最終話 ラキセン王国初代大聖女
楽団の奏でる華やかな音楽に、祝砲の轟く音。まるで人々の活気を現しているかのような喧噪は王宮にまで届いていた。かくいう王宮内も、行き交う人々でこれ以上ないくらい賑わっている。
「まもなくパレードが王宮につくそうですよ!」
興奮した顔で囁いたのはリリーだ。
この日だけ行われる記念パレードは建国祭の大きな目玉であり、正装で着飾った騎士たちの一糸乱れぬ行進が見られるとあって、老若男女問わず大人気だった。
「ごめんねリリー。楽しみにしていたのに、私のせいで見られそうにないわね」
たくさんの侍女に取り囲まれて身支度をしながら、コーデリアが申し訳なさそうに言う。リリーが密かにパレードを見たがっているのを、コーデリアは知っていた。
「いいえ、私はパレードよりおそばでお嬢さまを見られる方が幸せです! 本当に、今日は一段とお美しくて……! エルリーナさまも素晴らしいですが、やはりこの国の大聖女はお嬢さましかおられません!」
「ありがとう。嬉しいわ」
パレードは王都の外門から始まり、最終的には王宮にたどり着く。その際、ラキセン国王や王子、そして聖女が王宮の広場に続く正面バルコニーに姿を見せることでクライマックスを迎えるのだ。コーデリアはそのため最後の支度をしていた。
聖女の祭事用正装はゲームのエンディングで見たことはあるものの、着てみてその重さに驚く。白を基調に作られたベルベットとタフタの衣装はずっしりとした重みがあり、髪飾りとして大量に結わえられたダイヤモンドは、どこぞのお姫様も驚きの輝きっぷりだ。
(聖女は王妃も務めるから豪華なのでしょうけれど……これは首が痛いし動きづらいわ。
公爵令嬢としてドレスには慣れているコーデリアでも、歩くのに支えが欲しくなるくらいの重量。ドレスに慣れていないエルリーナはさぞ大変だろう。
「加奈ちゃん! このドレスすんごい重いね!?」
バルコニーに続く控室で遭遇したエルリーナは、予想通り四苦八苦しているようだった。ドレスの裾を複数の侍女に持ち上げてもらい、さらに両手を侍女に支えてもらってようやくなんとか歩いている。
「ドレスの裾を蹴って歩くといいわ。思い切りぽーんって。めったなことじゃめくれないようにできてるの」
足さばきのコツを教えると、彼女はうなずいて一生懸命実践しようとした。そうしているうちにパレードの騎士団が王宮についたらしく、わああという歓声があがる。
それが合図だったかのように、バルコニーに国王とアイザックの二人が颯爽と姿を現した。二人の登場に、よりいっそう場の盛り上がりが激しくなる。
「加奈ちゃん……ひな……じゃなくて、わたし、緊張してきちゃった」
「大丈夫、私もですわ」
言いながら、コーデリアはぎゅっと手を握った。緊張から、手の先がすっかり冷たくなってしまっている。治療会でたくさんの人々に会ったことはあるが、聖女として公的な場に登場するのは初めてなのだ。
エルリーナが不安そうに呟く。
「あのね、ちょっとだけ手を握っててくれない?」
二人は侍女に手伝ってもらいながら重たい衣装をひきずってヨタヨタと近づくと、そっと手を握り合った。小さな震えは、どちらのものかわからない。二人とも同じぐらい震えていたのかもしれない。だが互いに強く手を握っているうちに、不思議と心が落ち着いてくる。
「……加奈ちゃん、どっちが大聖女に決まっても、恨みっこなしだよ?」
「もちろんですわ。エルこそ、また駄々をこねて国を滅ぼすなんて言わないでね?」
「その話はやめて! 黒歴史なの!」
コーデリアが言えば、エルリーナが頬を膨らませる。それから顔を見合わせて、二人は笑った。
「聖女ヒナさま、出番です」
従者の声に、エルリーナが振り向いた。
名前は、急に変えると皆が混乱するため、あえてヒナのままにしてある。いわく、芸名のようなものなのだという。
エルリーナがゆっくりと歩き出す。コーデリアの助言通りドレスを蹴って歩くことで支えは一人まで減らせたらしく、その足並みは順調そうだ。バルコニーへの扉が開かれ、エルリーナが太陽の下へと進み出る。
そのとたん、ワッと大きな歓声が起こった。
「聖女ヒナさま、万歳!」
「万歳!」
ヒナの名を呼ぶ声が、あちこちから聞こえる。まるで王宮全体が、歓声にすっぽりと包まれてしまったかのようだ。
予想よりもずっと大きな出迎えだったのだろう。チラリと見えたエルリーナの横顔は、驚きで目が真ん丸に見開かれていた。はにかみながら控えめに手を振ると、沸き立つような歓声が上がる。
「――びっくりしちゃった。わたし、ブーイングくるかもって思ってたんだけど」
出番を終えて戻ったエルリーナが、頰を染めながらどこか不思議そうな顔で言う。
「みんな、エルが頑張ってきたのをちゃんと見てますもの。当然ですわ」
コーデリアが言えば、エルリーナは小さな子供のように「えへへ」と笑った。嬉しさと恥ずかしさがないまぜになった、ほのぼのとした笑みだった。
「聖女コーデリアさま、出番です」
従者が今度はコーデリアの名を呼ぶ。
(エルにはちょっと偉そうに言いましたけれど、いざ自分の番となるとものすごく緊張しますわね……)
コーデリアはついと顔をあげ、前を見据えて歩き出す。
――やれることは全てやった。持てる技を使って大々的に名前を宣伝し、聖女という名に恥じない振る舞いを昼夜問わず行ってきたという自負もある。それでも自然と、体に震えが走った。
けれど、コーデリアがバルコニーに姿を見せた瞬間、王宮を、そして王国全体を揺るがすかのような振動が起きた。
「「「聖女コーデリアさま、万歳!!!」」」
襲いかかる轟音に、コーデリアは初め何が起きているのか理解できなかった。
やがて耳が慣れてくると、それらは全て、民たちの声の洪水だということがわかってくる。
「聖女コーデリアさまを大聖女に!」
「大聖女コーデリアさま!」
誰が言い出したのか、初めは一人の小さな声であったはずのその呼び名は、気がつけば一つの大きなうねりとなっていた。大聖女コーデリア、大聖女コーデリアという声が、次から次へと、王国中を満たすように広がっていく。
その熱い声援はコーデリアの心を揺さぶり、気がつけば涙が頬を伝っていた。
「いやだ。私、最近泣いてばかりね……」
リリーが励ますように微笑みながら、そっとハンカチを差し出す。
コーデリアは涙を拭うと、とびきりの聖女スマイルを浮かべて手を振った。それに応えるように、ドッと歓声があがる。
その日、建国祭が行われた王都では、大聖女コールが鳴り止まなかったという。そう、いつまでも、いつまでも――。
◆
「第八代目聖女、コーデリア・アルモニアを、第一代目大聖女と任命する」
厳かな空気に満ちた大聖堂の中央。真っ赤な絨毯が敷かれた壇上で、聖女服に身を包んでひざまずいたコーデリアの頭上に、国王がティアラを乗せようとしていた。
その傍らにはアイザック王太子と近衛騎士のジャン、そして第七代目聖女のひな改めエルリーナ、さらには体からほのかに光を放つフェンリルが、並んで静かに見守っている。
――建国祭で行われた票決は、圧倒的多数により聖女コーデリアの勝利となった。
つい先日戴冠式も無事執り行われ、コーデリアは晴れて大聖女に、コーデリアの婚約者であるアイザックは、今度こそ王太子となった。
「なんだかあっという間のことすぎて、全然実感が湧きませんわね……」
全てが終わり、重たい聖女服からいつものドレスに着替えたコーデリアが、すっかり馴染みとなった自室のソファに腰を沈めながら言う。
「終わってみれば一瞬のことだったな。君に初めて出会ったのは、ついこの間だという気がするのに」
「殿下、お言葉ですがそれは流石に殿下だけだと思いますよ」
アイザックは一体どこまで
「お嬢さまも、実感が……なんて言っている場合じゃないですよ。これからお嬢さまのお引っ越しに、結婚式に、アイザック殿下の戴冠式に、やることが山積みなんですから」
「そうね、忙しくなるわね……。引っ越しといえば、エルは今後どこに住むのかしら? というか、エルは?」
思い出したように、コーデリアが視線を巡らせる。
大聖女がコーデリアに決まった直後、エルリーナは
「そうなると思ったよ。……悔しくないわけじゃないけど、やっぱり大聖女には加奈ちゃんがいいと思う。誰よりも頑張ってきたし」
と、あっさりと認めていたのだ。それからこうも言っていた。
「でもめんどくさそうなのから解放されたのは嬉しい! これから治療院でも開いて、治療費でお金稼ぎでもしようかな?」
ただし、「聖魔法使いは、お金を取って治療することを禁止されていますわよ?」とコーデリアに言われて、盛大に不満を漏らしていたが。
――そのエルリーナの姿がない。
(おかしいですわね? 最近のエルなら、こういうとき絶対部屋に来るのに)
「リリー、エルを呼んできてくれる? みんなで一緒にスイーツでも食べましょうって」
以前だったら、目の前に寝そべってお菓子待ちをしているフェンリルに呼んで貰うのが一番早かった。だが不思議なことに、大聖女がコーデリアに決まったとたん、フェンリルとエルリーナの繋がりは綺麗さっぱり消えてしまったのだ。それはコーデリアの中から、闇魔法が完全に消えたのと同じタイミングだった。
その代わり、今度はコーデリアとフェンリルが繋がれたらしい。おかげで今はフェンリルが隙あらば料理人たちにお菓子をねだっている様子が、手に取るようにわかる。
「それにしても不思議よね。大聖女って決まった途端、こんなあっさり切り替わるなんて」
これでも声が聞こえないことで真剣に悩んでいた時期もあった。そんなコーデリアの気持ちなど知らずに、フェンリルがおっとりと言う。
『それがな。お主が大聖女か、と思ったとたんに、お主のおでこに何か丸い突起のようなものが現れたんじゃ。それを押したら繋がった』
「えっそういう!? 繋がりってスイッチ式だったんですの!?」
コーデリアが嫌そうな顔をしておでこを抑える。つくづく聖獣のシステムというのは複雑なのか単純なのか、よくわからない。
(しかも突起の場所がおでこって。お大仏さまじゃあるまいんだし……!)
色々言いたいことはあるが、そうこうしているうちにエルリーナを呼びに言ったはずのリリーが息を切らせて帰ってきた。何やらひどく慌てている。
「お嬢さま、大変です!」
「……どうしたの? リリー?」
非常によろしくない予感を感じながら、コーデリアは聞き返した。
「賓客としていらしていた隣国の王子が、どうやらエルリーナさまに一目ぼれしてしまったようです! 結婚してくれるまで帰らないとごねていて……!」
「――なんて!?」
アイザックが茶を吹き出し、ジャンがブハッと噴出する。
「……あとで庭園を案内する約束だったはずだが、なぜエルリーナ殿の部屋に」
『これまた濃い奴だという気配がするのう。どれ、見に行くか』
「ハハハ! よかったな貰い手ができて!」
「ジャンさま! 笑い事じゃありませんよ!」
「これ以上の面倒ごとはもう結構ですわよーーー!?」
ほのぼのと日が差し込む部屋の中、各人それぞれの叫びがこだまする。
どうやらコーデリアの望む“薔薇色ハッピーエンド”まで、もう一悶着、あるとかないとか――……。
<完>
=======================
◎あとがき
最後までまでお読みいただき、ありがとうございました!
カクヨムコン参加作品なので、よければ
ブクマや★で応援して頂けるとすっごく嬉しいです。
(★3個が大喜びですが、★1個でも嬉しい……!)
また、それとは別なのですが、
後日番外編の投稿を考えています。
近況ノートで読みたい番外編のリクエストを
こそっと募集していますので、気になる方がいましたら
ぜひ12/29の近況ノートへ……。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いですˊᵕˋ*
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