第17話 ペルノ社とヒーローと
次の目的地であるペルノ社は、今最も読まれている新聞社だ。過激な娯楽情報で関心を集め、煽り、楽しませる生粋の娯楽新聞の作り手である。
その内容はいささか眉をひそめたくなるほど過激ではあったが、平民に受けて部数を伸ばしているのは間違いない。今回のメインターゲット層への告知を考えるなら、候補からは外せない存在だ。
――が。
(ううん……どうも苦手ですわね、ここは……。というかよくここで仕事する気になれますわね。全然集中できる気がしませんわ……)
通された来賓室の中には、バロックやロココ、その他色んなテイストをまとめてぶち込んだような、驚くほど装飾過多だった。統一感などまるでなく、目にうるさいことこの上ない。おまけに、ここぞとばかりに並べられた彫像や銅像などが全てこちらを向いているため、たくさんの人に見られている気分になる。
「……で、貴女が今回新聞に載せて欲しいと言っているお嬢さんですかな?」
そのトップであるペルノ氏は、でっぷりとした腹を揺らし、細長く伸びた髭を撫でながら尊大な態度で聞いた。
「……手紙でもお話しした通り、我が家で新たに慈善事業を始めようと言う話が出ております」
ケントニス社で話したことと全く同じことを、リリーが話し始める。コーデリアはその斜め後ろに立って聞いていた。
(ペルノ氏はどうやら、私の正体には気づいていなさそうですわね……)
ちらりとうかがい見れば、彼の視線はリリーに注がれているわけでもなく、ただめんどくさそうに天井を見ているだけ。話を聞く態度としてあまりに失礼ではないかと呆れたその時、ペルノ氏の後ろに立つ若い男性の視線が、真っ直ぐ自分に向けられているのに気づいた。
目が合ったのでとりあえず微笑んで見せると、男性はにこりともせずに、フイと目を逸らす。ムッとしながら、コーデリアは目を細めて彼を盗み見た。
(この方って……確かヒーローの一人でしたわよね?)
長く伸びたダークブラウンの髪は頭の後ろでひとつに束ねられ、前髪で金色の片目が隠されているものの、誤魔化しようのない美貌が覗いている。どこか影のある雰囲気が、かえってぞくりとするほどの色気を醸し出していた。
(……うん、たしか実装予告を見た気がするわ。でも直前に『ラキ花』を封印しちゃったせいで詳しく知らないのよね。確か秘密を抱えているとか書いてあったような……)
なんてことを考えているうちに、コーデリアはとんでもないことに気づいた。
リリーと話しているはずのペルノ氏が、話はそっちのけで、なんと彼女の体を上から下まで舐め回すようにいやらしく見ていたのだ。
(えっ!? うそでしょう!?)
気のせいと思うには長すぎるほど、ペルノ氏の視線がリリーの胸元(とても豊か)に集まっている。彼女は紙に目を落としながら説明しており、気づかないとでも思っているのだろうが、斜め後ろから全て見ているコーデリアには全てまるっと見えていた。
(本当にこれがペルノ社のトップですの!? 闇魔法ビンタしてやりたいくらいですわ!)
叫びたい気持ちをなんとか堪えていると、今度は先ほどの男性がまたもやコーデリアを見ているのに気づいた。その瞳は鋭く、それでいてどこか虚で、知らず背筋がゾクッとするのを感じる。
(この人もこの人でなんだか気味が悪いですわ……。仮に私の正体に気づいたのなら、普通主人に耳打ちぐらいしますわよね?)
男の真意がさっぱり読めず、居心地の悪さだけが増していく。やがて拷問とも思える時間が過ぎて、話を聞き終わったらしいペルノ氏が口を開いた。
「慈善活動、ですか……。なんとも高尚なことで。しかしねえ、ご存知かもしれませんが、我々が売っているのは娯楽情報なのですよ。世の皆さまが、お金を払ってでも読みたいと思うものをお届けしているのでねえ……。もちろん慈善活動も皆さまのためにはなりますよ? なりますが、需要という言葉がありましてですねえ……広告掲載枠にも限りがありますしね」
そのねっちゃりした言い方とねばつくような笑顔をみれば、彼が言いたいことはわかった。告知を載せるなら、もっと金を払えということなのだ。それはトップシェアを誇る新聞社の姿勢としては決して間違ってはいない。事実ケントニス社で出された見積もり金額もなかなかのものだった。
――が。
(絶対にお断りですわよ!)
大声で言ってやりたいのをグッと飲み込み、コーデリアはリリーに耳打ちした。彼女が優雅に微笑んでみせる。
「承知いたしましたわ。それでは、一度帰ってお父さまに相談してみます。お見積もりだけ頂けますかしら」
「ベンノ、用意してやれ」
「かしこまりました」
ペルノ氏が横柄に言うと、後ろの男性がすぐに頭を下げた。どうやらあの男はベンノというらしい。
(名前が似過ぎてややこしいわよ! どっちがどっちだか……もうややこしいから、偉そうな方と、陰気な方って呼び分けましょう)
失礼なことを考えながら、コーデリアたちは陰気な方が用意してくれた封筒を握りしめてその場を立ち去った。
建物から出るなり、リリーがヒソヒソ声……というにはやや大きすぎる声で耳打ちして来る。
「本っ当にあの方……微塵も私の話を聞いていませんでしたよね!? 新聞広告掲載じゃなくて告知新聞配布だって言いましたのに!」
どうやら怒り心頭なのはコーデリアだけではなかったらしい。リリーはなおも続けた。
「返事が返って来たときから鼻につく文章でしたけど、実物にお会いしてさらに嫌いになりましたよ、私」
「わかるわ」
今回の場を設けるにあたって、事前にリリーの名で各新聞社に連絡を取っていた。
その中でペルノ社は「我々は貴族だからと言って特別扱いはしないが、今回だけは貴殿のために時間を作ることも可能であり〜」と、絶妙に鼻につく文章を寄越しており、ある意味こうなるのは想定内であった。
「というか、大衆向けとは言え、本当にあれが売り上げ一位新聞社のトップなのですか? 偉そうなだけで、全然仕事ができる気配がしませんでしたよ」
リリーがぼやけば、コーデリアはもう一度「わかるわ」とうなずいた。
若い女性だから舐められている可能性は大いにあるとは言え、コーデリアたちはお金を持った上客であることは間違いない。
賢い者であれば、それこそケントニス卿のように、持ち上げるだけ持ち上げて気持ち良く大金を落としてもらうのが商売人というもの。
だというのに先程の男は、端からコーデリアたちを見下し、自ら大金のチャンスをふいにしていた。
「経営者として、色々ダメすぎるわよね……。もしかして、実際に仕事をしている人は他にいるのかしら」
(例えばあの陰気な顔をしたベンノ、とか……)
後ろに立つ男の仄暗い瞳を思い出し、コーデリアはまたぶるりと身を震わせた。あの男は何かいけすかない。見た目はよいが、何かが生理的に受け付けない。
「ま、いいわ。ペルノ社がダメだった時のためにスフィーダ社とも連絡をつけていたんですもの。さっさと次に行きましょう、次!」
「はいっ! さっさと次! ですね!」
そういうとコーデリアたちは、また忠犬のように帰りを待つ、アイザックの元へと戻った。
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