第3話 幼少期と『ラキ花』と

「コーデリアさま大丈夫ですか!? 誰か、誰かー! お医者さまをお呼びして!」


 突然叫んで頭を抱えてしまった加奈、もといコーデリアを心配して、ばあやが医者を呼びに飛び出していく。その声を聞きながら、コーデリアは再度がっくりとうなだれた。

 

(知っている……この世界……いや知っているなんてものじゃない……)


 彼女がまだ加奈だった頃、とあるアプリゲームに猛烈にハマった。それが『ラキセンの花』、通称『ラキ花』で、中身はファンタジー色強めの乙女ゲームだ。


 主人公エルリーナは、ある日突然ラキセン王国の守護神・聖獣を従えられる聖女の力に目覚める。聖女の力は絶大で、なんと次代の王を決める権限すら持っていた。

 そんなエルリーナに、ヒーローたちは王の地位を狙って擦り寄ってきたり、あるいは反発したりと様々な姿を見せていく。同時に聖女を排除しようとする派閥もあり、その中でさらにヒーローたちとの交流が生まれ、やがて愛に目覚める……という内容だ。キャッチコピーは『真実の愛を見つける物語』。


 とにかく美しいビジュアルと結構な数のヒーロー(しかもアプリだからどんどん追加される)が功を成し、『ラキ花』は元々ゲーマーである加奈だけではなく、ゲームとは無縁だったひなまで遊ぶほどだった。


 その中で加奈はヒーローの一人、水魔法使いのアイザック王子に一目惚れし、バイト代を全て注ぎ込んだ過去があった。


(ああ〜思い出した……。抽選で一名に当たるアイザックさまの等身大パネルが欲しくて、百枚ぐらいCD買ったのに当たらなかったんだよね……。しかも一枚だけ応募したひなが当たって自慢されたんだ……。さらにひな、思ったより大きくて邪魔だからって、速攻バラバラにして捨てていたんだよね……)


 集積所のゴミ袋からうっすらと透けて見える無惨なアイザックの姿を思い出し、じわ、と涙がにじむ。


 抽選で当たるかどうかの運なんて、ひなのせいじゃないことぐらいわかる。わかるが、加奈はあまりのショックに、その後『ラキ花』の一切を封印してしまったのだ。


(バカバカしいってわかっているけど、アイザックさまをひなに取られた上、ポイ捨てされた気分になったんだった……)


 今が幼女で、涙腺のコントロールができないからだろうか。思い出せば思い出すほど悲しくなってきて、コーデリアはしくしくと泣いた。


「……どこか痛いの?」


 だから突然聞いたことのない男の子の声がして、コーデリアは飛び上るほど驚いた。

 泣くのも忘れて声がした方を見ると、そこにはいかにも『ラキ花』の貴族っぽい服に身を包んだ、無表情な男の子が立っていた。


 ラピスブルーとも呼ばれるサラサラの青髪に、少年とは思えないほど理知的な光をたたえた瞳。目鼻立ちは上品でありながら甘く、その顔は絵画に出てくる天使のようで――。


(ってアイザックさまの幼少期だこれ!)


 クワッと目を見開いたコーデリアに、アイザックがびくっと震える。


 忘れられるわけがない。この『アイザック王子〜幼少期ver〜』のスチルとストーリーを手に入れるために、加奈は一ヶ月間もやし生活になったのだ。


(ああ、七歳のアイザックさまに会えるなんて感動……。婚約者だから、お見舞いに来てくれたのかな? 悪役令嬢は嫌だけど、これはこれで最高かも)


 即座にアイザックの年齢を思い出せるあたり、好きな気持ちは今でも変わらないらしい。


――今の加奈、こと、コーデリアは、アイザックルートでライバル役として出てくる悪役令嬢だ。


 表向きはツンケンとした高慢キャラで、アイザック王子への愛が重すぎる故に、聖女を排除しようとした過激派でもある。紆余曲折あって王子の気持ちを知り、聖女に敵わないことを悟ると、最後はアイザックにビンタを一発お見舞いして自ら行方をくらませてしまう。だが、かつての加奈はどうしてもこのキャラが嫌いになれなかった。むしろ同情していた。


『あなたがいなければこの国に混乱は訪れず、アイザックさまは王に、わたくしは妻に、みんなが幸せになれましたのに……』


 そう涙ながらに語るコーデリアの姿は胸に来るものがあった。実際、聖女が見つかったことで国は玉座すら揺るがす大混乱に陥ったのだから、言い分もわかる。


「……大丈夫?」

「はいっ! 大丈夫です!」


 回想にふけっていたコーデリアは、またもや間近で聞こえてきた声に驚いて飛び上がった。いつの間にかアイザックがすぐ隣まで来ていたらしい。無表情のまま、彼がぽそりと呟く。


「元気そうで良かった。階段から落ちたと聞いていたから……」


 王子として厳しく育てられてきたためか、それとも生真面目な性格のせいか、アイザックは表情を出すのが苦手で、常に無表情だ。それゆえ「冷たい」と勘違いされやすいが、実はとても優しい子だった。今だって、コーデリアを心配してわざわざ訪問してきてくれている。


(そう……アイザックさまは幼い頃から優しくて、しかもいい子なんだよね)


 本来であれば寝ていても王になれたはずなのに、聖女が現れたことで王の座は彼の手から離れた。さらにはゲームの賞品のように、男なら誰にでもチャンスのあるものとなってしまった。にも関わらず、彼は一言も文句を言わなかったのだ。


 ただ淡々と、


「私は自分の成すべきことを行うだけだ。その結果選ばれないのであれば、元々私は王に相応しくなかったと言うこと」


 と言ったのだった。


 その言葉通り、黙々と民のために政務をこなしながら自分にできる努力を重ねるアイザックの姿は、高潔でかっこよかった。


 当然、聖女が惚れてしまうこともあるのだが、アイザックもただでは聖女に乗り換えない。幼い頃からの婚約者であるコーデリアを大事にしたい気持ちと、止められない聖女への想いに、苦悩するシーンが多く出てくる。


 悩むアイザックのスチルはそれはもう麗しく、一時期壁紙に設定していたほど。……とはいえ結局聖女を選んで婚約破棄してしまうし、そのせいで人気はイマイチだったりするのだが。


「あら、いらしていたのですかアイザック殿下! 申し訳ありません、お嬢さまは今目覚めたばかりで」


 そこへ、医者と両親を連れたばあやが戻ってくると、コーデリアはすぐに揉みくちゃにされて彼を構う余裕がなくなってしまった。アイザックもそれを察したのだろう。一通りの挨拶だけ済ますと、早々に立ち去ってしまう。


 それを名残惜しく見ながら、コーデリアはふとあることに気づいた。


(待って。もしかして……もしかしてだけど、聖女がアイザック王子ルートを選ばなかったら、私が婚約破棄されることもなくなるんじゃない!?)


 なんせ、このゲームは某数十人いるアイドルばりにヒーローの数が多いのだ。王子に騎士に魔法使いに隣国の王子に暗殺者にとテンプレから始まって、庭師や音楽家や芸術家、挙げ句の果てにショタにイケオジまでいる。数が増えれば増えるだけ、アイザックルートが選ばれる確率は減るというもの。


 ちなみに他のヒーローが聖女に選ばれた場合、アイザックがいる現王家は全員強制的に公爵家へと落とされてしまうのだが、元々現王家も前の聖女に選ばれたことで始まっている。その際に王家から公爵家へと落とされたのが、コーデリアの生まれであるアルモニア家だったりする。だから現王家にとっては、時が巡って自分たちの番が来たくらいの認識なのだと、ゲーム内で説明があった。


(つまり、聖女がアイザックルートを選ばなかったら、私はこのままアイザックさまとの薔薇色ハッピーエンドを迎えられるんじゃ……!? ああ、お願いします聖女さま! どうかアイザックさまを選びませんように!)


 コーデリアは祈るようにグッと両手を組み、まだ見ぬ聖女に向かって祈りを捧げた。


――けれども彼女の期待する“薔薇色ハッピーエンド”は、二回目の人生開始早々に打ち砕かれることとなる。

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