【コミカライズ連載開始記念SS】ヒーロー候補たち
※人物と人物名は書籍版に基づいています。
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「う~~~~~~ん」
コーデリアの部屋近くにある王妃用の賓客室。
そこで盛大に唸っているのは、ひなことエルリーナだ。コーデリアが朝の会議を終えて戻ってくると、エルリーナがソファに身を沈めたままなにやらうんうん唸っていた。
「どうしたの?」
コーデリアが声をかけると、エルリーナはぱっと顔を輝かせた。
「待ってたよ加奈ちゃん! あのね、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
ちらりと見れば、テーブルの上には誰かの姿を書いたらしき絵が散乱している。人物の横には『アイザック』という名前が書かれていた。
「うん! ほら、この世界って確か“ヒーロー”がいっぱいいたでしょう?」
エルリーナのことばに、コーデリアも「そうね」とうなずく。
『ラキ花』はとにかくたくさんのヒーローが出てくることが特色のアプリ乙女ゲーム。コーデリアの記憶によれば、確か毎月ひとり新しいヒーローが増えるはずだ。
「私が最後に覚えているだけでも、確か二十人ぐらいいたはず。今だったら……」
単純計算で一年に十二人。それが数年分ともなれば……。
想像してコーデリアはぶるっと震えた。
「……すっごく増えていそうだわ。これじゃいつどこでヒーロー候補に遭遇するかわからないわね」
ヒーローたちはとにかく様々な個性やらスキルやらを持っている人が多いのだ。実際この間の誘拐事件だって、そのうちのひとりが起こしていたわけで。
「そう! わたしもそう思ったの! だからね……」
そこでエルリーナが、ぐっと拳を握って力強い瞳でコーデリアを見る。
「どこかで会った時にすぐ気づけるように、全員の顔と名前を覚えておきたいなって!」
「なるほど……それは賢い案ですわね!」
コーデリアが褒めると、エルリーナはふふんっと胸を張った。
「でしょー? ……ただ、いっこだけ問題があってね?」
そこでエルリーナは祈るように両手を組み、上目遣いでコーデリアを見上げる。
「ひな、男の子の顔ってあんまり覚えられなくて。リスト作るの、加奈ちゃんに手伝ってほしいの」
うるうると、エルリーナの大きな目がコーデリアを見つめる。
「エル……また“ひな”って言っているわよ?」
「えっ! ごめーん!」
コーデリアは笑った。
最近のエルリーナは自分のことを「わたし」と言うようになったが、“おねだりモード”の時だけは無意識に「ひな」が出てきてしまうらしい。
くすくすと笑ってから、コーデリアはエルリーナの隣に座った。
「いいわ。なら一緒にリストを作りましょう。だってこのリストを作れるの、わたしたちふたりだけですものね?」
いたずらっぽく顔を覗き込めば、エルリーナが「加奈ちゃあん!」と言って抱き付いてくる。
「さて、早速だけどまとめていきましょうか。ここに書いてあるのは、エルがあらかじめまとめてくれたもの?」
「そう!」
机に散乱している紙には、既にひとりずつ情報がまとめられていた。
「まずはアイザック殿下ね」
言ってコーデリアは一番上にあった紙を手に取った。
『アイザック・エフォール:王太子。水魔法の使い手。甘いものが好き。水魔法使いだけど攻撃もすっごい』
(……ん? よく見たら下に何か小さく書いてあるわ)
じっ……と小さな文字に目を凝らせば、そこにはこう書いてあった。
『無表情で感情表現がヘタ。かなちゃんの旦那さま(予定)。わたしがかなちゃんとべたべたしているとちょっと悔しそうにしている』
書いてあった意外な言葉に、思わず吹き出してしまう。
「ふっ! ……ふふっ」
「どうしたの?」
「うっ、ううん! 何でもないわ!」
(エルったら、こんなことを思っていたの?)
他の人の紙にも、同じようなことが書かれている。
『ジャン:天才騎士。炎魔法の使い手。最初は静かだったのに最近わたしに慣れて来たみたいでうるさい。小姑』
(小姑って!)
笑ってはいけないと思ってこらえてみるものの、ついつい肩が震えてしまう。
『スフィーダ:新聞社社長&新聞記者。まがん? の持ち主。子猫ちゃ~んってうるさいしうさんくさい。でもお願いは聞いてくれる』
(ふふふっ……! そうよね、エルは男性に対して免疫があるし、意外とアイザック様みたいに真面目な人が好きだから、スフィーダは好みからはずれるのかしら。……でもちゃっかりお願い事はしているあたりエルだわ)
笑いをこらえながらコーデリアはどんどん紙をめくってみた。
『ケントニス:新聞社の社長。渋おじ。魔法は使えない代わりに実は剣術の達人』
(へぇえ……! 知らなかったわ)
コーデリアはすべての課金と魔法石をアイザックにつぎ込んでいたため、他のヒーローは無料で遊べる範囲でしか知らないのだ。そのためヒーローによっては、エルリーナの方が知識が上なこともあった。
(次は、と……)
『まつげ:筋肉まつげ』
「ぶふっ!!!」
とうとうこらえきれずにコーデリアは吹き出した。その拍子にひなが覗き込んでくる。
「どうしたの? ……ああ、あの人ね」
見るなり、うげ、と顔をしかめる。どうやらエルリーナのサミュエル嫌いはまだ直っていないらしい。
「もーほんと、運営は何を考えて筋肉まつげなんて入れたんだろう!? わたし、絶対選ばない自信があるよ!?」
「あのアプリはとにかく多種多様なのが売りだったから……。というかサミュエルって、やっぱりヒーローのひとりだったのね!?」
「そうだよ。確かエイプリルフール枠として登場したんだけど、その後本当に実装されたから界隈がざわついていたの! よく覚えてる」
「エイプリルフール枠って。あそこの運営、おちゃめだったものね……」
それからもふたりは協力して、覚えている限りのヒーロー候補たちをリストアップしていった。
「そういえば、確か厨房にいるあの料理人もヒーローのひとりだったわよね?」
「ああ、あの男前! 確かにいた気がするー!」
「作るごはんが本当においしいのよね」
「でも料理オタクなんだよねぇ……。あっそういえば、パン屋のあの子もヒーローのひとりだよね? ショタ枠の」
「ええっうそでしょう!?」
パン屋のあの子といえば、大火事の時にコーデリアが助けたクリフだ。コーデリアが慌てる。
「で、でもショタ枠って確か貴族の子じゃなかった? 天使の如き見た目で女の子に間違えられていたっていう」
「かなり後になって、貴族の子とは別にもうひとりショタ枠が実装されたんだよ。火事イベントで聖女が助けてフラグが立つの」
(火事イベントで、聖女が助ける? ……待って。それだと思いっきり私とクリフの間にフラグが立っているわけだけど!?)
どうやらコーデリアは、知らない間にフラグを立ててしまっていたらしい。
「ラキ花……怖いわ! やっぱり今すぐにでもリストをまとめなくちゃ!」
「うんうん、そのためにもがんばっていっぱい思いだそーね」
青ざめるコーデリアとるんるんなエルリーナは、その後も次々とヒーローたちのリストを作っていったのだった。
――数時間後。
「これは一体……?」
部屋に散乱する紙を見ながら、やってきたアイザックが困惑したように言った。
ソファでは頭を絞りつくしてぜぃぜぃしているコーデリアと、なぜかスッキリした顔のエルリーナが満面の笑みで座っている。
「あっこれね! 『ラキ花』に出てくるヒーロー候補のリストアップをしていたの!」
「ヒーロー候補……」
「ええ。事前に情報を把握しておけば、いざという時に対処がしやすいでしょう? そのためのリストですわ」
「なるほど。確かにこの世界に限らず情報は非常に大事なものだ。私も見てもいいだろうか」
「ええ、もちろん」
了承を得ると、アイザックはゆっくりとひとつひとつの紙に目を通し始めた。
そんな彼の横で、エルリーナが小さな、けれど確実にアイザックたちに届く声でぽそりと言う。
「……そういえばさぁ~。そのヒーロー候補って昔は私の彼氏候補になるんだと思ってたけど、よく考えたら聖女の相手役だから、加奈ちゃんの恋人になるって可能性もあるんだよね?」
ピクリ、とアイザックの肩が震える。
「何を言っているのエル。相手役と言ったって、私は既にアイザック様を選んでいるのよ? 私は対象外だわ」
「そうかなあ~? だって婚約ってあくまで婚約で、まだ結婚していないんだよね?」
「それはそうだけどっ……!」
なおもエルリーナはニヤニヤと追及してくる。
そこへ、アイザックの低い声が響いた。
「……なるほど」
見れば、彼はにこやかに微笑んでいた。――ただしその瞳は、まったく笑っていない。
「であれば、このリストは抹殺すべき危険人物一覧ってところかな? わかった。すぐに諜報部隊に処理させよう」
「まっっっっっってくださいませ!!! その瞳は絶対物騒なことを考えていますわよね!?」
「そんなことはない。すこーし牢屋に入っててもらうだけだ」
「その時点でものすごく過激ですわ!」
笑顔のまま恐ろしいことをしようとするアイザックに、それをあわてて止めるコーデリア。
後ろでは、エルリーナが楽しそうに笑っていたという。
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というわけで、コミカライズの連載がFLOS COMIC様にて連載開始いたしました!
詳しくは近況ノートをご覧ください~!
【WEB版】広報部出身の悪役令嬢ですが、無表情な王子が「君を手放したくない」と言い出しました 宮之みやこ @miyako_
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