第16話 ケントニス社とヒーローと

「よしっ、それじゃいくわよリリー!」

「はいっ!」


 後日。

 お忍びの馬車の中で、眼鏡をかけてに身を包んだコーデリアは、に身を包んだリリーと顔を見合わせ大きくうなずいていた。その隣には、いつもよりさらに仏頂面なアイザックが座っている。


「――本当に、君たちだけで大丈夫なのか。私はついていかなくていいのか」

「大丈夫ですわ、何かありましたら大声を出しますし、その前に闇魔法をぶっ放してやりますわ。リリーだってこう見えて結構強いのですのよ」


 二人だけで行くと話してから、アイザックはずっとこの調子だ。何も酒場のような危険な場所に行くわけでもないのに、危ない、心配だ、同行させろと言って聞かないのだ。


 けれど王子である彼が同行するとコーデリアの目的が全ておじゃんになってしまうため、なだめすかした末にやっと“馬車で待機している”という折衷案せっちゅうあんに漕ぎ着けたのだった。


「……やはり心配だ。なぜ女性二人だけなのか。せめてジャンだけでも一緒に……」

「若い女性二人だからこそ意味があるのです。それより殿下は絶対ついてこないでくださいね? 私たちが戻ってくるまで、馬車から顔を覗かせるのもダメですわよ?」


 小さな子供に言い含めるように、コーデリアは再度念押しした。彼の顔には不満がありありと浮かんでいたが、一応約束を守る気はあるらしく、渋い表情のまま黙っている。


(と言うか、護衛ならジャンでもいいのですから、王宮で待っていてくださってよかったのに……。こんなに過保護な方だったかしら?)


 以前から優しくはあったが、ここ最近は過保護とも言えるくらいな気がする。


「ふふふ……。殿下は、コーデリアさまのことが心配でたまらないのですね」


 リリーがコーデリアの耳に顔を寄せ、嬉しそうに囁いた。


 彼女はコーデリアが幼い頃からアイザック一筋なのを知っているため、二人が仲良しなのが嬉しくて仕方ないらしい。


 さらにあの一連の騒動で、「聖女ヒナの誘いを男らしく断り、お嬢さまを優先した!」と言う理由で、アイザックの評価が爆上がりしているとかなんとか。


「そうね、とてもありがたいことだわ。……さ、そろそろ行きますわよ。いい? 今からあなたはリリーお嬢さま、私は侍女のコーディよ?」


 後半の言葉は周囲に聞こえないようヒソヒソと囁くと、リリーがしゃんと背筋を伸ばした。元々彼女も子爵家の令嬢で、本物のお嬢さまでもあるのだ。


――コーデリアたちが立場を誤魔化すのには理由がある。


 まず、コーデリアが二人目の聖女に選ばれたことについては御触れが出る前であり、公に言うことができない。それから聖女の情報は機密扱いではないとは言え、軽々しく広められても困る。そう言った点から、重要な情報を任せられるか、慎重に見極めるために変装をすることになったのだ。


(試すようなことをして申し訳ないけれど、できれば今後も末長くお付き合いしていきたいのよね。そのためにも信用に足る人物かきちんと見極めなければ)


 今からコーデリアたちが向かおうとしているのは、ラキセン王国にある新聞社のうちの一つ、ケントニス社だ。


 現状のコーデリアは一応聖女といえど、王家の一員ではないため公式な御触れを使うことはできない(そして御触れとなると制約も多くてめんどくさい)。そうなるとリリース配信、もとい、治療会の告知に必要不可欠なのは新聞社との連携。ノウハウを持つ民間の新聞社と手を組んだ方が手っ取り早いのだ。


 勇んで門をくぐったケントニス社の建物は大きく、壁飾りは漆喰で控えめに彩られて上品さを醸し出している。


 ここはまだ新聞が全て手書きであった頃から脈々と続く、王国最古とも言われる新聞社。格式高く自負も強く、また支援者に数多くの貴族がいるため親貴族派でもある。この後のことを考えるなら手を組んでおいて損はない。


「お話を頂いて驚きましたよ。まさか高貴なお嬢さまが、直接ここへいらっしゃるとは。お二人ともどうぞおかけ下さい」


 来賓室では、品のいい男性が二人、コーデリアたちを待っていた。片方はこの新聞社のトップであり、最高責任者であるケントニス卿。もう片方は部下の若い男性だ。


(確かこの方もヒーローよね? イケオジ枠の)


 功績が認められ、自身も男爵位を賜っているケントニス卿は、いかにもダンディなおじさまという風貌。顔の良さもさることながら品があって落ち着いており、根強いファンが多いのもうなずける。


「それで、お知らせを打ち出したいと言うのは?」


 しばらく世間話をした後、ケントニス卿はおもむろに切り出した。とたん、リリーが背筋を伸ばしてキビキビと答える。


「手紙でも書いた通り、我が家で新たに慈善事業を始めたいと思っております。けれど普通の慈善事業だとつまらないでしょう? せっかくですから、何か変わったことがしたくてご連絡させていただきました」

「なるほど。その“変わったこと”と言うのは何か案をお持ちで? それともその部分での手助けをお望みで?」

「案ならもうあるのです。手伝っていただきたいのはその告知ですわ。それと、可能でしたらどう思うのか、専門家であるあなた方の意見も聞かせていただきたくて」

「告知は新聞に掲載を?」

「いいえ、新聞とは別に広告新聞の配布をお願いしたいのです。治療会への招待状、という体で」


 リリーは暗記してきた内容を、一生懸命説明した。ケントニス社の二人は時折メモしながら真摯に耳を傾けており、コーデリアはその様子をじっと見ていた。


 やがて話が一段落したところで、不意にケントニス卿がコーデリアの方を向く。それからやけにゆっくりとした口調で問いかけてくる。


「……ところで、リリーさまのお話は分かりましたが、そちらにいるは、どうお望みでいらっしゃるのですかな?」


 突然話題を振られてコーデリアは一瞬固まった。それからすぐに動揺を顔に出さないよう、にっこりと微笑む。


「あら恥ずかしい。すっかりお見通しでしたのね」

「貴女のお美しさと高貴さに気づかない方が、無理があると言うものですよ」

「お褒め頂きありがとうございますわ。それではどうか私に免じて、気を悪くしないでくださいませね。今回のお話は、皆さまにこの出立ちで訪問させて頂いておりますの」


 お世辞を流しつつ、言外に「全員こういう対応なので怒らないでくださいませね!」という意味を込めて告げれば、ケントニス卿は百も承知していると言うようにニコニコと返してくる。


「いえいえ、今回は事が事ですからね。事情はわかりますよ。私のによりますと、さる高貴な御令嬢が、前代未聞の二人目の聖女として選ばれ、さらに一人目の方とどちらがより聖女として相応しいかお競いになるのだとか……。そうなると色々表には明かせないことも多いのでしょう」

「……さすがケントニス卿。良いお耳をお持ちなんですのね。お察しの通り、二人目の聖女とやらに選ばれてしまいましたの」


 二人目の聖女の件は、正式な御触れが出されるまでは口外厳禁であると関係者には固く口止めされていたはず。だが、新聞社のトップでなおかつ貴族社会とも繋がりの強いこの人にかかればお見通しなのだろう。


(この様子じゃ機密情報もどこまで握られているかわかったものじゃないですわね……ますますこの方とは今後も仲良くしておいた方が良さそうですわ)


 お互い腹の中を探りながらにこやかに微笑み合うコーデリアとケントニス卿を見て、部下の男性が目を白黒させている。どうやら彼は知らなかったらしい。


「もちろん、我が社はお客さまの秘密をお守りいたしますよ。うっかりこの部屋の外に漏らすような者がいれば、首だけではすまなくなると言っておきましょうか」


 微笑みながら言う彼の言葉に、隣に座っていた部下の男性が震え上がって何度も何度も首を縦に振る。


(そういえばこの方のキャッチコピー、“辣腕腹黒おじさま”でしたわね……)


 穏やかな微笑みこそ浮かべているが、なかなか容赦ない人物であるようだった。





「おかえり。どうだった」


 商談を終えたコーデリアたちを、馬車でおとなしく待っていたアイザックが出迎える。パッと瞳を輝かせた様子は、まるで久しぶりに主人に会えた大型犬のようだ。一瞬彼の背中にしっぽが見えた気がして、コーデリアはゴシゴシと目をこすった。


(……気のせいか、日に日にワンコっぽくなっていないかしら?)


 ゲーム内では真面目で無表情で、それでいて時折見せる「どこか切なさを湛えた瞳がアンニュイでステキ」なんて騒がれていたはずなのだが、ストーリーが変わったことでキャラ属性も変わってしまったのだろうか。


(まあそれも可愛いのですけれど。結局、推しは生きているだけで尊いというやつですわね)


「ええ、詳細はこれから詰めていきますが、貴族階級への告知はここにお任せしてもよさそうですわ。……それと殿下、ケントニス卿はご存知でした。私が二人目の聖女に選ばれたことなど、全部」


 そう言った途端、アイザックの眉がひそめられる。


「息のかかった者が王宮内にいるとは知っていたが、既に知っていたとは。さすがケントニス卿と言ったところか」

「情報漏洩した方を探し出しますの?」

「いや、そこまではしない。口外禁止令の発令に時間がかかってしまったのはこちらの落ち度。今回は見逃す」


 「今回は」と言いながらも、彼の瞳には冷たい光が浮かんでいる。これは“次回”があったら、情報漏洩者は徹底的に洗い出されそうですわね……とコーデリアは思った。


「それより、次はどこへ行くんだ?」

「次は大衆向けのペルノ社と、スフィーダ社にお伺いしようと思っています。そもそも平民向けの治療会となりますから、こちらが本命とも言えますわね」


 貴族向けのお堅い新聞を書くケントニス社と違い、大衆向けのゴシップやお色気などで平民に対して販売部数を伸ばしているのがペルノ社とスフィーダ社の二社だ。どちらもトップにいる人物の灰汁が強いと言う評判を聞いている。


(うまくいってくれるといいのですけれど……少しばかり不安なのですよね)


 それぞれから返ってきた返事を思い出しながら、コーデリアは密かにため息をついた。


――そしてその悪い予感は、図らずしも当たってしまうこととなった。

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