第9話 陛下、ご乱心――?

 謁見の間。国王陛下は開口一番、威厳を感じさせる低い声で言った。


「――では、話の経緯を聞かせよ。一通り聞いているが、改めてお前たちの口から聞きたい」


(あらっ! これは意外と、まともにお話ができそうですわね?)

 

 国王を見つめたまま、コーデリアは嬉しい驚きに目を輝かせる。


 大変失礼ながら、てっきり国王はひなの魅力にやられ、「なぜ聖女との婚姻を拒否するのだ?」と責めてくるかと身構えていたのだ。けれどアイザックとよく似た青の瞳は静かに輝き、そこにはしっかりした理性が覗いている。


 赤い絨毯が敷かれた謁見室では、玉座に国王陛下が一人で座り、傍らに宰相や大臣など錚々そうそうたる面々が立っていた。


 それもそうだ。第一王子の婚姻というのは国の命運に関わる事であり、さらに聖女とアルモニア公爵家の両方が関係しているときた。


 面々の中には、明らかにハラハラした顔のコーデリアの両親も混じっている。学者肌の父と生粋のお嬢さまである母は、おっとりとして権力欲とはほど遠いものの、その分情に厚い。今日も娘が何やら面倒ごとに巻き込まれていると知って、血相を変えてやってきていた。


 そして国王陛下と対面するようにコーデリアとアイザックが、さらに少し後ろに、聖女らしい白くて清楚な雰囲気の漂う聖女服を着たひなが立っていた。


「父上、私が説明いたします」


 コーデリアの横に立っていたアイザックが、一歩前に進んで口を開く。


「ご存知の通り、私は幼少の頃からアルモニア公爵家の長女、コーデリア嬢と婚約しています。私はこのまま彼女と婚約を続け、正式に妻として娶るつもりです」


(妻として娶る! なんて素敵な響きなのかしら……!)


 そんな状況ではないにも関わらず、コーデリアの口からくぅっと声が出てしまいそうになる。いけない、ここは大事な場だから我慢しなくては……などと思っていたら、彼女の後ろから「何なのよ」と言う刺々しい小さな声がした。ひなだ。


「そこへ聖女殿から私と婚姻を結びたいと言う申し出があり、私はそれを断りました。ですが聖女殿は納得せず、このような場を設けることになりました」


 はっきりきっぱりすっぱり、余計な感情を挟まず、アイザックが淡々と説明する。まるで、部下が上司に報告する時のような事務的な言い方だ。


 ちなみにアイザックいわく、国を滅ぼすと脅された話は極力しない方向で行くらしい。「他の人たちを、いたずらに不安にさせるような話は聞かせたくない」と言うのが彼の言い分だった。


「ふむ……」


 彼の話を聞き終えた国王が、豊かな顎髭を撫でて考え込む。


「アイザックよ、ひとつ聞こう。知っての通り、聖女と結婚したものは次代の王になれる。お前は幼少の頃より王となるべく励んできたし、お前が聖女と結婚することで我がエフォール家も王家のままでいられる。にも関わらず、お前は何故聖女ではなくアルモニア公爵令嬢を選ぶのだ?」


(まあ、そう来ますわよね)


 コーデリアは心の中で同意した。

 元々コーデリアとの婚約は、彼女がアルモニア公爵家の血筋であるのと、賢者称号を持つ闇魔法使いだからと言うのが大きい。けれど、それを含めたとしても、間違いなく聖女と結婚した方がではあるのだ。


 国王の言葉に負けじと、アイザックが口を開く。


「父上、逆にお聞きしたい。確かに王位や王家は大事ではありますが、そのようなことで長年支えてきてくれた婚約者を裏切り、聖女の手を取るような不誠実な者に民がついてくるとお思いですか? 私はそんな王を信じられませんし、そんな王になりたいとも思いません」


(あらっ! こちらも結構な勢いで切り返してきましたわね!? 相変わらず原作のご自分を全否定ですわ!)


 ちなみに原作では、アイザックが聖女の手を取った後民の心に変化はなく、むしろ祝福されてハッピーエンドを終えている。が、この話はコーデリアにとっては都合が悪いので、できれば黙っておきたい……と思ったその時だった。


「ついていきます! だって、そう言うふうにできているんです!」


 それまで後ろで見守っていたひなが、いともあっさりと明かした。


「みんな祝福してくれますし、私たちの結婚はハッピーエンドが約束されているんです。なのに、アイザックさまだけなんですよ? そんな風に聞き分けがないのは」


(聞き分けがないのはどっち!?)


 クワッと、コーデリアは非難を込めてひなを見る。

 今までおとなしかったコーデリアのそんな反応は初めてだったからか、ひなは一瞬怯んだ。が、すぐに気を持ち直したようにアイザックを見る。コーデリアも慌てて淑女らしく表情を正した。


「だから、ね? アイザックさま、もう一度考え直してください。国王さまも民も、みんな望んでいるんです。アイザックさまとひなの結婚を。決心がつかないなら、ひなとデートに行きましょ? きっとイベントが足りないんだと思うの。二人の仲を深めるためのイベントが……」


 早口でまくし立てるひなの顔には、もはや狂気が浮かんでいた。黙って成り行きを見ていた人たちもうっすらとその気配を感じ取ったのだろう。あちこちでヒソヒソと囁き合う声が聞こえ始める。


「国王さまも、アイザックさまに言ってあげてください。国王さまの命令なら、アイザックさまも逆らえないでしょ?」


 周囲の反応には構わず、ひなが今度は国王に向かって言った。


 これは、ひなの昔からの得意技だ。自分で説き伏せるのではなく、周囲(の男)を味方につけて望みを叶えるのだ。


 けれど、今まで百発百中成功していたその技は、不思議と今は効果がないらしい。国王は深いため息をついて、指で眉間を押さえていた。

 

 そんな国王の代わりに、アイザックが口を開く。


「……聖女殿には何度も言ったはずだ。例えどれくらいあなたと過ごそうとも、私はあなたを好きになることはない。私の心はすでにコーデリア、ただ一人に捧げられている」


 いったん言葉を切り、それから決意したように続ける。


「何より、私は彼女を愛している。どんな理由をつけようとも、この気持ちに勝るものはない」


(うっ! ずるいですわ、こんな時にそんなことを言うなんて……!)


 コーデリアは胸を押さえた。突然言われたとんでもない言葉の威力を受け止めきれず、呼吸が荒くなってしまう。


「でも! その人と結婚したらアイザックさまは王様になれなくなっちゃうんですよ!? アイザックさまを王にできるのは、ひなだけなんですよ!?」

「……ならば私には資格がないのだろう。王位より、彼女を失う方が怖い」


 ぽつりとそう漏らした彼を、ひなが真っ青になって見つめていた。ついに彼女も悟ったのかもしれない。――アイザックの心が、ひなに全くないと言うことに。

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