第21話 視察という名のデート

「あっ、来ましたわ! 来ましたわよ、でん……じゃなくて、アイク!」


 大量の告知新聞を積んだ荷車が、広場の噴水前に停まる。それを見て、コーデリアは興奮してアイザックの服をぐいぐいと引っ張った。ちなみにアイクというのはアイザックの愛称で、周りに正体を気づかれないため、今だけこの名で呼び合うことにしたのだ。


「引っ張っているのは売り子か。……あの量だとすぐになくなってしまいそうな気がするのだが」

「ふふ、あれだけじゃないんです。ほら、あそこの馬車を見てください」


 そう言って、コーデリアは建物の陰に隠れるようにしてひっそりと停まった馬車を指さした。

 実はあの中で、リボンに香水をつけて告知新聞に巻きつけるという作業が行われている。ある程度の量が出来上がり次第、また売り子の元へと運ばれる流れになっているのだ。


「香水の香りを少しでも長持ちさせるためか」

「ご名答ですわ」


 香水は時間が経てば経つほど香りは薄まってしまう。変化した香りもいいものだが、なるべく長く楽しんでもらうためには、やはりつけたてが一番なのだと考えた。


「それにしてもさすが大広場ですわね。お休みとは言え、こんなに人がいるなんて……。お祭りでも開催されているのかと思いましたわ」


 コーデリアたちは、王都でも最も人が集まる大広場に来ていた。

 色とりどりの石畳の上をたくさんの人々が踏み歩き、シンボルである大きな噴水の周りには、昼休憩を取る人や散歩を楽しむ人、その人たち目当ての露天商など、様々な人で賑わっている。


 その階段の一角に、二人はこざっぱりとして動きやすいシンプルな紳士淑女服で腰掛けていた。


「この時間帯は馬車の通行を制限して露店を許可しているから、ある意味軽いお祭りみたいなものだ」


 アイザックの説明にコーデリアがうなずく。前世にあった歩行者天国のようなものだろう。


「あっ。もう始まるみたいですわ」


 噴水前に陣取り始めた売り子の男性を見てコーデリアが囁いた。それに応えるように、男性が声を張り上げる。


「さあさ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 先日発表されたばかりの二人目の聖女コーデリアさまが、なんと無償の治療会を開くらしいぞ! 詳細は無料新聞を! おひとりさま一枚まで!」


 手を振りながら朗々とした声で呼びかける様子はさすが売り子。声は喧騒の中でもよく響き、周りにいた人たちが何事かと振り返る。すぐに手に持っている告知新聞に、皆の視線が集まった。


「ただでいいの? ひとつちょうだい」

「面白そうだな。俺にもくれ」


 無料という言葉に釣られて一人、二人やってきたかと思うと、あっという間に売り子は人に囲まれて見えなくなった。元々新聞が娯楽として重宝されているこの時代、中身がどうであれ、とりあえず無料ならばもらっておきたいという気持ちもあるのだろう。


 またその場で広告新聞を読み始める人も多く、コーデリアは固唾を飲んで彼らの反応を見守った。


「へぇえ、治療会。お金はいらないらしい。しかも誰でもいいんだってよ」

「この間ぎっくり腰やっちゃってまだ痛いんだけど、それも治してもらえるのかな?」

「『小さな病気、ささいな不調でも構いません』って書いてあるぜ」

「この優しそうなお嬢さまが治療してくれるってこと? 俺、行こうかな」

「あら、このリボン何かいい匂いがするわ」

「見て、聖女さまの瞳と同じ色なんですって。綺麗な色ねえ」

「ねえこれ騙されたりしない? 治療会で変な壺とか買わされたりしない?」

「へぇ、“コーデリア”って“海の娘”って意味らしいわよ。瞳の色が名前の由来なんですって」

「あたし見に行きたいわ。本当にこんな美人なのかしら」


 各人各様の反応を見せながら、気がつけば周囲はみな聖女コーデリアの話題でいっぱいになっていた。告知新聞はあっという間に在庫がつき、補充されてもまたすぐさまなくなる。今や手に入れようとする人たちで列まで成している。周りを見渡せば、皆が新聞を覗き込みながら何やら楽しげに話していた。


「ひとまず、新聞は大成功というべきじゃないか?」

「ええ、私もそう思います!」


 そっと囁いてくるアイザックに、コーデリアは嬉しそうにうなずいてみせた。


 コーデリアには二人目の聖女という、ある意味では最強のネームバリューがある。話の持っていき方さえ間違えなければそれなりに話題になるだろうとは思っていたが、蓋を開けてみれば期待以上の反応だ。


 それから二人は、事前にスフィーダから聞いた売り子のいる場所を巡った。やはりどこに行っても人々はみな告知新聞を持っており、王都全体が聖女の話題で盛り上がっていると言っても過言ではなかった。


「やはり大盛況になったな」

「こうなると予想していたんですの?」


 コーデリアが意外そうな顔で尋ねれば、アイザックがうなずく。


「あの新聞の出来は素晴らしかった。文章には人柄が出るというが、読んだ人たちも皆感じていたと思う。『聖女が自分に、気遣いと思いやりを以って語り掛けている』と。――告知新聞だけで、君を好きになる人が出てくるかもしれないと思ったほどだ」


 べた褒めである。思わずコーデリアは顔を赤らめた。


「殿下にそう言ってもらえるなんて、光栄ですわ。皆様にも好評みたいで安心しましたが……」


 コーデリアはいったんそこで言葉を切った。


(というより、想定以上の効果が出ている気がしますわ。これはもしかしたら大変なことになるかも……)


 会場である王宮まで来られる範囲は限られているとは言え、それでも王都には馬鹿にならない人口がいる。同じことを心配したらしいアイザックがコーデリアに問いかけた。


「……当日、人が来すぎて対処しきれない可能性は?」

「可能性は……ありますわね。一応、状況によって入場制限を設けるとは書いてありますけれど……」


 告知新聞には、人が来すぎた場合に備えて『重病人や老人、子供、妊婦を優先する』という注意書きなども書いてある。が、それで十分かどうか、コーデリアは心配になってきた。


「……もう一度、警備人数の見直しをした方がいい気がしてきましたわ。それから殿下、一人で対処しきれなかった場合に備えて、水魔法の使い手を増員しても? あと……」

「今の私はアイクだ、コーディ」

「あっ! そ、そうでしたわね、アイク」


 コーデリアは慌てて呼びなおした。アイザックの魔法が発動しているとは言え、周りにはたくさん人がいる。何かのきっかけで、正体がばれてしまう可能性もゼロではなかった。


「ここで話をするには人が多い。……行こう、いい場所を知っている」


 アイザックはコーデリアの手を取ると、その場から歩き出した。

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