第2話『妖精客車と5つのピクシー』

 汽車に乗り込んだドウドウは客室に向かった。

「やあ、ドウドウ、ひさしぶり! 」

「キミが来るって聞いて興奮が止まらなかったよ! 握手してくれないか? 」

「ドウドウ! 調子はどう? 」

 貫通扉かんつうとびらを あけると、親し気な挨拶が つぎつぎ聞こえてきた。しかし、にぎわう廊下の どこを見ても、人間の姿はない。哺乳類と爬虫類が混ざったような見た目をしていたり、宙に浮いていたり、口から火を噴いていたり。

「やあスパーク久し振りだね! 」

「ボクもキミと会えて嬉しいよ! 」

「バッチリって感じだ! 」

 ドウドウが挨拶を返す相手、草原に突如として現れた謎の蒸気機関車の主な客は、妖精たち なのだ。

 廊下に集う顔馴染みの妖精たちと ひと通り言葉を交わしたドウドウは、近くの空き部屋でバックパックをおろした。

 妖精たちで ごった返す客車の廊下だが、ほとんどが宿泊せず帰る。汽車に集まる理由は、ナカマたちとの交流もあるが、用意される昼食を取りたいからというのが おおきい。

 ここでは無償で まいにち おいしい ご飯が提供される。ドウドウも今回、その味が恋しくなって乗車した。

「昼まで すこし休むかな」

 ジャケットを脱ごうとした、その時。壁に掛けてある円形の鏡が ピカッ と光った。

「やっと来たのね! ずっと待ってたのよ! 」

 甲高い声が部屋中に響き渡り、鏡の中からちいさな影が5つ、現れた。

 透き通った おおきなはねを持つカレらの名は、リーレル、オオッコー、パヨーニル、チェーリターそしてトッテンビッター。汽車に住み着くピクシーのキョウダイだ。

 ピクシーに限らず、妖精には“円と円の間を自由に行き来できる”という能力があり、リーレルたちは それを使って、部屋にいるドウドウを見つけ出したのだ。

「やあ! 久しいじゃないか! 」

 ドウドウが挨拶をすると、リーレルたちは一斉にくちびるを ぶるぶる 言わせた。ピクシーたちが不満を抱いている合図だ。

暢気のんきに挨拶されている場合じゃなくてよ、アンタ」

 気取り屋のチェーリター言った。

「汽車に新入りが入ったのに、その新入りったら、部屋から出てこようとしないんだ」

 トッテンビッターが ソワソワ しながら言った。

「最初は《ものづくりの精レプラホーン》のじいさん、その つぎにはオイラたち見て ひっくり返っちゃってさ! へへへ、妖精なんて信じられねえってかあ! 」

 ケラケラ 笑いのパヨーニルが言った。

「け、まったく臆病おくびょうやからだぜ、こんかいの新入りはよ。トッテンビッターより臆病なやちゃあ、はじめて見たよ」

 空中でも貧乏ゆすりが止まらないオオッコーが言った。

「と、に、か、く! 」

 まとめ役のリーレルが声を張り上げる。

「新入りったら、アタシたちに驚いちゃってから全っ然 部屋から出てこなくなっちゃってね、困ってるのよ! 」

「その新入りってのは、人間かい? 」

 ドウドウが聞くと、リーレルたちは一斉に首を上下させた。

「なるほど、だからボクに相談を持ち掛けたって訳か」

 にしても、とドウドウは口角を上げる。

「めずらしいじゃないか、キミらが人間の心配をするだなんて! 」

 しかし当のピクシーたちは、ドウドウの言葉に、今度は首を傾げてしまった。

「べつに心配なんかしてないわ! 」

 とリーレル。

「さっきも言った通りに、困ってるのよ」

「困ってる? 」

 リーレルの返答に、ドウドウが首を傾げる番だった。

「ピアノを弾いて貰えないのですもの」

 ドウドウに答えたのは、チェーリターだ。

「この間、アタクシたち大変 ひまでしたものですから、気分転換に いろいろと飛び回っておりましたの。で、彼を見つけましたのよ」

「彼? 」

「でっかいでっかいお屋敷に住んでる“ボッチャン”だよ! 」

 パヨーニルは言いながら、腕を いっぱいに のばしてみせた。

「劇場を運営してたよ! 」

 トッテンビッターも つづく。

「ボッチャン、ボクたちが お屋敷に行く度にピアノを弾いててくれてるんだ。大きなお部屋の隅っこでね、弾いてるの。とっても素敵な演奏なのに、人間の お客さんは ひとりもいない」

「その代わり、窓はアタクシ妖精の観客で埋め尽くされておりましてよ」

 チェーリターが うっとりと言う。

「でもさあ、でもさあ、肝心なボッチャンには、オイラたちの拍手も歓声も聞こえてないってわけだろう? 」

「うーん、たしかに」

 パヨーニルの言葉に、ドウドウはうなずく。妖精には、ふつうの人間が見ることができるモノとできないモノがいるのだ。特にピクシーたち小妖精は人間が目視できない妖精の代表格に入り、そういう妖精たちを見るためには、妖精の持ち物に触れるか、《妖精の輪フェアリーリング》という特別な石でできた輪っかで のぞきこむしかないのだ。

「誰にも演奏聴いて貰えないと、きっと さびしいだろうね。ボッチャン、すぐに演奏会をやめちゃうんだ」

「オレ様たちは もっと聴いていたいってのに! 」

 オオッコーが空中で地団駄を踏んだ。

「だ、か、ら! 」

 リーレルが いつものごとく声を張り上げる。

「連れて来てもらっちゃったの」

「連れて来てもらったあ⁉ 」

 リーレルの言葉に、ドウドウは思わず飛び上がった。

「連れて来てもらったって、まさか、まさか、“砂の精”に、とかじゃないよね⁉ 」

「もちろん、“砂の精カレ”によ! 」

 ドウドウの恐る恐るの質問に、リーレルは簡単に返事をした。

「キ、キミらってば──」

 そこまでいって、ドウドウは おおきく溜め息をついた。

 “砂の精”というのは、この汽車を切り盛りしているアントワーヌという人間の男にりついた大妖精の名前だ。“カレ”は人間の こどもと遊ぶのが大好きで、夜な夜な こどもたちの夢の中へ足を運んではたわれているという。が、前に聞いた話だと、しばしば事故で近くの人間を《円と円の間ワームホール》に引きずり込んでしまうのだそうだ。事故であれば仕方がないで済むが──ピクシーたちの わがままのために故意に連れてこられたのだとするなら。

「なんというか、その、ボッチャン、同情しちゃうよ。突然 知らないところに連れてこられたうえに、信じてなかったであろうボクたち妖精に出会っちゃうんだもん。驚かないはずがないよ」

 ドウドウは見たこともないボッチャンの境遇を想った。

「で、カレを部屋から出して欲しいって? 」

「そうよ! 」

 リーレルが元気よく返事した。

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