第1話『さわがしい仲間といつもの仕事』

 海の上を走る、黒い蒸気機関車。通称 “無番汽車むばんきしゃ” は、世界中、あらゆる時代を巡る。ひょんなことから、この汽車で、炭鉱婦たんこうふとして働くことになった中学2年生の “リク” は、きょうも湧き出る雑用に追われていた。


 肩に大きなほうきを担ぎ、仕事着であるオーバーオールのポケットからは、はたき が顔をのぞかせている。一見、炭鉱婦と言うよりも、掃除婦の様な格好で廊下を歩くリクは、丸眼鏡を掛け直すと、前を歩く人物に声を掛けた。

「ねえ、もうすぐ汽車が止まるって、今度は どのあたりに止まりそうなの? 」

 話し掛けられたのは、伸び切った白っぽい金髪を、頭の後ろに束ねた、リクと同じ様な格好をした男だ。名前は “アダム”。先輩炭鉱夫の ひとりだ。

 歩みを止め、振り返ったアダムは、緑色の瞳をリクに向けると、呆れた様子で溜息ためいきいた。

「あのなあ、何度も言ってんだろ。分かんねえんだよ。幸運にも、どっかの国に停車するかも知れねえし、不幸にも海の上で止まっちまうかも知れねえ。もしかしたらジャングルかも。はたまた氷山の上かも知れねえ。ただ、きのう走ってたのが、サウジアラビア王国っつーとこの、ネフド砂漠ってとこで、今、外に見えてんのがエジプトに続く紅海だ」

 そこまでを説明して、アダムは窓へ視線をやった。リクも、同じ様に外を見る。

 エメラルドグリーンに透き通った その海面は、ギラギラ と照らす太陽の光を反射して、キラキラ と美しくまたたいていた。

「外は暑そうだ」

 リクの背後から、ぽつりと、太く低い声が響いた。恵まれた体に、雀卵斑じゃくらんはんが目立つ優しい顔を持った、もうひとりの先輩炭鉱夫、“ニック” だ。

「陸に止まんのは結構だけどよ、きのうみてえな砂漠ん中だけは勘弁だぜ」

 アダムは吐き出す様に言葉を吐くと、また早足で歩き出した。

「待ってよ! 」

 リクとニックも後に続く。


 この不思議な汽車の、不思議な乗客といえば、妖精たちだ。

 カレらが寝泊まりする、8号車に続く貫通扉かんつうとびらを開くと、廊下の向こうに、上品なスーツを着た、青年の姿が見えた。

 リクは青年に声を掛ける。

「“ミカ”、おはよう! 」

 “ミカ” と呼ばれた、青年は、3人に向いた。

 黄土色の髪の毛、左右で違う色をした目、不気味なほど整った顔。

 カレの本当の名前は “ミハイル” と言う。正体は、《入れ替わりの精チェンジリング》と呼ばれる妖精だ。この汽車では、スチュワートとして働いている。

 ミハイルは、リクたちに右手を上げると、何の感情も映し出さない表情のままで、「ミカ、おはよう」と言った。

「もう、ミカ、はそっちでしょ? 」

 ミハイルの変わった返答にも、リクは動じず笑って、カレの周囲を キョロキョロ と見回した。

「あれ、“コリン” は? 」

「ここだよ! 」

 リクの問いに答えたのは、目の前に立つミハイルではなく、カレの左横にある扉だった。ピシャリ という音を立てて、開かれた。

 中から出てきたのは、リクより頭ひとつ分くらい小さな背丈の男の子だった。彼は “コリン” 。ミハイルと同じく、汽車のスチュワートだ。

「ああ、アダムたち! やっと来てくれたね。きょうも、大変なんだよ! それなのにミカったら、案の定 全然 手伝ってくれなくってさ! さっきも、僕がほうきを取って来てって言ったのに、小帚こぼうきを取って来ちゃうし、僕は もう、すっかり大きいんだよ! 」

 コリンは早口に訴えたが、当のミハイルはと言えば、相変わらず ぼんやりした顔のまま、「コリン、まだ小さい」と返事をした。

 その言葉に カンカン になったコリンは、「キミにとってはね! でも、僕にとっちゃ、この身長が、“ここ最近” で一番大きな身長なんだ! 」と小さな体をもだえさせた。

 そんな ふたりのやり取りを見かねたのは、お人好しのニックだ。

「まあ、いいじゃないか。それよりも、何が大変なんだ? 」と何とかなだめた。


「ただほこりが溜まってるってだけだったじゃねえかよ」

 コリンの言う、“大変” な部屋から出ようと扉を開いたアダムは、ムッツリ と言った。

「コリンは何でも大袈裟おおげさに捉えすぎだよ。また《泣き女バンシー》が来ちゃったのかと思った! 」

 リクも後に続いてコリンに文句を言っていたが、開かれた扉の向こうを見て、「あれ? 」と目を見開いた。

「“トニ” ! どうして こんな所に? 」

「俺を “トニ“ と呼ぶな」

 扉を開けた先に立っていた男は ギリギリ とそう返した。

 “トニ” というのは、ミハイル同様、この男の愛称だ。本名は “アントワーヌ”。この汽車の指揮官という立場にいる。派手な色のスーツで着飾った男だ。

「しかし、リク。“こんな所” とは。一応だが、お客人が寝泊まりする場所なんだぞ」

 アントワーヌは ご自慢のスーツの、汚れてもいない胸元を払うと、指揮官として部下を叱った。が、すぐにリクから、「でも よっぽどのことが無いと来ない場所でしょ? それに、トニが言ったんだよ? “あんな所” って! 」と言い返されてしまい、面目が立たないまま終わってしまった。

「そ、そんなこと言ったか? 」

 アントワーヌは オドオド とスーツの胸元を払うと、「それは、そうと」と、話題を変えた。

「リク。お前に頼みたいことがあって来た」

「頼みたいこと? 」

 リクは首を傾げた。

「ああ、大したことじゃない。“ソジュン” の様子が どうにも気になる。訳を探って欲しい」

 “ソジュン” とは、汽車の新米料理長の名前だ。

「“ジェイ” が? 分かった」

 リクはアダムたちと別れると、ソジュンのいる、食堂へ向かった。

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