第15話 広報活動を始めましょう

「ええ、広報活動です」


 まだ居座りたそうな両親を家に帰らせ、コーデリアは机を挟んで座るアイザックとジャンを見た。


(さて、どう説明すればいいかしらね……)


 窓から差し込む西日を眩しそうに見ながら、コーデリアは手の中の羽ペンを握る。

 今から聖獣や魔法というようなファンタジーな話ではなく、いたって“実務”的な話を始めようとしていた。


「どういう方法で大聖女が決まるかは今審議中だと思いますが……恐らく、王家が聖女を指名する、と言うことは、ないのでしょう?」


 聞くと、アイザックがその通りとばかりにうなずく。


「恐らくそれはないだろう。我がエフォール家と結びつきが強い君を選んだとなると、王位を狙う者が納得しない。下手すれば、ヒナ殿を担ぎ上げて反乱を起こされる可能性もある。そしてヒナ殿は……」


 言い淀むアイザックの言葉を引き継ぐように、ジャンがのんびりと、けれど辛辣に言った。


「あの陛下が、ヒナとかいう奴を選ぶ気がしないな。どう見ても幼稚すぎて王妃のタマじゃない」

「そう、ジャンの言う通り、国王陛下はどちらも選べないのが本音なのだと思いますわ。そうなると最終的に考えられるのは多数決ですわね」


 多数決、投票、選挙……色々な言葉があるが、どれも意味することは同じ。“人が人を選ぶこと”だ。


「なので私たちは貴族平民問わず、なるべく多くの人心を掌握する必要があると思いますの」


 選択権、もとい投票権を持つのが仮に貴族のみだったとしても、貴族が王国民の声を全て無視することはできない。国民一人一人の声は微々たるものでも、それが一丸となって押し寄せてくれば、国がひっくり返る革命が起こることがあるのは歴史が証明済みだ。


 だから、とコーデリアは続けた。


「まずは、王国民の皆さまに“コーデリア”と言う聖女を認識してもらおうと思います」


 言いながら、目の前に広げられた紙に“ヒナ”と“コーデリア”の二つの名を書き加えていく。


「民衆の間では既に、ひなが聖女であるという認識が広まっていますわ。後から現れた私は、何か印象的なことを行わないと、名前すら覚えられない可能性があります」


 玉座を狙う一部の野心的な者はともかく、王選びも聖女も、せいぜいよもやま話として面白おかしく話すぐらいだと思っている庶民にとっては、一人目の聖女も二人目の聖女も大差ない。


「だから、皆さまの記憶に残るような強烈な催しをしてまずは名前を覚えてもらう。それが私の言う“広報活動”ですわ」


 そこまで言ってコーデリアはアイザックを見た。じっと話に耳を傾けていた彼が、同意するようにうなずく。


「一理ある。その上で、民心を掴めるような催しにしなくてはいけないのだろう」

「ええ。名有りて実無し名前ばかりで肝心の中身が伴っていないでは意味がありませんもの」


(それにしても、まさかここに来て、前世の経験が役に立つとは思いませんでしたわ)


 選挙というと重々しい響きに聞こえるが、昨今、アイドルだって選挙という名の人気投票を行う時代。人気を得るために欠かせないものは何か。自分を知ってもらうことだ。人となりを知り、共感してもらい、あるいは憧れてもらう……方法はさまざまだが、ひとまず存在を知ってもらわないことには始まらない。これでも前世は広報部。さらに社内タレントであるひなのマネージャーとして、出演交渉やイベント企画運営などもかじっていた。


(どうせなら自分じゃなくて殿下をプロデュースしたかったですけれど、贅沢は言っていられませんわね)


 幸いコーデリアの家は公爵家であり、予算は潤沢。両親は大丈夫かと心配したくなるほど娘に甘いため、やりたい放題なのも確定している。


「それで、具体的に何をするつもりなんだ? その様子だと、もう何か案あるんだろ」


 コーデリアが何かを企んでいることに、ジャンは気づいているらしい。


「ええ。と言っても、最初は王道で攻めようと思っていますの。――貴族の嗜み、慈善活動です」

「「慈善活動?」」


 不思議そうな顔をする二人に、コーデリアはうなずいてみせる。


「まずは来たるべき日に、来たるべき場所で、私との握手会……じゃなくて、聖女の治療会を実施しようと思います。そこでは身分を問わずどなたでも、身体に不調を抱える者であれば私が無償で治療いたしますわ」

「なるほど、確かに慈善活動だな。だが、それならば修道院や施療院への訪問はしなくていいのか?」


 アイザックの疑問に、それはもちろん、とコーデリアは答えた。


「追々行くつもりです。ですが修道院や施療院の場合は、対象はあくまでその施設にいる方のみ。対して開かれた治療会なら、興味がある人ならどなたでも来られますでしょう?」


 ターゲットは全王国民。よりたくさんの人物にアプローチできる方法を選ぶのは必須だ。


「加えて、今回は裏技として告知新聞も配ろうと思いますの」

「なんで告知新聞が裏技になるんだよ。普通に配ればいいじゃないか」

「ええまあ、うん、それはそうなんですけれど」


 ジャンに突っ込まれてコーデリアは咳払いした。


 新聞社と連絡をとりあう場合、基本的に無料で記事を掲載してもらうのが広報の仕事。それをすっ飛ばして最初から広告というのは、コーデリアにとっては裏技も同然だったのだ。


(でも広報の目的はお金をかけないことではなく、よりよい方法を見つけることですものね)


 お金をかけた方が効果的なら、それを止める必要はない。


「とにかく、今回は金貨で殴打作戦と行きますわよ! 治療会の告知と一緒に、“聖女コーデリア”を皆さまに知って頂きましょう!」

「いちいち言葉選びが物騒だな。今度は誰を殴る気なんだよ」

「微力だが、私の私財からも支援しよう。存分に殴ってくれ」

「いや殿下もそのノリに乗るんですか!?」

「まあ! とてもうれしいですわ!」


 ついていけない、とばかりに顔をしかめるジャンには構わず、コーデリアは手を合わせて喜んだ。


「そして一度目の開催後は、反響と実際の手応えを見て『大好評にお答えして第二弾を開催!』と銘打って今後も定期的に続けるつもりです。その合間に、修道院と施療院を回るつもりですわ」


 定期開催と聞いたアイザックが、ぴくりと反応する。


「定期的にしてしまってよいのか? 一度ならず二度三度行うとなると、それは仮に大聖女が決定した後、今度は公務としてのしかかってくることになるぞ」

「構いません。それでこそ貴族の嗜みですもの」


 さすがに短いスパンでの開催は厳しいが、そこは無理のないペースで続ければいいだけ。ある意味これも貴族の義務ノブレス・オブリージュと考えれば、大聖女とは関係なくコーデリアにとってはやるべきことと言える。


 コーデリアがきっぱりと答えると、アイザックはしばし目を瞬かせた後に、感心したように言った。


「その考えは立派だ。婚約者として誇らしく思う」

「ありがとうございます。……照れますわね」


(突然サラッと褒めてくるのって、地味に威力が高いですわよね!)


 コーデリアは急いで手で顔をパタパタと煽った。こんな風に真正面から褒められることに慣れていないこともあり、すっかり顔が赤くなってしまっている。


「君の頑張りに負けないよう、私も僅かながら手伝わせてもらおう。貴族たちの動向調査は私に任せてくれ。また、全国の施療院と免許持ちの水魔法使いには、私のエリクサーを支給する」

「「エリクサーを!?」」


 その言葉に、コーデリアだけではなくジャンも声を上げた。


 エリクサーとは、賢者称号の水魔法使いだけが作れる万能薬だ。全ての病気を治すわけではないのだが、非常に広い病気や怪我に効果のある、ありがたすぎる薬だった。しかも『私の』と言うことは、アイザックが直々に製造したものを配るつもりらしい。

 ジャンが慌てたように確認した。


「殿下……。全国って、相当の数になりますよ?」

「元々公務の合間を縫って製造した予備のものがあるし、足りないのならまた作ればいい」


 さらりと言ってのけるアイザックに、今度はコーデリアが慌てる。


「それはそうですが、殿下にそんな負担をかけられませんわ!」

「言っただろう、君への支援なんだ。これくらいは協力させてくれ。それに、君もその方が都合がいいだろう?」

「……まあ、確かにそうなのですけれど」


 おそらく、今後コーデリアが聖魔法を大盤振る舞いすることで、施療院を訪れる患者はグッと減るだろう。そうなれば水魔法使いたちは飯の食い上だ。その対策として貴重なエリクサーを支給することで、一時的に不満を抑えようという目論見なのだろう。


「本当に助かりますわ。……その上で、図々しくももう一つお願いをしても?」

「言ってみてくれ」

「王宮の部屋を一つ貸していただきたいのです。警備面から見ても管理面から見ても、王宮で治療会を行うのが一番安全だと思うんですの」

「わかった。聖女に関することは王家にも関わること。私から陛下に各方面で協力を仰げないか聞いてみよう。警備についてはジャンを任命する」


 アイザックがジャンを見た。近衛騎士を務めているだけあってジャンは剣の腕が立ち、騎士団でもかなりの地位についている。


「任せてください。“聖女コーデリアサマ”の護衛は気が向かないけど、殿下の命とあらば」


 聖女の部分を強調しながら、ジャンが立ち上がって優雅に一礼して見せる。


 コーデリアは腕まくりをすると、力強く羽ペンを握った。


「よし! 色々当てがつきそうですし、早速ニュースリリースのラフを書かないとですわね。効果的な見出しと、注意書きも考えないと……」

「“にゅーすりりーす”とはなんだ?」

「あっ! いいえ! ただの言い間違いです! 気にならないでくださいませ、ウフフ……」


 突っ込まれて慌てて誤魔化す。興奮して、つい前世の言葉を使ってしまったらしい。アイザックが瞳を細めた。


「……思えば、君は昔から時たま不思議な言葉を使うことが多かったな。ヒナ殿が、君を“カナ”と呼んでいたことにも関係があるのか?」


 思わぬ質問にコーデリアはとび上がりそうになった。瑠璃色の瞳が、探るようにこちらをじっと見つめていている。


「それ、は……」


(どうしよう……前世のことを話すべきなのかしら……でも前世のことを話すと、下手するとひなの悪口大会になっちゃうわ! それは避けたい)


 口籠もったコーデリアを見て、アイザックがふっと視線を落とす。


「……言いづらいことを聞いてしまって悪かった。聖女にしかわからない何か特別なこともあるのだろう。いつか話したくなったら、その時は教えてくれ」

「殿下……」


(無理強いしてこないあたり、やっぱりお優しい……)


 優しさにときめきながら、コーデリアは心の中のタスクリストにデカデカと『前世の話を悪口にならないようまとめる』と書き加えたのだった。

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