3章 二人の聖女

第13話 対立の始まり

「これより、二人の聖女は共に王宮で保護するものとする」


 総勢二十名もの人物が席を並べた“トパーズの間”で、議長席に座った国王が発表した。かたわらにはアイザックをはじめ、宰相や大臣など謁見の間にいた面々がほぼそのまま腰を下ろしている。


 本来であれば、コーデリアやひなのような若い娘は会議に同席することは許されない。だが聖女という肩書きがある場合は別だ。むしろ、“王を指名できる“という権限があるため、なんと恐れ多くも国王の隣に座らせてもらっていた。


(流石に緊張しますわね。こういう場には縁がないだろうと油断していましたわ……!)


 原作のコーデリアはいずれ王妃としてこの席に座る覚悟があったのかもしれないが、今のコーデリアは結末を知っている転生者。婚約破棄される前提で過ごしていたため、完全に無縁だと思っていたのだ。


(それなのに、婚約破棄されなかったどころか、聖女になっちゃうってどういうことですの!? ああもう、聞きたいことは山ほどありますのに!)


 コーデリアはこの場にいないフェンリルのことを考えてギリ、と歯を嚙み締める。


 目の前では、宰相が国王の言葉に同意していた。


「ええ、お二人のうちどちらがとなるかわからない以上、王宮で過ごして頂くのが最も安全かと思います」


 周りの面々も一斉にうなずく。

 そもそも聖女が二人と言っても、現実的に王妃になれるのは一人だけ。否が応にも、聖女もどちらか一人に絞らないといけないのだ。


(だと言うのに、肝心の一人を決める方法が不明って、わけがわからないにも程があるわよ……)


 一連の事件の後、落ち着きを取り戻したフェンリルに、人々は真っ先にそのことを確認しようとした。けれどフェンリルは『あー』とか『うーん』と言うばかりで、一向に的を射た答えを返そうとはしない。


 それどころか、


『そもそも聖女が二人いる事態は余も初めてのこと。それ以上のことはわかるはずもなかろうよ。聖女の魔力が備わっているのなら余はどちらでも構わぬ。お主ら人間たちが適当に決めれば良い』


 と丸投げした挙句、『我は久しぶりに散歩でも行ってくる。呼び立てるでないぞ』と言ってふらりとどこかへ消えてしまったのだ。


 フェンリルは適当に決めればいいなどと言うが、実際どういう判断基準を設ければいいのか誰にもわからない。聖女自体が数百年に一度選ばれる稀な存在である上に、今まで聖女の選択に人の意思は一切反映されず、神にのみ選択権が与えられていたからだ。


 そのせいで、これから勢力争いが起きるのは目に見えていた。聖女ヒナ派と、聖女コーデリア派だ。

 その戦いはここ会議室でも、今まさに火ぶたが切られようとしていた。


「国王陛下、一つ提案があるのですがよろしいでしょうか」

「何だ」


 うやうやしく立ち上がったのは、この国の財務大臣であり、自身も豪商の一家であるラヴォリ伯爵だ。前々から野心家として知られ、聖女が見つかったと発表された際には、その立場を利用していち早くひなに接近した男でもある。


「聖女さま方は東の王宮、西の王宮に分かれて保護されるとのことですが、公爵家の後ろ盾を持つコーデリアさまと違って、ヒナさまは市井しせいのお育ち。王宮や貴族文化に対して何かと不都合も多いでしょう。そこで、よろしければ我がラヴォリ家がヒナさまを全面的にお手伝いいたしたく」


 途端に、緊張した空気が走った。言葉には出さないものの、貴族たちが素早く目線を走らせて周囲の反応を窺っている。


(早くもひな派が現れ始めたわね……!)


 これは端的に言うと、ラヴォリ家がひなの生活をサポート、つまりひなの後ろ盾になると言っているのだ。


 コーデリアは元々アイザックの婚約者であり、先程の騒動でもアイザックとともに立ち回ったことで完全に現王家に与していると思われている(実際その通りだ)。


 それに対し、ひなはアイザックとの結婚を望んでいたものの、彼に拒否され、まだ誰を相手に選ぶか決まっていない。さらに彼女の立ち振る舞いは極めて子供っぽく、老練の狸爺たちに「ぎょやすい」と判断されるには十分だった。


 王位を狙うものからすれば、既に王家と強い結びつきがあるコーデリアを推してもほとんど旨みはないが、まっさらなひなを推すことで、彼女が聖女に選ばれた時に大きな恩恵を受けられる可能性がある。場合によっては自分の息のかかった人間を王として選ばせ、国を牛耳ることも可能なのだ。


 忠誠心より野心の勝るものならば、当然の選択とも言えた。


(ある意味、真っ向からの対立宣言みたいなものよ……)


 動揺を顔に出さないよう気をつけながら、コーデリアはそっと隣に座る国王陛下の顔を盗み見た。おそらく彼女以外にもほとんどの者が――ひなだけ相変わらずぼうっとして興味なさそうだが――国王の発言に注目しているだろう。


「……よかろう。ラヴォリ伯が、聖女ヒナの面倒を見ることを許す」

「ありがたき幸せ」


 今度こそ隠しきれないどよめきが広がった。


 ラヴォリ伯の言い分は一理あるが、その提案を蹴ろうと思えばいくらでも方法はあった。にもかかわらず、国王は認めたのだ。ラヴォリ伯が、王家の推すコーデリアとは対立するひなの後ろ盾となることを。


 そうなると今後、ラヴォリ伯爵をきっかけに、貴族たちも水面下でどんどんひな派とコーデリア派に分かれていくだろう。それはやがて、一般市民にまで広がりを見せるのは確実だった。


「他に聖女ヒナの面倒を見たいものは? ……いないようであれば、次の議題に移ろう。宰相」

「はい。それでは私の方から発表させて頂きます。まず聖女出現からずっと信用できる商人にのみ開けていた国境を、聖女が確定するまでの間、完全に封鎖することとします。次に……」


(ああ、頭が痛い……! 聖獣をどうにかすればおしまいだと思っていたのに、急にこんな面倒な世界線に放り込まれるなんて!)


 次々と繰り広げられる難しい議題に置いていかれまいと一生懸命耳を傾けながら、コーデリアは内心大きなため息をついた。

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