第29話『規律の町と年老いた長ウルへ』

 開かれた門の向こう側に、ひとりの老人が立っていた。白い髪の毛を豊かに生やしているが、身体は骨の様に細い男だ。

「“町長ウルへ”」

「“町長ウルへ“」

 門番は繰り返し、ソジュンたちが入ったのを確認して、門を閉じた。

「“町長ウルへ” ? 」

 リクが首を傾げると、老人が口を開いた。歯は無かった。

「“わしが、この町のおさ、ウルへじゃ”」

 “ウルへ” と名乗った老人は そう言うと、門の横に視線を移した。

「“馬は そこに止めなさい”」

 彼が示す方を見ると、そこには馬留うまどめがあった。レンガで組まれた水飲み場と、その隣には干し草が たんまり積まれていて、しっかりとしたものだ。

 ソジュンたちは、ウルへの言うことに従った。

 馬を留めると、ソジュンは こっそり町の様子を見渡した。

 要塞で囲われた この町は、テーベの街とも、“川の民” の村とも、“砂漠の民” の町とも、“言葉を持たぬ民” の住処すみかとも違っていた。まるで、中世ヨーロッパの様な町並みだ。

 門のすぐ内側には円形の広場があって、その中央に立つ1本の木が、天に向かって気持ち良さそうに枝を広げていた。

 円形の広場の奥には、両側に日乾しレンガの建物を連ねた細長い道が、遥か向こうまで延びている。テーベの街とは違い、この町の建物は どれも同じ大きさで、家と家の間隔も均等だった。厳格な町だということが伺える。

 しかし不思議なのは、建物の数からして、住人も多く、賑わっていても可笑しくは無いのに、この場所にいるのが、門番と目の前のウルへだけだという点だ。

 ソジュンが首を傾げたのを、ウルへは見逃さなかった。柔らかい笑みで、「“坊や、何か困りごとかの? ”」とたずねてきた。

「ええ、ちょっと、お尋ねしたいことが。住民が見当たらないのですが。皆さん、何処かへお出掛けなのでしょうか? 」

 ソジュンが尋ね返すと、ウルへは肩を揺らして笑った。

「“いいや、ここにおるさ。ただ、頑丈な家の中に、じゃがな”」

「どうして皆 閉じこもっちゃってるの? 」

 今度はリクが尋ねた。

 少女の素朴な問いに、ウルへは答えた。

「“閉じ籠っちゃってる、ではないんじゃ。閉じ籠ってもって貰っている、のじゃ。何せ、新しい客人じゃからな。わしが直接会って、こうして話をし、この大切な町に危険を及ぼす者共で無いかを判断しなければならない。そして もしそうなら、とっとと追い出すのが、わしの役目じゃ”」

「貴方ひとりで? 」と、ソジュン。「あの、僕たちは勿論、見ての通り、危険なやからではありません。ひ弱な男と、か弱い少女です。ですが、僕が見るに、失礼ですが、貴方も相当お年を召している様に見えます。もし本当に、そういう危険な人物が来た時、本当に おひとりで対処されるつもりなのですか? 」

 ソジュンがヘテに手伝って貰いながら発言すると、ウルへは愉快そうに笑った。

「“貴方は本当に、優しい お方じゃ。初対面の わしのことを、そこまで心配してくれる人間は、今まで ひとりも おらんかった。貴方たちに害は無さそうじゃ。すぐに、町の者たちに伝えよう”」

 ウルへはそう言うと、腰に掛けてあった木製の笛を、ピー と鳴らした。すると、手前の家から奥に向かって、順々に ピー という音が、木魂こだましていった。

「凄いですね」

 ソジュンが驚いていると、ウルへは、「“いつも危機に備え、訓練しているのじゃよ”」と言った。

「“それで、君の問いに答えよう。わし ひとりで対処できるのか”」

 ウルへは、賑わい始める町の音を聞くと、大きな笑顔を見せて言った。

「“わしが、この町で いちばん勇気がある人間だからじゃよ”」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る