番外編 〜本編の多大なネタバレを含みます〜

番外編1 ひなとフェンリルと

※時系列的には「第24話 フェンリルと魔力と」の後になります。


~24話までの三行あらすじ~

時計塔でデートするコーデリアとアイザックのお邪魔をしたフェンリル。

シュークリームを食べつつコーデリアの魔力をたっぷり吸った後、今度はひなの元へとやってきていた。

目当てはもちろん、ひなの魔力だ。(※お話はひな目線となります)









『――お主の魔力はまずいのう』


 べろりと唇を舐めながら、フェンリルが嘆息した。


「……ひな、魔力とられた上にけなされてるんだけどなんで? ほんとに理解できない」


 ベッドの上で枕にしがみつくようにしてへばっていたひなが、恨みがましい声をあげる。

 フェンリルいわく、ひなからは“ほんの少し”しか魔力をもらっていないらしいのだが、それでも信じられないぐらい体が重い。立つなんてもってのほか、座っているのですらしんどい。


(一体フェンリルさまはどれだけ食べるの? こんなの毎日続いたらひな、干からびちゃうよ……)


 想像してぶるりと体を震わせる。そんなひなには構わず、フェンリルが眉間に皺を寄せて言った。


『うーむ。本当にこのまずさは、歴代一だのう」

「ねえひなの話聞いてた? なんでいま追い打ちかけたの???」

『まあ魔力がまずくても聖女は聖女……。何、これから頑張ればよい』


 フェンリルが憐れむような、励ますような慈悲深い瞳でひなを見た。突っ込む気力もわかず、ぐったりと枕に突っ伏す。すぐ近くに倒れられるベッドがあって本当によかった。


(……ほんとに、何なの。聖女の力に目覚めればあとはもう楽になれるって、ずっと思ってたのに……)



――最初は、乙女ゲームのヒロインに生まれ変わって悪くないなと思っていた。村娘スタートだとしても聖女は聖女。いずれヒーローの中で一番好きだったアイザックと結婚して、お姫さまになれるとずっと思っていた。


(なのに、全然違うじゃん! なんにも思い通りにいかない!)


 村では魔女だといじめられ、ママとパパを泣かせ、アイザックにも振られ、聖女がもう一人出現し、挙句の果てに加奈にも見捨てられた。前世で唯一、ひなに優しくしてくれた女の子に。


 王宮で頬をはたかれた時、ひなはようやくそのことに気づいたのだ。


「だったら、ひなには何が残されているの……?」


 聖女になったせいで両親とも離れてしまった。親だから優しいのは当然と思っていたが、失って初めて彼らがどれだけ辛抱強く、愛情をもって接してくれていたのかがわかったというのに。


(ママ、パパ、ごめんね……。二人に会いたいよう……)


 そう考えた瞬間、じわりと目頭が熱くなる。堰を切ったようにひなの目から涙があふれだしていた。


 ひっくひっくとしゃくりあげたひなに、口直しにケーキを食べていたフェンリルが仰天する。ゴクンとケーキを飲み込み、ピンと耳を立てたままひなの様子を窺う。けれど彼女が泣き止みそうにないのを察知して、フェンリルは口の端にクリームをつけたままそろりそろりと近づいてきた。


『す、すまぬ。言い過ぎたか。悪かったのう』


 別に、泣いているのはフェンリルの言葉に傷ついたわけではない。ないが、今のひなにはそれを説明する余裕もなかった。


 無言でしゃくりあげていると、うつぶせになっている体の左側に、もふっとした大きな何かが押し付けられる。横目で見ると、どうやら寝そべったフェンリルの体らしい。


『ほ、ほれ。これでどうだ。人間というのは“もふもふ”とやらが好きなのだろう? 我の毛並みは天下一品。歴代聖女たちも褒めていた代物だ。今だけ特別に胸をかしてやろう』


 言いながら、これでもかこれでもかとぐいぐい体を押し付けてくる。その口ぶりは少しうっとうしかったが、ひなは黙って乗ることにした。


 フェンリルの背中とお腹の境目、一番毛がもっふりとしている部分めがけて頭ごと顔をうずめる。勢いがよすぎてフェンリルから「ドゥフッ」と呻きが漏れたが、気にせず胸いっぱいに空気を吸い込む。


 すぐに干したてのお布団のような、優しいおひさまの匂いがひなを包んだ。もっふりとした毛もあたたかくやわらかで、どこまでも頭が沈んでいきそうなくらい。小さなころに夢見ていたわた雲そっくりだ。それでいてしっとりと湿り気を帯びたお腹は、フェンリルが生きていることを感じさせる。


 そのまましばし、ひなは呼吸に合わせて上下する毛玉に埋もれていた。


 悔しいが、もふもふは確かに癒しの効果があったらしい。いつの間にか涙は止まっていた。フェンリルもそれを察知したのだろう。いつになく優しい口調で語りかけてくる。


『……我はお主の事情をあまり知らぬゆえ、何故泣いているのか真の意味で理解することはできぬだろう』


 だがな、と聖獣は静かに言った。


『我から見ると、お主は何も失っておらん。……というより、そもそも始まってすらおらんからのう』


 何が楽しいのか、一人でカッカッと笑っている。ひなはムッとして言い返した。


「……失うよ。少なくともこれから、ひなはフェンリルさまを失うって知ってるもん」

『ほう?』


 意外だ、とでも言うように、フェンリルがひなの方を向く。


『ということは、お主、己がこの戦いに負けると思っているのか?』

「……」


 ひなはすぐには答えなかった。煽るようにフェンリルが続ける。


『まさかお主がそんなに弱腰だったとはのう。この前まであんなに威勢がよかったのに』

「……だって、相手は加奈ちゃんなんだよ」


 ぎゅっとフェンリルの白い毛を握りながら、ひなは隠れるようにもふもふのお腹に顔をうずめた。


「加奈ちゃんはね、すごい子なの。お勉強もお仕事もひなよりずっとずっとできるのに、さらにその上を目指して努力するの。それに加奈ちゃんがいると場の空気が柔らかくなるんだよ。ひなを睨んでくる女の子たちも、加奈ちゃんが間に入ってくると途端にしょうがないなって顔に変わるの」

『ほう。あやつにそんな特技が』


 フェンリルが目を細めて感心する。一方のひなは、前世の自分たちのことを思い出していた。


(ひなは、加奈ちゃんと幼なじみになれて嬉しかったけど……)


 でも、加奈にとってはそうじゃなかった。

 ひなを発見した時に見せる、ギクリとした表情。ひながお願いすれば応じてくれるけど、内心困っているのがわかる目。――それと同じ顔で、加奈は今もひなのことを見ている。だからこそわかったのだ。コーデリアが加奈だということに。


 実際、ひなに関わった加奈がろくな目に遭っていないのを知っていた。下手に助けようとすると、今度は男たちが加奈に嫉妬を向けてもっとめんどくさいことになったこともある。


 だからお互いのために、距離をとって生活するのが一番だと思っていたのに。


――目に見えない腕に押されて落ちたとは言え、よりによって、加奈を巻き込んで死んでしまうなんて。


「その上丸パクりしちゃうなんて、最低」


 責めるように、バシッとフェンリルのお腹を叩く。八つ当たりに、「グフッ」とフェンリルがうめいた。


『お主なあ……』

「わけわかんないうちにひなも治療会やることになってるし、新聞なんかどう見ても加奈ちゃんの丸パクリじゃん! もう、本当に最悪!」


 怒られたショックで茫然自失となっている間に、後援となったおじさんが勝手に事を進めていたのだ。

 取り消そうにも、ひなも一応広報部出身。一度発行したリリースを取り消すのがどれだけ至難の業かぐらい知っている。


 そのため必死に聖魔法の練習をしていたが、こっちはこっちで難航していた。何もせずとも楽々使えると思っていたら、まったくそんなことはない。むしろ並々ならぬ努力が必要だったのだ。それこそ昔のスポ根漫画のように。

 やたら目がキラキラした少女がテニスラケットを握り、歯を食いしばって泣いている……。鍛練中、何度そのシーンを想像したかわからない。


「こんなの、どう考えたってひなに勝ち目なんかないよ。そもそも加奈ちゃんが聖女の力に目覚めるんだったら、ひなはいらなかったじゃん!」


 考えているうちにまた気が昂ってきて、ひなはわぁわぁと泣いた。その頭の上に、大きな尻尾がバッサバッサと降ってくる。……どうやら、しっぽで撫でているつもりらしい。


『我は、神が何を考えてお主とコーデリアの二人を選んだのかはわからん』


 ばっさばっさと、なおも大きな尻尾がひなの頭をはたくようになでる。


『だがな、王も言っていただろう。聖女は高潔な心を持つと。お主は、腐っても聖女だ。まあだいぶ腐りかけだが……それでも己を信じるのだ』


 フェンリルの言葉を、ひなは顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら嘲るように笑った。


「ひなが高潔? なれるはずないじゃん。みんなに笑われちゃうよ」

『少なくとも我は信じているぞ』


 そういうと、フェンリルが顔を寄せてくる。大きくて生暖かい舌が、べろんとひなの顔を舐めた。親犬が子犬の毛づくろいをするように、べろんべろんと大きな舌で舐めまわされる。


「……べとべとする」

『ふん。慰めてやっているのだ。これくらい我慢せい』


 大人しくフェンリルの“慰め”とやらを受け入れていると、やがて満足したのかフェンリルが顔をあげた。


『お主は色々基準がおかしいからの。あれもこれもと欲張ったら当然だめになる。まずは目の前にあることをこなしてゆけ。さすればおのずと結果も出る』

「……頑張ればひなが選ばれると思う?」

『まあそんな簡単にはうまくいかぬだろうな。最初の治療会は投げ出すとみた』

「なっ! なにそれ!? さっきひなのこと信じてるって言ったのに!」

『信じてるからこそわかるのだ』

「やっぱりフェンリルさま、意味不明すぎ……!」


 怒りに震えたひなが、ぶるぶると拳を震わせる。そんなひなを見て、フェンリルはカッカッと笑った。


『よいのだ。大事なのは結果ではない。お主の努力だ。――なあ聖女よ?』


 ぼふん、と大きな尻尾をはためかせ、フェンリルがゆったりと言った。意味わかんない、そう呟いてひなはフェンリルのお腹に顔をうずめた。










<番外編①おわり>














↓以下あとがきがあるので、余韻を壊したくない方はスキップかブラウザバック推奨です。






というわけでお読みいただきありがとうございました!

番外編第1弾はひな(とフェンリル)です。


ひなの過去編をガチガチに書こうとすると暗くなって見ててあまり楽しくない気がしたので、今回は回想しつつ、色んな設定を拾いつつ、舞台裏をのぞくような形にさせて頂きました。


※大昔のスポ根漫画のモデルは皆さんが想像している漫画にはなると思うのですが、肝心の内容を私が知らないので、そこについては雰囲気が似てる何か別物だと思っていただければ!


次回はコーデリアとアイザックの話です。話は頭の中にできているので、あとは仕事や他作品との折り合いをつけつつ……今月中に出したいな!というスケジュール感です。できればジャンとリリーの小話も書きたいのですね……。


またのんびりまって頂けると助かります。

それではまた次の番外編でよければぜひ!

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