第5話『身分違いとオトモダチ』

 遊ぼうよ、と言われたボッチャンは目を パチクリ させた。

「遊ぶ……」

 はあ、と奇妙な相槌あいづちを打つボッチャンに、ドウドウは「鬼ごっこして遊ぼうよ」と付け加えた。

「鬼……ごっこ……」

 ボッチャンは また具合悪くうなずいた。

 ドウドウは首を傾げた。

「もしかして、お兄ちゃん。鬼ごっこ知らない? 」

 聞かれたボッチャンは、「いや」と頭を振った。

「知らないわけではない。見たことならある」

 あの、鬼役が こども役を追いかけて、タッチすると役が入れ替わるというものだ。

「なあんだ、知ってるじゃない! 」

 ボッチャンは「しかし」と苦い顔をした。

「私は実際に鬼ごっこをしたことがない」

「鬼ごっこしたことないの⁉ 」

 ドウドウは目を丸くする。

「メジャーな遊びなのに? 」

「鬼ごっこをしたことがない、というより、そもそも誰かと遊ぶという経験をしたことがないのだ」

「わあ」

 こりゃ、すごいや。とドウドウは ぽかん としてしまった。

「じゃあ、鬼ごっこじゃないことする? 」

 ドウドウが提案すると、ボッチャンは首を振った。

「やろうではないか、鬼ごっこ。やってみたいと思っていたんだ」

 かくして、ドウドウとボッチャン──妖精プーカと公子様の、世にも不思議な鬼ごっこがはじまった。


 約四畳の狭い空間なのに、ボッチャンは中々ドウドウを つかまえることができない。それはドウドウが ふつうの人間の こどもではないというのもあるが、ボッチャンの運動能力が低すぎるという問題のほうが おおきかった。

「す、少し休んでも いいだろうか」

 ほんのちょっとも遊んでいないのに、もう息を上げたボッチャンは、ヘナヘナ と床に腰を落とした。

「全然だね、お兄ちゃん」

 ドウドウが からかうと、ボッチャンはジャケットを脱ぎ棄てながら、「自分でも驚いているよ」と言った。

「運動といったら、狩りをするときくらいだから」

「狩り? 」

「野鳥や、野兎なんかを仕留める。猟銃をコレクションするのが趣味の伯爵様ムッシュがおられて、付き合わされる」

「お兄ちゃんも、狩るの? 」

 ドウドウの質問に、首元のリボンを解くボッチャンは首を振った。

「いや、真面目に狩っているふりをしている。私は昔から銃の才能がないため、父さまから人前で放つなと言いつけられているのだ」

 私が撃ったら、動物ではなく人間の方に当たりかねない、と。ボッチャンは言って、照れ笑いをした。

「お兄ちゃんって意外と不器用さんなんだ」

 ドウドウも笑顔になる。

伯爵様ムッシュ以外の人とは遊ぶの? 」

 また質問をする。軽い運動もして、ボッチャンは だいぶリラックスしてるように見えた。

伯爵様ムッシュと狩りをしたりパーティで語り合うのは、遊ぶ、というよりは、仕事だ。私もいずれ、父の爵位を継ぐことになる。そしてまた、私に息子ができれば息子が。家族経営ファミリービジネスなのだ。一族を継続させてゆくために、他者からの信頼を得なければならない」

「じゃあ、友達は? 」

 ドウドウは尋ねる。

 ボッチャンは首を振る。

「いない。ずっと営業ビジネスだった」

 悲しそうな笑みを浮かべて、ボッチャンは言う。

「私の人生は、生まれた時から決まっていた。先祖代々 守り抜いてきた一族を途絶えさせない。私は いろいろなものを与えられてきた。ありとあらゆる学問、最高の音楽や芸術、最新の道具でさえ。しかし いくら望もうとも、友人は与えられなかった。つくることすらできない。友人になろうと言ってくれた人間たちも幾人かいたが、付き合ってみれば、どれも私の爵位目当てだったということが分かった。最も友人に近かった人間も過去に ひとりだけいたが、もう、ずいぶん前に別れてしまった」

「悲しいね」

 ドウドウが感想を述べると、ボッチャンは「そうだな」と やさしく頷いた。

「先祖代々の血筋やら、家族経営ファミリービジネスだなど偉そうに語っていたが、私は、実は、そんなものには一切興味が無いのだ」

 ここだけの話、とボッチャンは言う。

「私が欲しいのは、私のことを全く知らない友人だけだ。みんな私に気を遣って物を言う。それが窮屈きゅうくつでたまらない。ふつうに笑い合いたい。ちょっとした認識の差異さいで くだらない言い合いをしたり、時には殴り合うのもいいだろう」

「でも お兄ちゃん、体力がないもんだから、一発で すぐノックダウンだね」

「そうだろうな」

 ボッチャンは ケラケラ と笑った。

「ねえ、お兄ちゃん」

 ベッドに座り直して、ドウドウは言う。

「ここなら、お兄ちゃんの夢、叶えられるかもしれないよ」

「え」

 ボッチャンは綺麗な瞳をドウドウに向けた。

「この汽車はね、願いが叶っちゃう汽車なんだから! 」

「“願いが、叶っちゃう、汽車”──」

「そうだよ! 」

 ドウドウは大きく首を上下に振って、立ち上がった。

「ボクも、お兄ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんだ……驚かないでねって言っても、たぶん お兄ちゃんには無理だけど」

 と、ドウドウは人間の変装を解いて見せた。

「あ、あ……」

 豚の耳、ウサギの目、犬の鼻。全身がクリーム色の毛で覆われた、《変身妖精プーカ》の真の姿だ。

 本当のドウドウを見て、ボッチャンは声も出ないといった様子だ。

 《変身妖精プーカ》は それでも、精一杯やわらかな笑みを作ってみせた。

「お兄ちゃん、ボクを たくさん心配してくれて、たくさん信用してくれた。ボク、とっても嬉しかった」

 ドウドウは ゆっくり話し出す。

「お兄ちゃんは とってもいい人だよ。ちょっと変だけど、心の底から あたたかい人。ここの人は きっと、誰も お兄ちゃんのこと知らない。偉くなりたいって人もいない。人間も、お兄ちゃんは嫌かも知れないけど妖精だって、きっと お兄ちゃんと友達になりたいって、思ってくれるよ」

 だって、とドウドウは言う。

「ボク、お兄ちゃんと友達になりたいって思ったもん」

「友達……」

 ボッチャンは、やっと口を開いた。

 絞り出すように吐かれた言葉には、いままで過ごしてきた、孤独な人生が凝縮されたようだった。

「うん、友達だよ」

 言うと、ボッチャンの表情が、かすかに ほころんだ。

「友達、か」

「うん」

 ドウドウは笑顔で答えた。

「そう言えば、お兄ちゃんの名前、まだ聞いてなかったや」

「ああ、そうだった」

 そう言えば、と ふたりで笑い合う。

「お兄ちゃんの名前、なんていうの? 」

「ああ、私の名は──」

「ダメダメ! 」

 と、ドウドウ。

「凄く気取ってるみたい! ここでは爵位を捨てるんでしょ? 」

「それもそうだが、慣れなくて──」

 言い訳するボッチャンに、ドウドウは腕組みをする。

「第一歩を踏み出すのが大事だよ! ほら、お兄ちゃんが憧れた街の いたずらっ子たちは どう話してたっけ? 」

 わざとらしい喋り方を披露すると、ボッチャンは ドッ と噴き出した。

 それから、「うん、うん」と何度も、自分に言い聞かせるように頷くと、ドウドウに向き直って、言った。

「俺……俺の名前はアダム。アダム・ジェンスキー」


【完】

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【世界異次元旅行記】ミスターロコモーティヴと不死の棺 サトウ サコ @SAKO_SATO

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