2章 シナリオ通りじゃないのですが
第6話 続・おや? 王子のようすが……
その後ジャンがアイザックの近衛騎士として王宮に登城するようになった時は驚いたが、そういえば原作でもそんな流れだったことを思い出して、コーデリアは早々に気にしないことにした(ジャンには「もっと驚けよ!」と突っ込まれたが)。
――やがてコーデリア十八歳の春。原作通り
(とうとうこの時がやってきましたのね……)
覚悟していたこととは言え、並ぶ二人の姿を見るのは心がちぎれそうなほどつらい。前世で経験してきた失恋とは比較にならないつらさだ。考えるだけでも苦しいため、コーデリアは王宮への訪問をパッタリと止めて、家でぼーっと過ごすことが多くなった。
そんな最中だった。アイザックに呼び出され、あまつさえ「本当は婚約破棄などしたくない」と言われたのは。
◆
「ど、どういうことですか……!? 聖女に脅されているって何事です!?」
理解不能なことを言い出したアイザックに、コーデリアが目を白黒させる。アイザックが暗い顔で言った。
「始めはもっと優しい言い方だったんだ。『あなたが私を選べば、あなたを王にしてあげることができます』と。けれど私には君がいる。だから貴女の事は選べないと伝えたら……」
「伝えたら?」
まだ二人で手を握ったまま、じっと彼の言葉を待つ。
「聖女殿に、『どうしてもあの人を選ぶんだったら、聖獣に頼んで国を滅ぼしちゃいますよ!?』と言われた」
「なんて!?」
想定外の発言に思わず叫ぶ。
(ひな、どうしちゃったの!? というか、殿下もどうしちゃったんです!?)
そもそも原作では、聖女がアイザックにどちらかを選べ! なんて迫ったりはしない。二人は自然に惹かれあって恋に落ち、その時初めてコーデリアが障害になるという筋書きだ。
それなのに、どうもコーデリアが預かり知らないところでおかしな話になっているらしい。
「あの、殿下……? 別に、私のことは構わず聖女さまのところに行ってもいいのですよ……?」
「なぜそんなことを言う? 私の婚約者は君だ。それは絶対に変わらない」
まさかのアイザックにムッとされ、ますますわけがわからなくなる。彼は怒りつつもコーデリアの手を離す気はないようで、試しにそっと手を引き抜こうとしたら、逆に強く掴まれてしまった。
(一体何が起きているの……)
前世は年齢イコール彼氏いない歴。当然、恋愛経験値はゼロ。そんな彼女に、今の状況は難しすぎる。
なおもコーデリアの手をしっかり握ったまま、アイザックは続けた。
「第一王子として生まれ、その地位に
コーデリアは静かにうなずいた。
よく追い出されなかったなと思うほど、アイザックの勉強部屋に通い詰めたのは他でもないコーデリアだ。彼が血の滲むような努力をしてきたのを、誰よりも近くで見てきている。
「けれど、肝心な時に私は何もできない。君を守ることも、国を守ることも……。私はなんて無力なんだろう。何のために努力してきたのか、わからなくなってしまった」
(わかります、わかりますわ殿下。努力が無意味だったと感じる時って、本当に辛いですよね……って今はそんなことよりも、殿下がかつてないほど落ち込んでいますわ!)
聖女のくだりはいまだに理解できてないが、この落ち込みが本気だと言うことだけはわかる。なんとかして彼を慰めないと。コーデリアは急いで言葉を探した。
「だ、大丈夫ですわ殿下! 私がついております!」
(いや私がついていたところで何も解決にはならないんですけれども!)
自分で突っ込みを入れながら、少しでも解決の糸口がないか考える。
「……というか、もう一度聞きますけど本当に婚約破棄しなくていいのですか? 私より聖女さまを選んだ方が王位につけるし、国も無事でいられるのでしょう?」
「君はまたそういうことを言う」
言葉選びに失敗したらしい。たちまちアイザックの目に不満の色が浮かんだ。
「そもそも私と君の婚約は周知の事実だ。もちろん聖女殿にも話してある。その上で彼女がしようとしていることは略奪に他ならない。私はそういうのは嫌いだ」
(うわっ。びっくりするぐらい正論なこと言い始めていますわ。その上原作のご自分を完全に否定しちゃっていますけど大丈夫なのかしら!?)
などと心配をしながら、同時にコーデリアはとてつもない歓喜を覚えていた。
彼の外見から好きになった身ではあるものの、実はこれが見たいと、ずっと思っていたのだ。
――他の女に走らない、一途で誠実なアイザックのルートを。
元々アイザックルートは『生真面目な王子と、恋という名の罪に落ちる』というコンセプトのもと作られており、略奪愛になるのはまあしょうがない。だが、彼本来の誠実さや一途さを貫き通したストーリーというのは、ずっとファンの間で待ち望まれていたのだ。その場合、聖女にとって間違いなくバッドエンドになるので、難しいのは分かっていたが……。
(それがまさかここで見られるなんて……。生きていてよかった。いや一回死んでよかった)
くっと唇を噛み締めたコーデリアに、アイザックが不安そうな声をかけてくる。
「……それとも君は、私との婚約を破棄したいのか?」
いつも冷静な目が切なげに細められているのを見て、コーデリアの心臓がぎゅっと掴まれた。
(悲しそうな顔も素敵! ……じゃなくて)
「まさか! そんなはずありませんわ。私はずっと殿下をお慕いしていますもの」
「そうか。……ならよかった」
そのままふわりと微笑んだ笑顔の尊さと言ったら。コーデリアは危うく鼻血を吹き出しそうになった。
(子供の頃も可愛さが天元突破していたけれど、今はさらに凛々しさが加わって、まさに白皙の貴公子……! 基本的にこの国は乙女ゲーの舞台だけあってイケメンが多いですけれども、殿下はその中でも格別ですわ!)
必死に歯を食いしばって鼻血を堪えていると、視線を落としたアイザックがぽつりと言う。
「……駄目だ。一度は諦めるべきだとも思ったが、やはり君のことを手放したくない。君がいなくなったら、私の人生から光が失われる」
(ちょっと発言は重いですけれど嬉しいですわ……! ……でもどうして私を?)
それは彼の話が始まってから、絶えずコーデリアの中にあった疑問だ。
原作では、アイザックは婚約者であるコーデリアに義理こそ感じてはいたけれど、決して愛情を感じていたわけではないと書かれていた。それなのに、今の彼は、まるでコーデリアのことが好きであるかのような口ぶりだ。
「あの……殿下……? お気持ちはとても嬉しいのですけれど、どうしてそこまで私にこだわってくださるんですの?」
恐る恐る聞けば、彼は驚いたようにコーデリアを見た。
「それは――」
「アイザックさま! そろそろお話は終わりましたか?」
けれどアイザックの言葉をかき消すように、バァンと扉が開き、ひなが入ってくる。
(いい所で邪魔が入るのは定番とは言え、もう少しだけ空気を読んで欲しかったですわ!)
叫びたいのをこらえ、コーデリアが振り向く。それから見たひなの形相にギョッとした。
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