第8話 ウォーミングアップを始めましょう
後日、よく晴れたある日。
魔法学園の魔法鍛練用に作られた特別教室で、コーデリアは男子のような、ズボンにシャツ一枚という出立ちで立っていた。長い髪は三つ編みにして、今は背中に流してある。
「――っふう! もうだめ、これが限界だわ」
手の中の魔力を解放してだだっぴろい部屋の床に座り込む。ツゥとコーデリアの頬を汗が伝った。
「お嬢さまお疲れさまです。以前より目に見えて魔力が増えていましたよ!」
若草のようにみずみずしい緑のおさげを揺らしながら、侍女服に身を包んだ乳母姉妹のリリーが駆け寄ってくる。その後ろでは騎士の制服に身を包み、顔に「なんで俺がここに」と書いてあるジャンが、壁にもたれかかって立っていた。
「本当? 嬉しいわ。頑張ったかいがあるわね」
「さすがお嬢さまでございます! いつも見事な魔法っぷり……惚れ惚れします」
水差しとタオルを差し出しながらうっとりと頬を赤らめるリリーに、コーデリアは苦笑いする。
今コーデリアが行っていたのは魔力増強鍛練で、鍛練中は体の周りに魔法のオーラが漂う。火属性の者であれば紅のオーラが。水属性の者であれば蒼のオーラが。
つまり闇魔法使いであるコーデリアの訓練中は、ドス黒い闇のオーラが漂っており、正直あまり美しい光景とは言い難い。というか思いっきり禍々しいのだが、リリーはそれすらも「かっこいいですわ!」と褒めてくれる、主人愛の強い子だった。
「いやどう見てもドス黒くて不気味だろ」
「ジャンさまは黙っていてください! あれほどまで深い闇色はもはや芸術の域ですよ!?」
ジャンの言葉にリリーがすかさず吠える。
「いいのよリリー。一理あるから気にしないわ。それよりジャン、あなたサボっていないで殿下のところにいなくていいの?」
「サボってるわけじゃねえ! その殿下の命令で、これでもお前を護衛しに来てるんですけど!?」
「あら、護衛など大丈夫ですのに……。そもそもジャン、あなた私より弱いじゃない」
「そうですよ。お嬢さまに勝てるようになってから出直してきてください」
「お前らなあ……」
散々な態度をとる主人と侍女に、ジャンは大きくため息をついた。
「言っとくけど、コーデリアが規格外すぎるだけで俺も立派な賢者魔法使いだからな!? あと剣の腕は俺の方が上だから!」
「まあそれはそうなんですけど」
「お嬢さまは特別な、オンリーワンですからね!」
ジャンを丸無視して、リリーがふふんと鼻を鳴らす。――ジャンの言う通り、コーデリアは一人だけ規格外の才能を持っていた。
『貴女が努力したら努力した分だけ、報われる世界に連れて行きましょう』
女神の言葉に初めは半信半疑だったが、試しに勉強をしてみてびっくり。学んだら学んだ分だけ、するすると頭の中に吸収されていったのだ。
前世では一度覚えたものでも日にちが経つと忘れてしまうことが多く、何度も何度も繰り返し学んでやっと覚えていたことが、今は一度見ただけでするっと覚えてしまう。
そして勉強と同じく、魔法においてもその特性は遺憾なく発揮された。
普通の人は大体魔力の上限とも言うべきものが決まっているのだが、コーデリアにはそれがなかった。つまり鍛練を行えば行った分だけ魔法が磨かれ、魔力も増えていく規格外の化け物だったのだ。
当然、魔法学園では常に首席をキープ。優等生中の優等生である。
(とはいえせっかく鍛えても、肝心の闇魔法の使い道が本当に少ないのよねぇ)
魔法というのは属性によって個性がかなり違う。
火魔法は攻撃寄りだが、火を起こしたり生活でも活用可能。水魔法は体内の水を司り、他にはない治癒ができる。風魔法は手紙を運んだり荷物を運んだりと、とにかく便利。土魔法は農耕で大活躍し、欲しい人材ナンバーワンと名高い。
これら四元素の魔法を使える人間は、人口のおよそ二割から三割ぐらいの確率で生まれる。さらに遺伝する確率も高いため、魔法継承目的の婚姻も数多く行われていた。その代表格が貴族たちだ。
そして魔法を使える人間の中からさらに低確率で――数字で言うなら天文学的数字以下の確率だとかなんとかで――ごくごく稀に、聖魔法使いと闇魔法使いも生まれた。
聖魔法は奇跡とも呼べる治癒魔法が使え、水魔法には治療不可能な病気や、失った身体の一部ですら再生できるのだという。そのため聖魔法を使える者は発見され次第、国が保護という名の下に囲い込んでしまうのが通例だ。
対して闇魔法はと言えば……。
(実は破壊以外、何もできないのよね……)
はあ、とコーデリアはため息をついた。
闇魔法は純然たる攻撃魔法。できることと言えば、ひたすら物を破壊するだけ。仮に、今ここでコーデリアが林檎大ほどの大きさの闇魔法を発動させた場合、周囲百メートルほどが消し飛ぶだろう。
当然、ものすごく危険かつ凶悪な魔法であるわけで。闇魔法使いが一人いるだけで、戦争の勝敗が決まると言われているぐらいだ。
そして過去には、その凶悪な力をもって、国の乗っ取りだとか、世界征服だとかを企んで「魔王」扱いされた闇魔法使いたちもいたわけで……。
だから聖魔法とは違う意味で、闇魔法使いは常に厳しく管理・監視されていた。コーデリアがアイザックの婚約者に選ばれたのも、危険な闇魔法使いを自国に囲い込もうという狙いがあったからだと聞いている。
(とは言え、ようやく出番が回ってきそうですわ。闇魔法なら、ものすごく鍛えれば聖獣もぶっ飛ばせるかもしれませんし! ……歴史ではことごとく聖獣や聖女に負けていますけれど、裏返せば互角程度には戦えるという意味でもありますし!)
脳内でポジティブに変換し、一般人相手には危険すぎる魔法を対聖獣で有効活用すべく、コーデリアは今日もせっせと鍛練に励むのであった。
◆
アイザックから再び連絡が来たのは、それから一週間後だった。
いつものように特別教室にこもっていると、どこからともなく一羽の小鳥が羽ばたいてきた。そのまま目の前で、手紙へと姿を変える。青い封蝋には第一王子の指輪印章が押してあり、アイザックからだとわかる。
コーデリアは立ったまま手紙を読むと、すぐに踵をかえした。
「リリー! 急ぎ帰宅の準備をしてちょうだい。すぐにでも王宮に行かないといけないみたい」
手紙には、『話せば話すほど聖女がどんどん意固地になっていった』こと、そして『国王である父までもが引っ張り出されてしまった』ことなどが書かれている。コーデリアを呼び出したのは、国王が直々に、一度話し合いの場を設けたいからという理由らしい。
(なんとなく、そんな気はしていましたけれど……)
着替えながら、前世を思い出す。
ひなは過去に一度だけ、欲しいものを手に入れられなかったことがある。その際全身から怒りのオーラを発しながら暴れ狂う彼女の姿は、暴れ牛ですら可愛く見えるほどだった。今まで何でも手に入れてきた分、望みが叶わないのが許せなかったのだろう。
(確かあの時は……十歳だったかしら? ひなが突然『毎日運転手付き超高級車で学校に送って欲しい』って言い出したのよね)
ひなの実家は比較的裕福だったため、今までも散々ブランド子供服やらピアノやら、加奈から見れば十分すぎるほどの高級な品を与えられていたのだが、流石に運転手付き高級車は話が違ったらしい。
望みが叶わず怒りで荒れ狂うひなと、疲弊しきったおじさんおばさんの顔はいまだに忘れられない。
その後勝手に加奈が“リムジンの乱”と読んでいたその騒動はどうなったかと言うと……ひなが諦めたのだ。両親に望みを叶えてもらうことを。代わりに、どこから連れてきたのか、某大手グループの名誉会長だと名乗るおじいちゃん(後に加奈とひなが就職した企業の会長とは別)を捕まえ、見事、高級車での送迎生活を実現してみせたのだ。
(もうあれは一種の才能よね……。『うちの孫と結婚してほしいのう』とか言われて、信じられないぐらい可愛がられていましたもの)
結局三か月もしないうちに「飽きた」と言って何事もなかったかのように徒歩登校に戻ったひなだったが、その後もおじいちゃんからの至れり尽くせりな支援は続いたという。ついでに孫である御曹司からも猛アタックされていたはずだ。
思えばあの頃からひなは“おじいちゃんキラー”でもあった。そして今、ばっちりその対象年齢に当てはまる男性が一人いる。
(国王陛下、ご乱心されていないといいのだけれど……)
そんな心配をしながら、コーデリアはリリーたちと急ぎ帰路についた。
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