第30話 コーデリアとひなと

 コーデリアの反応に気をよくしたのか、ひながすました顔で答える。


「突然転生とかわけわからないこと言われて納得いかなかったから、ひな、その人を問い詰めたの。そしたら色々教えてくれたよ」

「あの状況で!? メンタル強っ……! 私そんな余裕なかったですわ……」

「だってひどいと思わない? ひなは楽しく生きてたのに、突然死んで人生やり直せって言われても納得できないよ」

「確かにそうですけれど……。もしかしてそれも言いましたの?」

「言ったよ。そしたら、『今ならあなたをもう一度生き返らせることもできるけど……』って言って」

「生き返らせられるんですの!?」


 コーデリアはクワッと目を見開いた。つくづく、問答無用で転生コースだった自分とは大違いだ。


「でもね、『今生き返っても、あなたは一年後に会長殺しの容疑者として警察から追われた挙句、匿ってくれた上司が恋情をこじらせて刺殺されるけどいい?』って聞かれたの」

「情報量が多い! そして結末がえぐいですわ!」


 明かされる怒涛の真実に、コーデリアは我慢しきれず拳を握って突っ込んだ。


「そんな死に方、絶対嫌じゃない? だからしょうがなく受け入れたの。最初はヒロインに生まれて悪くないなって思ってたのに……みんな冷たいし、アイザックさまは振り向いてくれないし、聖魔法は痛くて疲れるし、貴族のおじさんはやたら厳しいしで、全然楽しくない」

「おじ……ラヴォリ伯爵のことですわね?」

「あの人、聖魔法がどれだけきついか全然わかってないんだよ。なのに加奈ちゃんがやってるからってひなにもやらせようとして……」


 ブツブツとひなは恨みがましく言った。コーデリアは同意する。


「確かに、聖魔法ってすごいけれど、その分尋常じゃなくきついですものね。難しい治療は痛みもありますし」


 魔法学園に通い、せっせと魔力を増強してきたコーデリアですら治療会はとてつもなく疲れる。さらに重傷の治療ともなると、患者の感じた苦痛が術者にも流れ込んでくるため、見た目以上に作業は過酷だ。ひなが逃げ出したくなる気持ちもわからなくなかった。


「それならなおさら、部屋にこもるんじゃなくてラヴォリ伯爵にちゃんと言った方がいいですわ。聖魔法は術者の負担がすごいってこと、知られていない気がしますもの」


 コーデリアの提案に、たちまちひなの顔がくもる。


「……無理だよ。あの人、色々物は買ってくれるけど、ひなの話は全然聞いてくれないもん。治療会だって、ひなはやりたくなかったのに……」


 言ってひなはがっくりとうなだれた。


 そんな彼女に、コーデリアがまだあたたかいスープを押し付ける。


「とりあえず、冷める前に飲んでくださいな」


 無言で受け取ったひなが、ズズズとスープをすする。

 ふんわりと漂う、とうもろこしのほの甘いにおいを嗅ぎながら、コーデリアは続けた。


「……話は戻るのだけど、やっぱりひなが前世で好き放題できたのは、魅力値とやらが原因だと思うの。今はそれがなくなって、ううん、おそらく正常に戻ったから、前のようにみんなが言うことを聞いてくれないんだと思いますわ」


 ひなは泣くでも怒るでもなく、黙ってズズ……とスープをすする。


「何かをお願いするとき、普通はお金を払ったり、あるいはその人と友好的な関係を築いて初めて成り立つものなの。ひなだって、ラヴォリ伯爵が突然やってきて『治療会をやれ』って言われて、嫌だったでしょう? でも、支援をしてくれる人だから仕方なく従った」


 ひながコクンとうなずく。コーデリアは身を乗り出して、ひなをまっすぐ見た。


「ひな。私たちは生まれ変わりましたわ。前世の記憶こそ残っているけれど、私はもう加奈ではなくコーデリアですし、あなたにもエルリーナという名前があるでしょう? だから、そろそろエルリーナとしての人生を歩むべきだと思うの。……って、突然言われても、うっとうしいでしょうけれど」


 言って、コーデリアが自信なさげに肩をすくめる。話をしにきたはずが、これではひなの言う通りただお説教しに来ただけの人になってしまいそうだ。


(いけませんわね。やはり私、ちょっと偉そうな性格になっていますわ……)


 頬を押さえて一人反省していると、ひながぽつりとつぶやく。


「……今さら、やりなおせると思う? ひな、みんなに嫌われてるし、治療会も逃げ出しちゃったよ」

「あら、そこは気にしてましたのね。でも失敗は誰にでもありますわ。時間はかかるかもしれないけれど、あなたが真面目に頑張っていれば、いつか理解してくれる人は現れますわよ。……もし本当にやり直したいのなら、私も手伝いますし」


 控えめに最後の言葉を付け足せば、ひなが意外そうな目でこちらを見る。


「……加奈ちゃんが手伝ってくれるの? ひな、てっきり加奈ちゃんはひなのこと嫌いなんだと思ってた」


 指摘に、コーデリアがぎくりと体をこわばらせた。


「べ、別に嫌いってわけじゃありませんわよ。確かにちょっと避けてたのは事実ですけれど……」


 言いながら、それとなく目を逸らす。まさかひな本人にそのことを指摘される日が来るとは思わなかったのだ。


「ふうん、そうなんだ……」


 気にしているのか気にしてないのか、いまいち感情が読み取れない返事が返ってくる。


「と、とにかく! その気なら、これから頑張ればいいのですわ。取り急ぎ、治療会の規模はラヴォリ伯と相談し直しましょう。私とアイザックさまも間に入りますし」


 ラヴォリ伯爵の政敵であるコーデリアは、話を聞いてもらえない可能性も高い。だが今のままでは聖女ヒナが潰れるだけだと脅せば、話し合いの場に引きずり出すことぐらいはできるはずだ。


(なんだか自分で厄介ごとを増やしてしまった気がしますわ……。でも、流石にこのままでは、あんまりですもの)


 ひなは転生してからの十数年、ずっと苦しんでいた。

 慣れない文化に慣れない生活を強いられ、さらには以前と同じことをしているのに、持ち上げられるどころか嫌われていじめられてしまう。ひなにとっては何もかも訳が分からなかっただろう。


 その結果、子供じみた振る舞いをしてしまい、ますます人が離れていく。


 そんな彼女を、コーデリアはこれ以上放って置けなかった。


(前世でも現世でもあまりよろしくない記憶ばかり積もっているけれど、根は悪い子じゃないのよね。……多分)


 頭を切り替え、これからやるべきことをひなに話して聞かせると、彼女は素直に受け入れた。話が済んでコーデリアが立ち上がり部屋から出ようとした時、ひながぽつりと言った。


「ひなは加奈ちゃんのこと、結構好きだったんだよ」


 思わぬ告白に、コーデリアが振り返る。


「なんだかんだ加奈ちゃんだけは、いつもひなの話を真面目に聞いてくれてたんだもん。……嫌われてるの知ってたから、あんまり話しかけないようにしてたけど」


 言って、ふいと窓の方を向いてしまう。その耳が少し赤くなっているのを見て、コーデリアは微笑んだ。


「……ありがとう。私たちの関係も、きっとこれからやり直せますわ。もちろん、いい方向に」


 そっとつぶやいて、コーデリアは扉を閉めた。

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