第3話『思惑と不安』

 「何とも無かった? そうか」

 食器の片づけを終えたリクは、指揮官アントワーヌの部屋にいた。少し前までは、訳あって円形の物で埋め尽くされ、散らかり放題だったこの部屋も、今では スッキリ と片付いている。

「“そうか” って。相変わらず サッパリ してるね」

「言及して欲しいかったのか? 」

 アントワーヌからの言葉に、リクは、「そういう訳じゃないけど」とくちびるとがらせた。

 冷静な指揮官は小さく息を吐くと、優雅ゆうがに足を組み、リクから視線を外した。

「本人が、何でも無いと言っているんだ。外から俺が何を言ったって無駄だろう」まあ、と、アントワーヌは言葉を続ける。「無神経なお前なら別だろうが。やはり こういう問題は、お前に任せておくのが最適なようだ。よく注意して見ておいてくれ」

 「無神経って、失礼! 」と思ったリクだったが、アントワーヌなりの誉め言葉なのだと自分に言い聞かせ、代わりに、「分かった」とうなずいた。

「何かあったら言うよ」

「ああ、頼む」

 アントワーヌが言った直後だった。ザザッ という大きな音が、廊下から響いてきた。

 車内全体へ放送できるマイクのスイッチが入ったみたいだ。この音は、汽車が何処かに停車した合図だ。

 分厚いノイズをまとったアダムの声が、次の内容を伝えた。

「えー、えー、時刻、午後1時3分。汽車停車、汽車停車。エジプト、ルクソル付近。エジプト、ルクソル付近。停車時間は146時間50分、146時間50分。じゃあ、皆、楽しんで! 」

 最後に プツン という音がして、放送が終わったことを告げた。

 リクとアントワーヌは、しばらく廊下に続く扉を見つめていた。

「今回は、長いな」

 はじめに口を開いたのは、アントワーヌだった。

「“ルクソル付近” ? 変な言い方だね。どの辺りだろう? 」

 リクは ほとんど誰にでも無く、そう言った。が、その疑問はアントワーヌも持っていた様だ。彼は わざわざ立ち上がって、窓の外を見に行った。リクも、後に続いた。

「砂漠だな」

 アントワーヌが言った。

「砂漠だね」

 リクも言った。

 それから、ふと気になって、アントワーヌに向いた。

「周りに何にもないけど、汽車は平気? 誰かに見られたりしない? 」

「それに関しては問題ない」アントワーヌは言い切った。「普通の奴には見えないはずだからな。そういう作りになっているんだ」

「それって、前にも言ってた、次元がどうたら……ってこと? 」

 リクが聞くと、アントワーヌは、首を大きく上下させた。

「そうだ」

 リクが、この汽車に乗車した際、アントワーヌから説明をされたのだ。いわく、「どうやら この汽車は、普段 俺らが生活している、次元というものとは、違うところに存在している。例えば、幽霊だとか、妖精だとか、そんな様なところだ」、らしい。

 しかし、彼自身も、そういうものに詳しい訳では無いらしく、結局、あやふやなままだ。

 でも、「それなら、よかった。少し安心した」と、リクは胸をでおろした。

「ああ。しかし、この辺りに街があるかどうかを確認しないといけないな。それに、どの時代に停車をしたのかも」

「なら、確かめて来ようか? 」

 リクが提案すると、アントワーヌは「いや──」と首を横に振った。

「陽が落ちてからの方がいいだろう。この汽車自体は隠れてくれても、俺らはそうはいかない。ここが どういう所なのかを判断しないまま、派手に動かないのが得策だ。他の奴らにも、そう伝えておいてくれ。俺は他に仕事がある」

「分かった」

 リクは頷き、部屋を後にした。


 探索には誰が行くか?

 その会議は、夕方、サロン室にて行われた。

 安楽椅子あんらくいすにアウトドアチェア、社長椅子にダイニングチェア、ラウンジチェア、そして なんと、ビールだるまでが椅子として置かれている部屋。そこに従業員たちは集まった。

 会議の主導権を握るのは、指揮官であるアントワーヌだ。

「分かっているとは思うが、俺らが停車した この場所は、さえぎる物が ほとんどない砂漠だ。探索に行く者は、細心の注意を払うということを誓える奴がいい。外の人間に姿を見られず、そして何より、決して この汽車の存在を知られてはいけないからな。俺としては、ニックが適任だと思うが、他に立候補者はいるか? 他にいるのなら、そいつを優先するが」

 アントワーヌは、そう言いながら、視線を ひとりひとりに投げかけた。

「俺は、それで問題ない」

 指名を受けたニックは、ゆっくりと頷いた。

「俺も それでいいと思うぜ」

 アダムが賛成した。

「私も」

 レアも頷いた。

「適任だと思う」

 ゾーイも賛同だ。

 コリンとミハイルも、お互いに顔を見合わせて頷き合っている。

「私は一緒に行きたい! 」

 リクは、元気いっぱい、手を上げた。

「却下だ。どうせ、好奇心に負けて、面倒なことを やらかすに決まっている」

「ちょっと、どういう意味よ! 」

 アントワーヌの言葉にみついたのは、リクのことが大好きなレアだ。当のリクも唇を尖らせている。

「立候補者は優先じゃなかったの? 」

 そう訴えられた指揮官は、呆れ顔で、スーツの胸元を払った。

「そうは言ったが、危険だ。変なやからに見つかったら どうする? ニックひとりなら何とかできるかも知れないが、お前のことも気に掛けなければならないとなったら、ふたりに危険が及ぶだろう」

 そう説得され、リクも、そしてレアも、「それも そうね」と引き下がるしかなかった。

 「本題に戻ろう」アントワーヌはそう言って、最後、ソジュンに視線を向けた。

「お前は? どうする」

 その様子に、リクは違和感を覚えた。「まるで、ジェイに行けって言ってるみたい」そう思った。しかし、リクの知る限りでは、ソジュンもリクと同じくらい、貧弱ひんじゃくな体格をしている。先程、アントワーヌ自身が懸念していた、“変な輩”に勝てるとは思えない。

「行くか? 」

 そう問うアントワーヌの言葉は、ほとんど、「お前が行け」と命令している様だった。

 異様な口調に、他の従業員たちも気がついているみたいだ。それぞれが息を潜めて、ふたりを見つめている。

「え、えっと、僕は──」

 濃く、海の様に深いアントワーヌの青色の瞳から視線を逃したソジュンは、オドオド と言葉を彷徨さまよわせた。が、やっと、ひと呼吸おいて、意を決して、こう答えた。

「僕が、行きたいです。立候補します! 」

 一瞬、アントワーヌの口角が不気味に上がった様に見えた。だが、彼はすぐに いつもの静かな表情を取り戻して言った。

「なら、お前ひとりで行け」

「へ⁉ あの、ニックさんは──」

 ソジュンは指揮官からの命令に、目を パチクリ させた。

「ニックには、やって貰わなければならない仕事を、たんまり用意しているんだ。何、難しい任務ではない。周囲を グルリ と見て回るだけでいい。何かあったら……そうだな──」アントワーヌは、派手なスーツの内ポケットから何かを摘まみ出し、ソジュンに握らせた。「これを頼るといい」

 それは、エメラルドグリーンに輝く宝石を、輪っかに切り抜いた物だった。

「これは? 」

 好奇心旺盛なリクは、身を乗り出して、アントワーヌに尋ねた。

「“連絡石れんらくせき” だよ」

 しかし、問いに答えたのは、石を受け取ったソジュンだった。

「“連絡石” ? 」

 今度はレアが尋ねた。

 他の従業員たちも、説明を聞きたがっているらしい。ソジュンは、彼らに頷くと、宝石を顔の前に持ち上げた。

「僕も実際に見たのは初めてです。滅多に手に入らない代物だと言われていますから。別名 《人魚のたからものマーメイドズ・ジュエリー》と呼ばれていて、妖精界一 縄張り意識の強い、人魚マーメイドたちの連絡媒体れんらくばいたいなんです」

「例えば、携帯電話、みたいなもの? 」

 リクが聞いた。

「そうだね」

 ソジュンが頷いた。

 一方、「携帯……電話? 」と首を傾げたのはアダムやコリンで、レアから、「分からないのなら黙ってなさいよ」と言われてしまった。

 その様子を、「まあ、まあ」と、ソジュンがなだめ、改めて、アントワーヌに向いた。

「こんな貴重な物、僕がお借りしていいんですか? 」

 一方でアントワーヌも こっそり、「ケータイデンワとは何だ? 」と首を左右にひねっていたのだが、自らの従業員からの視線に、咄嗟とっさに澄ました顔を作った。そして、「ああ、失くすなよ」と答えた。

「ありがとうございます。僕、頑張ります! 今度こそ、皆さんの お役に立ちます! 」

 ソジュンが感謝の言葉を述べると、アントワーヌは深く頷いた。窓から差し込む夕日を確認し、「もうすぐ日の入りか──ソジュン。出発時間は午後8時だ。それまでに支度をしておけ。それでは、解散」と締めくくった。


 意気揚々と会議室を出て行くソジュンの背中を見て、リクは、「本当に大丈夫かなあ? 」とつぶやいた。

「心配いらない」

 隣から返事が聞こえた。

「ニック、アダム! 」

 先輩炭鉱夫の ふたりだ。彼らはリクに微笑むと、リクの視線まで身をかがめ、ヒソヒソ と次のことを打ち明けた。

「つい先程、トニから直々に命令が出た」

「どんな? 」

 声を潜めて話すニックに、リクも真似て尋ねる。

「ジェイに気づかれねえ様に後を追えってさ」

 質問に答えたのは、アダムだ。

「くれぐれも内密に、とのことだ」と今度はニック。

「ジェイの奴、今朝から様子が変だったからな。トニも心配なんだろうよ」

 アダムは そう言って、首をいた。そして、「にしてもよお、結局、俺らに頼る羽目になんだったら、最初から俺らに任せておきゃあいいのにな」と続けた。

「たぶんトニは、ジェイのことが心配だからこそ、この大役を任せたんだと思う」

「心配だから? 矛盾してんな」

 リクの言葉に、アダムは片方の眉を上げたが、「まあ、良く分かんねえけど、俺らがついてる。それに、さっきジェイが言ってた、“連絡石” がありゃあ、心配いらねえよ」と欠伸をした。

「じゃ、俺は出発まで寝てっから。何かあったら呼んでくれ」

 アダムはそう言うと、他の従業員たちに混ざって、部屋から出て行った。

「ニックは? 行かなくていいの? 」

 いつもなら、アダムと行動を共にするニックに、リクが聞いた。

 ニックは、サロン室にリク以外、誰もいないことを確認すると、表情を暗くして答えた。

「ああ。ひとつ、理解できないことがあってな」

「理解できないこと? 」

「そうだ」

 頷いたニックは、「リクになら、理解できるだろうかと思ってな」と続けた。

「その、トニから命令をされたのは、ジェイの後を追う、という件だけではないんだ」

「と、言うと? 」

 首を傾げるリクに、ニックは ゴツゴツ と角の立った人差し指を見せた。

「あとひとつ、命令されたことがある」それは、「“例え何か事件があったとしても、決して手出しせず、真っ先に汽車こちらに知らせること”──というものだ」

 アダムからは、これを聞いたらリクが心配しかねないから絶対に言うな、と口止めされていたんだが、俺の意見としては、知っておいた方がいいと判断した為、伝えた、と、ニックは付け足した。

「何があっても、手出ししない──って、つまり、助けないってこと? 」

「そうだ」

 目を見開いて聞くリクに、ニックは静かに答えた。

「どうして」

「トニの考えを聞くに、被害をなるべく少なくする為。とのことだったが、俺には、どうにも、裏がある様に思える。あいつは、態度こそ誤解を招くが、そこまで薄情な奴ではないと思っている」

「私も同じ意見だよ」

 リクも賛成した。

 しかし、「なら、どうして──」という疑問にぶつかる。「本当に、本心から、万が一のことがあれば、ジェイを犠牲にしようなんて考えているのだろうか? 」

「いや、違う」リクは首を横に振った。「何か別の理由があるに決まってるよ。今はトニと、それに、何よりジェイを信じようよ! きっと、トニはジェイのことを信じてるからこそ、手出ししないようにって、言ったんだと思う」

「そう、だといいんだが」

 リクの言葉を聞いても、ニックは不安な顔を崩さないままだった。が、暗くなってゆく外の景色に目をやると、「ここで不安を述べていても変わらないな」と、やっと笑顔を見せた。

「リクの言う通りに考えるしかない。俺も、ふたりのことを信じよう」

 じゃあ、また8時に、と、ニックも、部屋から出て行った。

 サロンに ひとり残ったリクは、胸の中に、ざわつくものを感じていた。

「本当に、大丈夫なのかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る