第4話『潜入捜査とこわがり屋』

 ボッチャンが目を覚ますとドウドウは、巨人族の間で ひそかに流行っているという薬草湯を飲ませてやった。

「心身ともに ぽっかぽか になるんだって。どう? 」

 見ず知らずの人間から出された飲み物を、躊躇ちゅうちょなく飲み込むボッチャンに驚かされつつ、ドウドウは尋ねた。

「ああ、苦みはあるが美味びみだ。礼を言う」

 まだ ぼんやりした顔つきのボッチャンが答える。

「そりゃ、よかった」

 ドウドウは人間の子供と同じ、無邪気な笑みを見せた。

「ところで」

 ボッチャンが口を開く。

「キミは どこから……? 扉は ぴたり と閉じていたはずだが」

 鋭い問いに、ドウドウは「ええっとお」と視線をただよわせる。

「えっと、ほら、そうだ! お兄ちゃんさ、さっき、ご飯の お盆、部屋の外に出してたでしょ? その隙に入っちゃったんだ! ボクかくれんぼう得意でさ! 」

 どうかな? と不安げなドウドウに反して、ボッチャンは「なるほど」と すぐに納得してくれた。

 「このボッチャン、案外お間抜けなのかもしれないぞ」ドウドウは内心でニヤついた。

「改めて、ボクの名前は“ドウドウ”! 」

 ドウドウは得意満面で胸を張り、挨拶した。

「ドウドウ、いい名だな」

 ボッチャンはドウドウに微笑んでくれた。

 ドウドウも かわいい笑顔を返す。

「ところでさ、お兄ちゃんは、どうして ひきこもっているのさ? 」

 ドウドウからの質問に、ボッチャンは困ったような顔を見せた。

「キミは……」

 ボッチャンは何度が口を モグモグ させた後、やっと話を切り出した。

「キミは、ここの人、なのかな? 」

 質問に、ドウドウは「ううん」と元気よく首を横に振る。

「ボクは ただの乗客だよ! どうして? 」

「いや、あの……」

 ボッチャンは また目を伏せてしまった。口を閉じたり開いたり。

 「言う内容は決まっているけど、どう言えばいいのか悩んでるんだな」と、ドウドウは冷静に分析した。「このボッチャン、服装からして ずいぶんくらいが高そうだし。ちょっとした ひと言にも最大の注意を払うよう教育されてるんだろう」

 ようやく言葉が まとまったらしい。ボッチャンはドウドウへ視線を戻し、話し始めた。

「信じて貰えないだろうが、落ち着いて聞いて欲しい。君も、この蒸気機関車の乗客らしいな。大変言い辛いことなのだが、この汽車は、一度乗ったら降りられない汽車なんだ」それに「この汽車には、妙なイキモノが住み着いているんだ」

「妙なイキモノ? 」

 ドウドウは、ボッチャンの言葉を繰り返した。

 ボッチャンは深刻そうな顔でうなずく。

「英国由来の“妖精”というイキモノだ。ああ、キミがそういう反応をするのも分かる。私を可笑しな人間だと思って貰っても構わない。だが、キミに伝えておきたかったのだ──」

 この汽車は、何だか妙だ。ボッチャンは言った。

 “妖精”の話を聞いて、ドウドウが思わず笑みを こぼしたのは、ドウドウ自身が妖精だったために他ならない。でもドウドウの表情に対するボッチャンの反応に、また新たに、ボッチャンの人間性を知ることができた。

「お兄ちゃんって、すごく優しい人なんだね」

 再度言うが、ドウドウの趣味は人間界を練り歩くことにある。そこには もちろん舞踏会ロイヤルボールなども含まれるのだが、ドウドウにとっての貴族ってのは、気取り屋で、自分に都合の良いことしか言わなくて、変人扱いされるのを異常に嫌がるものだったのだ。

「自分が可笑しな奴だって思われるかもしれないのに、ボクのことを助けようとしてくれてるんだね」

 ドウドウが言うとボッチャンは、「それはキミが、私にとって特別な存在だからだ」と答えた。

「特別な存在──? 」

 心当たりがなかった。話の内容から察するに、ボッチャンはドウドウの正体を知ってるようには思えない。

「どうして? 」

 たずねる。ボッチャンは、今度はすぐに答えてくれた。

「キミの声は、重なって聞こえないからだ」


 ボッチャンは語る。

「この汽車に乗ってから、不思議なことだらけだ。空想のイキモノとばかり思っていた妖精を見たり、汽車が海の上を走っていたり」

 何よりもボッチャンを混乱させたのは。

「人の声が、幾重にも重なって聞こえてくるのだ。ひとりの声が、何重にも、違う言語で──最初は ふつうの人間だと思って話し掛けた。だが、彼らは、もしかしたら、私の知らない種類の妖精か妖怪なのかもしれない」

 見当違いな話を真面目くさって話すボッチャンに、ドウドウは吹き出してしまった。

「お兄ちゃん、本当におもしろいや! 」

 妖精であるドウドウに向かって「キミは ふつうの人間」だなんて!

 どうして目の前の少年に笑われているのか分かっていないボッチャンに、ドウドウは なんだか、親しみを覚えてしまう。

「ねえ、お兄ちゃん! ボクと遊んでよ! 」

 ドウドウはボッチャンに言った。

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