第14話 傾向と対策
「あらお帰りなさい。ねえ見てコーディ、さすが王宮。とっても素敵なお部屋を頂けてよかったわねぇ」
王宮でコーデリアに与えられた一室に入ると、先に来ていたらしい母がおっとりと言った。
「そうね……」
公爵家であるコーデリアの家も相当な豪華さではあったが、やはり王宮ともなると格別。縦にも横にもこれでもかというぐらい広く、一体この一部屋だけで何人入るのだろう。ちょっとした小会議室など目ではない。しかもこれで“クリソコラの間”と言うただの客室なのだから驚く。
今頃ひなも、彼女に与えられた西の“トルマリンの間”に行っているのだろう。大聖女という、新たに定められた称号にどちらかが正式に決定するまで、コーデリアたちは王宮で暮らさなければいけないのだ。
(それにしても、“大聖女”ね……)
コーデリアは小さくため息をついた。
突如聖女が二人現れてしまったが、では王位まで仲良く二分割! なんてことは当然できない。そして聖獣が一度認めた聖女を、今更“一般人”に落とすこともできない。
そのため議会では、新たに“大聖女”という聖女よりも上の称号を作ったのだ。
今後、王を決める権限や王妃の座につけるのは“大聖女”の方。実質、今まで聖女と呼ばれていた存在が大聖女と名を変えただけになる。
「でもよかったじゃないか。これなら、コーディは今後も堂々とアイザック殿下の婚約者でいられるのだろう?」
「まあ、そうなんですけれど……」
言いながらニコニコしているのはコーデリアの父。娘の恋を応援してくれているのはありがたいが、学者肌で政治問題にはとんと疎いため、これからどんなことが待ち受けているかまで考えていないらしい。
コンコンとノックの音がして、アイザックとジャンが姿を現す。部屋に入るなり、アイザックが無表情のまま素早くコーデリアの手を取った。
「大丈夫か? 怪我は? 体の具合は? どこかおかしいところや痛いところは?」
言いながら異変がないかあちこち見て確かめようとするものだから、コーデリアは慌てて押し留めた。
「だ、大丈夫ですわ!」
赤面するコーデリアに、めんどくさそうな声がかけられる。ジャンだ。
「殿下ぁ。聖獣ぶっ飛ばすような怪力が、怪我なんかするわけないと思いますけど」
「私が怪力なんじゃなくて魔力がすごかったと言ってくださる!?」
ギロッとジャンを睨んでから、コーデリアはアイザックに向けて腕を掲げて見せた。
「この通り、ピンピンしていますわ!」
それを見て、アイザックはようやく安心したようだった。
「それより殿下は大丈夫ですの? まだ腕は痛みますの?」
「大丈夫。君が治してくれたおかげだ。ありがとう」
彼にしては柔らかな表情で見つめられて、コーデリアはぽっと赤面した。
一連の事件の衝撃が強すぎて頭がオーバーヒート気味だが、こんな日でも彼は変わらず麗しい。
うっとり見惚れていたら、後ろのジャンがチベットスナギツネのような顔でこちらを見ていた。中指を立ててやろうかと一瞬思ったところで、アイザックが真面目な顔で言う。
「予想外の方向に話が進んでしまったが……コーデリア、君はどうしたい」
真剣な瞳に、コーデリアも気を引き締める。二人は今、とても大事な話をする必要があった。
「確かに予想外でしたけれど、同時にこれはとてつもないチャンスだと思いますの。もし私が大聖女に選ばれれば、問題は全て解決しますもの」
――そう。頭が痛いことが多すぎてつい騒いでしまったが、単純に考えるならこれは大きなチャンス。
もしコーデリアが大聖女になれば、アイザックは王に、コーデリアは彼の妻となれる。ある意味“聖女が来なかった世界”、つまりコーデリアが夢にまで見た薔薇色ハッピーエンドが実現するのだ。
それは彼も考えていたのだろう。わかった上で、念押しするようにアイザックが尋ねる。
「確かにそうだが……君はそれでいいのか。きっと、今までにはなかった苦労を背負うことになる」
「構いませんわ。それが私の望む未来に繋がっているのなら」
力強く答えれば、アイザックもうなずき返す。それからすぐに考え込んだ。
「ならば、次の問題は大聖女が選ばれる方法か」
難しい顔をしている彼のそばで、コーデリアの両親も釣られて難しい顔をしている。思わず「あなた方、ついさっきまで無邪気に手を叩いて喜んでいましたよね?」とは言いそうになるがコーデリアは我慢した。アイザックが続ける。
「幼い頃から常に聖女の存在を意識し、対策も用意してきたが……まさか二人現れるとは思わなかった。その上選ばれる時期も方法もわからないとなるとは」
「そこですわよね……」
コーデリアはため息をついた。そばにいる両親も真似してため息をついているが、「あなた方、本当にわかってらっしゃいます?」とは突っ込まない。
それより、今後の対応だ。
「そもそも、大聖女選びが長引くこと自体もよくないですわ。王選びだけでも十分国内外ともゴタゴタしますのに、大聖女も選ばないといけないなんて……」
「周辺国に知られるのも時間の問題だろう。国境は封鎖したが一時的なもの。それに事が大きすぎて隠し通せるものでもない」
「そうなると、いつどこで誰が攻めて来るかわかりませんわね……。今こうしている間にも着々と準備が進められているのかもしれないと思うと……」
ああ、とコーデリアは嘆いて額を抑えた。そんな彼女を、アイザックが不思議そうに見つめている。
「……随分詳しいんだな。正直、君が戦争のことまで考えているとは思わなかった」
「あ、そ、それはほら、私、勉強しましたから……うふふ……」
彼の指摘を、コーデリアは笑って誤魔化した。
――コーデリアからそんな発言が出るのは、何を隠そう、前世でゲームをやっていたからだ。
とはいえアイザック以外は無課金で適当に遊んでいただけだが、物語の中には王決めのゴタゴタに乗じて、周辺国が攻め込んでくるパターンもある。
大体そういう輩はすぐに聖獣に蹴散らされておしまいなのだが、今回に限ってはラキセン王国最大の強み“聖獣の守り”が上手く発動するか自信が持てなかった。何せ、聖獣が一度は国を滅ぼそうと暴れた上に、聖女も二人現れてしまったのだ。
「今のフェンリルさまは、ラキセン王国を守ってくれるのかしら……」
コーデリアはぼやいた。
圧倒的な力で外敵から国を守る聖獣フェンリル。そのフェンリルを使役できるからこそ聖女と呼ばれ、王を決める権限すら与えられているのだが……。
(使役どころか、先程のフェンリルさま、まったくこちらの言うことなんか聞いてくれそうになかったですわよ)
爆弾発言をぶちこむだけぶちこんで、スッキリした顔で行方をくらました白い獣の姿を思い出す。
「そもそも聖獣ってずっと聖女と一緒にいるものかと思っていましたけど……全くいらっしゃいませんね」
もう一つ、コーデリアは素直に白状した。
本人は散歩と言っていたが、原作ではそんなシーンはどこにもない。フェンリルと言えば常に
(私、ものすごく放置されていますけれど、これが普通なんですの? イレギュラーなことが多すぎて全然わかりませんわ)
「呼んでみても駄目だろうか? 先ほど、ヒナ殿は名前を叫んで呼び寄せていた気がするが」
提案されて、コーデリアは大きく息を吸い込んだ。それから――
「フェンリルさま! いらして下さい!」
……けれど、部屋にこだましたのは彼女の声だけで、一向に聖獣が現れる気配はない。
「駄目みたいねぇ」
「駄目みたいだなぁ」
おっとりと話す両親を尻目に、コーデリアはがっくり肩を落とした。目の前のアイザックもなんとも言えない苦い顔でこちらを見ているし、ジャンに至っては完全にバカにした目をしている。心から一発殴ってやりたいとコーデリアは思った。
「……もしかしたら、今はあちらの聖女さまといるのかもしれません」
言い訳するようにコーデリアは呟いた。と同時に、思い出してしまった。ひなは間違いなく、聖獣を呼び寄せられたことを。
対してコーデリアは、聖獣の居場所すらわからない。
(まずい。急に幸先が不安になってきましたわ……!)
そもそも「聖女になった」と言うのもフェンリルの鶴の一声ならぬ聖獣の一声があったからこそ。聖魔法が使えるだけでは聖女とは言えず、フェンリルの言葉以外にコーデリアを聖女たらしめる要素はない。そもそも、聖女であることにコーデリア自身が一番懐疑的だった。
(考えれば考えるほど落ち込んできますわ……。でもずっと落ち込んでいても意味がありませんわね!)
コーデリアは自らを奮い立たせるために、勢いよく顔を上げる。
「とりあえず、やれるだけのことをやりましょう! まずは私――広報活動を始めるべきだと思いますの!」
「「「広報活動?」」」
コーデリアの提案に、その場にいた者たちの声が重なった。
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