと? 」

「停車している間、汽車の次元が下がるということだ。俺らのいる次元の ひとつ上、幽霊の次元まで」

「ということは」と、レア。「霊感の強い人間なら、見えてしまう、という訳ね」

 彼女の言葉にジェラーは、頷いた。

「そういうことだ。美人な上に頭までいいとはな」


 砂漠の向こうに、汽車の明かりが見えたのは、暫くも歩かない間だった。

 懐かしの汽車は、またたく星に溶け込む様に、そこにあった。

 ミイラ猫のディンに誘われ、ヘテの墓に入ったことにより始まった、たった5日間の、長い 長い旅。

「帰って来たんだね」

 リクが言った。

「もう二度と、帰れないと思ってた──」

 ソジュンは込み上げてくる涙を、手の甲で拭った。

「そう? 」

 レアが、ソジュンの言葉に片方の眉を上げて言った。

「私は、もう一度 皆で帰れると思っていたわ。だって、ジェイなら必ずできるって、信じていたから」

 “信じる──” ソジュンは その言葉に微笑んだ。

「ほら、戻ろうぜ」

 欠伸をして、アダムが言った。

「ジェラー。関わることは少なかったが、色々と世話になったな。ありがとよ」

「礼を言う」

 ニックもジェラーに向いて言った。

 ふたりに続いて、ソジュンたちも感謝の言葉を述べようとして、ジェラーに止められた。

「だから、これは俺からの恩返しだって言っただろ。帰れ。お前らの家に」

「はい、帰ります」

 ソジュンは笑顔で頷いた。

 そして、ジェラーの家にいる頃から、何となく元気が無いヘテに向いた。

「ヘテさんも、一緒に行きましょう。“月に帰る” って願い、僕はまだ叶えられていませんから」

 ソジュンの言葉に、他の従業員たちも、賛同した。

 「そう言えば言っていたわね」と、レアが言えば、アダムは「“月に帰る” だなんて大それたこと言うぜ」と茶化し、リクは「でも、ワクワク しちゃう! 」と笑った。

「部屋は空いている。どうする」

 ニックの言葉に、しかし、ヘテは首を縦には振らなかった。

「いや、ワタシは、もういいのだ」

「どうしてです? 」

 ソジュンは目を大きくして尋ねた。

「僕たちでは、駄目だということですか? できないということですか? 」

「違うのだ」

 ヘテは頭を振った。「違うのだ」

「ワタシは、自らの力で やってみたい。そう思ったのだ。ソジュン君、君と出会った時、ワタシは無力な、生き返ってしまっただけの、ただのオトコでしかなかった。君も、弱々しい青年でしかなかった。だが、この旅を通じて、君は大きく成長した。そして それは、ワタシの気持ちをも変えてくれた。妖精としての、ワタシの能力を引き出してくれたのだ。今のワタシは、ただのオトコではない。妖精、《月の道化師ロリアレット》なのだ」だから「今度はワタシ自身の力で挑みたい。今なら どんなことでもできる気がする。だから、ワタシは君たちとは歩まない。ワタシの夢を叶える為に」

 いいだろうか、と、ヘテはソジュンたちに微笑んだ。

「いいだろうかって、いいに決まっているじゃないですか! 」

 新たなヘテの挑戦を止める権利は、ソジュンたちは持っていない。

「しかし困ったことがあれば、何でも言ってください。僕たちにできることなら、どんなことでも力になりますから」

「ありがとう」

 ヘテはソジュンに頭を下げると、「実は、お願いが──」と続けた。

 その願いを聞いたソジュンは、目を丸くするのと同時に、笑い声を上げてしまった。

「はい、勿論! 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る