5章 聖女ヒナ
第27話 聖女ヒナと模倣と
「どうしましょうお嬢さま!? これ、お嬢さまが発行した告知新聞にそっくりですよ! リボンや香水まで真似されています!」
「あ、でもリボンは瞳の色じゃなくて髪色みたいですわね。黒の瞳だから黒いリボンも素敵だと思うのだけれど、ひなはあまり好きじゃないのかしら……」
ミルクティーカラー、もとい、やや茶色がかったクリーム色のリボンを見ながらコーデリアは言った。
「いやそんなおっとりしてる場合か。どっからどう見てもこれお前がやった治療会の真似事だろ。いいのかよ」
「そうですよお嬢さま!」
珍しくジャンとリリーが意気投合していることに驚きながらも、コーデリアはのんびりと答えた。
「別に構いませんわ。ケントニス卿から、事前に発行していいか聞かれていましたもの」
「そうなのか!? ……ってことは、殿下も知っていたんですね!?」
ジャンがくわっと目を見開いてアイザックを見ると、彼は涼しい顔でうなずいた。
実は治療会の数日前、ケントニス卿とスフィーダの両者から連絡が来ていたのだ。いわく、ひなの後ろ盾であるラヴォリ伯爵から、コーデリアの告知新聞を真似たものを発行したいと言われたのだとか。
スフィーダの方は「真似っこには、パッションを感じないからお断りだよぉ」と断ったため、その役割をそのままペルノ社が引き継いだのだろう。一方、ケントニス卿は商売人。ラヴォリ伯爵から存分にふんだくった上で、一応コーデリアにもお伺いを立てに来たというわけだった。
「まあ、まさかこれほどまでに一緒だとは思いませんでしたけれど、著作権や専売特許があるわけでもないし、了承したんです」
「……お嬢さまはそれでよかったのですか?」
リリーが不安そうに聞いてくる。
「もちろん、気持ちだけで言うなら真似されるのはすっごく嫌ですわよ。でも先日の治療会、人数制限で治療できなかった人も多かったでしょう? ひなの治療会が開催されるなら、そういう方たちにとっても助かると思ったのよ」
「それは……確かにそうですね……」
「ただ、殿下まで巻き込んでしまう形になってしまったのは申し訳ないですわ……。お仕事を増やしてしまいました」
しゅんとしながらコーデリアは言った。
ラヴォリ伯爵は、「聖女コーデリアの催しを手伝っているのなら、当然聖女ヒナの催しも手伝っていただけますな?」と、アイザックに協力を迫ったのだと言う。
ただでさえ彼には負担を強いている上に、口実を作る原因にもなってしまったことがひたすら申し訳なかった。
そんなコーデリアの罪悪感を払うように、アイザックが穏やかな口調で言う。
「構わない。前にも言ったが、聖女に関することは王家にも関わること。ラヴォリ伯爵が何かを仕掛けてくるのは時間の問題だと考えていたし、むしろ他に無茶ぶりをされる可能性が減った分助かるくらいだ」
「殿下……!」
フォローにキュンとしたところで、コーデリアはハッとしてジャンを見た。アイザックが動くということは、ジャンも駆り出されるということ。仕事を増やしてごめんなさい、と謝ろうとしたところで、彼が平然としているのに気づいた。
「あ、あら……? てっきり不満を言われるかと思ったのですけれど、その様子だと怒っていないようね?」
「それくらいの仕事は覚悟の上さ。……それに、聖女コーデリアサマがあれだけ頑張ってるのに、俺が文句言っていられるかよ」
言うなり、ぷいっと顔を背ける。コーデリアが驚いていると、リリーがニコニコしながら背伸びしてジャンの頭をぽんぽんと叩いた。
「ジャンさまも成長しましたねっ!」
「お前の背はちっとも伸びてないけどな、いてっ」
なんて二人のやりとりに微笑みながら、コーデリアが次の話題に移る。
「そうなると、ひなの治療会とは別に、私たちも今後の予定を立ててかなくては」
治療会が一度成功したからといってハッピーエンドというわけではない。大事なのはこれからの積み重ね。立場が人を作るという言葉があるが、コーデリアが大聖女となるためには、彼女自身が聖女にふさわしい行動をとらなければいけないのだ。
「幸い、貴族の方でも何人か一緒に施療院訪問をしたいという申し出も来ておりますし、殿下とジャンがひなの治療会に携わっている間、私たちはそちらを進めましょう」
「はい! お嬢さま!」
コーデリアはリリーと顔を見合わせて、力強くうなずいた。
◆
「お会いできて嬉しいですわ、コーデリアさま。以前からとてもお美しかったですけれど、最近はますます磨きがかかってまばゆいほど。聖女の気品とでも言うのかしら」
「まあ、ありがとうございますわ。私こそ、こうして施療院にご一緒できてとても光栄です。侯爵夫人が来てくださったおかげで、どんなに心強いことか」
施療院での治療を早々に終えて、コーデリアたちはウフフ、オホホ、と互いに営業用スマイルを浮かべて世辞を言い合った。相手は環境大臣の夫人で、聖女コーデリアの慈善事業支援者でもある。
(環境大臣は元々エフォール王家を支持している上に、ご夫人に頭が上がらないと聞いたことがあるわ。社交界での発言力もありますし、奥さまをしっかり捕まえておかなければ)
などと腹の中で考えていると、侯爵夫人がおっとりと、それでいてどこか探るような目で話しかけてくる。
「そういえばアイザック殿下はお元気にしていますの? ずいぶん仲睦まじいご様子だと伺っておりますが」
「実は……残念ながら最近お会いできていませんの。王都の治療会準備で忙しいようで」
コーデリアは白状した。とたんに、夫人の目がキラリと光る。
「まあ! じゃあ噂は本当だったんですのね!」
「噂?」
聞き返すと、侯爵夫人は扇で口を隠しながら、体を寄せて小声で囁く。
「……これはお友達のお知り合いの息子さんから聞いた話なのですけれど、どうやらヒナさまがアイザック殿下をずっと放さないのですって。何かあればすぐに『アイザックさま、アイザックさま』で、殿下がいないとろくに進行しないのだとか。ラヴォリ伯爵さまですら愚痴をこぼすほどだそうですわよ」
「まあ……」
初めて聞く情報に、コーデリアは目を丸くした。
確かに、ひなの治療会を手伝うことになってから、アイザックに会う機会は激減している。ようやく会えたと思ったら、大体いつも疲れた顔をしているから大変なのだろうとは察していたが、そこまでとは。
(今度、殿下にリラックス効果のあるお茶を差し入れなければ。……それにしてもひなは相変わらずのようね。治療会、何事もないといいのだけれど)
そんなコーデリアの心配は、残念な形で的中することとなった。
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