第5話『石の棺と不死のオトコ』

 石のまな板の下には、石が積み上げられて作られた、狭い通路があった。

「ミャオンっ! 」

 暗闇の中から、ミイラ猫の鳴き声が響いた。ソジュンが懐中電灯の光を当てると、包帯の隙間から見える瞳が、ギラリ と点滅した。

「そっちだね? 」

「ミャオンっ! 」

 天井が低い通路を、ソジュンは屈んだ体制のまま進んだ。運動に慣れていない体は、ほんの5メートル歩いただけで、ひざを ガクガク 震わせた。

 情けない彼をミイラ猫は急かす。

「ミャオンっ! 」

「キミはいいね、体が小さくて。ちっとも窮屈きゅうくつじゃないんだろうなあ。おや、その角を曲がるのかい? 」

 ミイラ猫が曲がった角を、ソジュンも、ようやく曲がった。

 天井が高い空間があった。それに、幅も広く、奥行きもしっかりある。

「ここは、どうやら、部屋、のようだね」

 “部屋” は、泥でできたつぼや箱で満たされていた。しかし どれも ボロボロ で、ほとんどが壊れてしまっている。長期間、放置されていた為だろう。

 ソジュンは恐る恐る、部屋の中へ進んだ。

「猫さん、猫さん。どこにいるの。ん? これは、なんだ? 」

 慎重に壺を避け、部屋の中央まで来ると、ソジュンは ある物を発見した。

 それは、人の形を模った、巨大な石の箱だった。

「これって、まさか──」

 ソジュンは自らの知識に、鳥肌を立てた。

「これって、まさか。ひつぎじゃないか? ミイラが保管してあるっていう、あの──」

「ミャオンっ! 」

 ミイラ猫が、棺の上に現れた。

「僕を、どうしてここに──? 」

 ソジュンが尋ねると、ミイラ猫は、棺を爪で カリカリ と引っき始めた。

「“箱を開けろ” と、言っているの? 」

「ミャオンっ! 」

 ミイラ猫は、頷く様に鳴いた。それから、また カリカリ と引っ掻いた。

 ソジュンは、「そんなこと、できないよ! 」と一度は躊躇ちゅうちょしたものの、ここまで導かれてしまった以上、他に成すすべも無く、「分かったよ」と言うしかなかった。

 分厚いふたを掴み、ひっくり返す様に開ける。また、同じ様な形をした、今度は木箱が現れた。

「まるでマトリョシカだ」

 ソジュンが戸惑っていると、ミイラ猫が ヒョイ と飛び乗ってきて、その蓋も開ける様にと催促した。

「あ、開けるよ。開けるってば! 」

 恐る恐る、蓋を開く。

 独特な臭いが、部屋に充満した。ソジュンは意を決し、木でできた棺の中を覗き込んだ──……が、「おや? 」何も無い。あるのはミイラを保管するのに使ったのであろう、茶色く汚れた包帯のみだった。

「おかしいな。僕の知識によると、この中には誰かしらのミイラがあるはずなんだけど」

「その通り。元々は、ワタシのミイラが入っていたのだが、ほら、この通り。ワタシがここにいてしまっているからなあ」

「ひええええっ! 」

 知らない声に、視線を上げたソジュンは悲鳴を上げた。

 突如、目の前に見慣れないオトコが立っていたのだ!

「いつの間に! だ、誰ですか⁉ 痛っ! 」

 腰を抜かしたソジュンの尻に押しつぶされた壺が、ガッシャーン と粉々に割れた。

「おお! 酷いじゃないか! 」

 ソジュンの目の前に、突然、現れたオトコは、オドオド とソジュンに注意をした。

「誰、誰ですか、アナタ! 」

 しかし、ソジュンはそれどころではない。叫ぶ様に尋ねると、必死に後ずさりを試みた。

 すっかり混乱した様子のソジュンを見て、何故かオトコも一緒に慌てだした。

「少年! 怖がることは無いんだ、少年! 」と繰り返し、「冷静に、話をしようじゃないか! 」と、ソジュンに負けない大声で言った。

「冷静に話せますか! 先ず、身分を明かし合うのが先です! ひいっ! それまで、僕に近寄らないでください! 」

「わ、分かった、分かった! 」

 とことん臆病なソジュンに、オトコは気の毒そうな視線を向けた。深呼吸をすると、「名乗ったら、冷静に話してくれると誓ってくれ。ワタシは、この通り、悪いヤツではないし、ただ君の助けを必要としているだけなのだ」と冷静になって言った。

「ワタシは名を、“ヘテ” と言う。この素晴らしき土地、テーベで生まれ、テーベで “死んだ”──驚くかも知れないが、ワタシは、確かに1度、死んだんだ。内臓を取り出され、ミイラにされ、棺に入れられた。次の世界で目覚める為にだ。しかし、ワタシときたら、また “この世界” で生き返ってしまった! おまけに、包帯を取って見れば、ワタシの体は、生前よりも軽いのだ。それは何故か。すぐに分かった! “そこの壺” を見てくれれば分かるのだが、ワタシの内臓は まだ その中に取り出されたままなのだよ! 」

「“そこの壺” ? 」

「ほら、君が今、踏みつぶした、“そこの壺” だよ」

「えっ⁉ うわっ! 」

 ソジュンは、今度は右に倒れ込んだ。また、別の壺が割れる。

「こらこら、それ以上ワタシの大切な体の一部 “だった” 物を傷つけるのは止してくれ! 」

 オトコはソジュンに、出会って2度目となる注意をすると、「それで、今度は、君の番だ」と言った。「君は、誰だ? 君は きっと、ワタシを救いにやってきた人物に違いない。君は、どこから来て、名は何と言うのだ? 」

「僕は、ソジュンと言います。生まれは、韓国のソウルというところです。が、アナタの お話を聞く限り、求めている答えは、こうではないでしょう。なので、僕は、答えに以降の言葉も付け加えます。僕は、汽車に乗り、ここまで来ました。アナタが既に亡くなられている、ということに、驚きはしません。僕の乗る汽車には、そういうカタも少なからずいらっしゃいますからね」

 散々 驚いたお陰で、ようやく冷静さを取り戻したソジュンは、“ヘテ” と名乗った人物の問いに答えた。そして、「ところでアナタは、僕が、アナタにとっての “救世主” であるとお考えの様ですが、それは、どういう意味ですか? 」と質問を付け加えた。

「おお、聞いてくれるのか? 聞いてくれるんだな! 話そうじゃないか。どうか、こちらへ来てくれ。話は長くなるんだ。ここに座ってくれ」

 ヘテはそういうと、平らなふたが被さった壺を、ソジュンへ寄越した。

 ソジュンは促されるまま、壺の上に腰掛けた。


 懐中電灯に映し出された ヘテの姿は、お世辞にも、いい恰好をしているとは言えなかった。

 「生前は、それなりに裕福な暮らしをして来たのだ」と言っていたが、よほど美味しい物を胃に収めてきたのだろう。お腹は でっぷりと膨れ上がっており、肌も、ミイラにされたとは思えない程、弾力を持ち、それに健康的な色をしていた。

 だが、その割には、腰に巻かれた布は黄色く変色しており、所々を虫に食われて失っている。これは、カレが長い時間、この場所で “生きてきた” 証拠とも取れた。

「死んでからというもの、悲しいことばかりだった反面、実に嬉しいこともあった。それは、全く年を重ねていないということだ! ワタシの今の見た目は、ワタシが死んだときのままなのだよ」

「生前は、随分、長生きされたようですね」

 顔や、その他 特徴については、ソジュンの感想通りだ。が、なんと、ヘテの生涯は、たった30年間だったのだと知り、流石の彼も驚いた。

「大変、失礼を致しました」

「何を失礼しているのだろうか。ワタシは長生きだと言われていたのだぞ」

「そうなんですか、僕は、てっきり──」

 60歳前後の方なのだと思いましたよ、という言葉を飲み込んだソジュンを気にせず、ヘテは、誇り切った表情を浮かべていた。

「さて、そろそろ本題に入ろうか」石の棺に手を置いて、ヘテは言った。「何故、ワタシが、助けを求めていたのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る