【書籍発売記念SS】

\広報令嬢本日発売!!/


※本編は完全なフィクションであり現実とは一切関係ありません。



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「おめでとう子猫ちゃん! 君が栄えある第一回、ベストシャイニー賞に輝いたよ!」


 パァン、という音とともに、部屋の中にキラキラと光る小花が舞う。

 スフィーダが魔法のクラッカーを鳴らしたと気づいたのは、コーデリアがアイザックの腕の中に閉じ込められた時だった。

 どうやらクラッカーの音に驚いて、咄嗟にかばってくれたらしい。隣ではジャンが抜いた剣をスフィーダに突き付けていた。


 ――ここは、王宮にあるコーデリアの部屋。

 以前の仮住まいだったクリソコラの間と家具やレイアウトの配置はそのままに、“大聖女”ということで、改めてコーデリアは部屋をたまわっていた。


「な、何ですの? その“ベストシャイニー賞”って」


 腕の中に閉じ込められていたコーデリアが、身をよじってぷはっと顔をのぞかせる。隣ではアイザックがまだ警戒した眼差しのままスフィーダを見ているし、ジャンも剣をスフィーダに突き付けたままだ。


 それには構わず、スフィーダが嬉しそうな顔で続けた。


「いやあボクもね、なんとか新聞で盛り上げられないかと思ってずっと考えていたんだ。その時に思いついたんだよ! “今年一番輝いていた人”と称して、読者投票を始めるのはどうだろう!? って! 我ながら今年一番冴えていたね!」

「それは……いい案だと思いますわ!」


 コーデリアはぱちん、と手を合わせた。


(そういえば、前世でもいろんな賞を見たわね……)


 審査員が選ぶ賞に、読者投票で決める賞、あるいはその両方で決める賞。

 色々あるが、盛り上げて注目を集められれば話題になり、何かといいこと尽くしなのだ。


(それをひとりで思いついてしまうなんて、やはり彼は有能だわ)


 感心するコーデリアの目の前で、天井に向かって大げさに手を掲げたスフィーダが瞳を輝かせて言う。


「そう! おかげで投票券のついた新聞紙はアメイジングな数字を叩きだして、中間結果を載せた号もワンダフルな収益! 結果発表の号に至っては、スフィーダ社を総動員しても追いつかないぐらい、ファンタスティックでエクセレントな売り上げだったよ……!」


 うっとりと語るスフィーダに、コーデリアは微笑んだ。


「それはすごいですわ」

「何を言っているんだい! それもこれも、子猫ちゃんのおかげだよ! 今やラキセン王国自慢の大聖女と言えば、近隣国でも話題なんだ! もちろん翻訳版も売ったさ!」

「すべてはコーデリアの努力と人望のおかげだな」


 自慢げに言ったのはアイザックだ。

 彼はクラッカーの脅威が去った今でも、相変わらずコーデリアを腕の中に閉じ込めている。


(さすがにもう、手を離してもらって大丈夫なんだけれど……)


 と思ってコーデリアがやんわりアイザックを手で押してみても、「何か?」という顔でにっこり微笑まれて終わった。……どうやら手放す気はないらしい。


 スフィーダが続ける。


「そして投票の結果は……もちろん、子猫ちゃんが栄えある第一回ベストシャイニー賞さ! ……まあ大体君が選ばれるだろうとは思っていたけれどね」


 その言葉に、アイザックの方が力強くうなずいている。コーデリアは顎に手をあてて考えた。


(この一年、大聖女になるため、目立ちに目立ちましたものね……)


 コーデリアは元々王太子アイザックの婚約者だったことに加え、賢者称号の闇魔法使いなのだ。

 さらにまさかの聖女に選ばれ、大聖女の座を得るために治療会に事前活動にと、名前を売る広報活動に徹底してきた。


 その上で大聖女の座についたとなれば、否応なしに注目も集めるというもの。


「素敵な賞、ありがとうございますわ。……もしかして、授賞式とかもあるのかしら?」


(もしあるのだったら、それに向けて服なども用意しないと)


 コーデリアが尋ねると、スフィーダはまたきらきらと瞳を輝かせた。


「授賞式!? なんてすばらしいアイディアなんだ! 確かにその様子を新聞に載せることで、また売り上げにつながりそうだね!? すぐに用意しようじゃないか」


(しまったわ。余計なことを言ってしまったかも……。でも盛り上がるのなら、いいことかもしれないわ)


 新聞の売り上げがいいということは、きっと注目している人も多いのだろう。スフィーダの立ち上げる授賞式がひとつのお祭りになるのであれば、王都の活性化としても悪くないことだとコーデリアは思った。


 うきうきとした顔でスフィーダが続ける。


「さて! 授賞式もだけど、子猫ちゃんにはもうひとつお願いしたいことがあるんだ。ずばり、受賞した今の心境なんかを聞かせて欲しい!」

「わかりましたわ」


(いわゆる、インタビューのことね?)


 インタビュー。それは前世でも何度か手掛けた仕事だった。

 ……と言ってもインタビューに答えるのはいつもひなで、コーデリアはそのための場をセッティングするのが主な仕事だったが。


(まさか自分が受ける側になるなんて……人生何が起こるかわからないわね)


「なら早速、今から始めても!?」


 言いながらスフィーダがサッとペンとメモを取り出す。

 行動の速さに、コーデリアはふふっと笑いながらソファに腰かけた。そこへ、政務が溜まっているはずのアイザックも、なぜかそわそわした面持ちで隣に着席する。


「まずは子猫ちゃんの生い立ちから聞かせてもらおうかな」


 早速、スフィーダの質問が始まった。


 彼のインタビューはさすがというべきか、実に滑らかだった。ちょうどいいタイミングで相槌を打ち、盛り上げる時には盛り上げ、興味深そうな話題を見つけるとすぐにそれを掘り下げる。


「――それで、子猫ちゃんが頑張ってこれた原動力は、一体何だったのかな?」

「それはもちろん……」


 「国民の皆様のためですわ」と言おうとして、コーデリアは言葉を止めた。


(国民の為と言えば、聞こえはいいですわ。インタビューを締める言葉としてもぴったりなのでしょう。でも……)


 コーデリアは顔を上げた。

 いい子ぶって模範解答を言うのは難しいことではない。けれど、この気持ちにだけは嘘をつきたくないと、自分の心が言っていた。


「……すべては、アイザック様のためですわ」


 ぴくりとスフィーダの肩が揺れ、面白がるように目が細められる。


「へえ? 大聖女ともあろう人が、国民のためではなく、アイザック殿下ひとりのために頑張るのかい?」

「ええ、彼のためです」


 ゆらめくスフェーンのような緑の目を見つめながら、コーデリアはにっこりと微笑んだ。


「私が大聖女になりたかったのも、今までがんばってきたのも、すべては彼と……ひいては自分のためですわ。私はアイザック様を王にしたかったし、その隣に立つのは自分でありたかった。その両方を実現するには、大聖女になるしかなかったというのが本音ですわね」


 そう語るコーデリアの目には、強い光が宿っていた。


「それに、愛しい人がいる世界を守りたいと思ったんです。彼が笑顔でいられる世界。それは私にとって何よりの宝ですもの」


 コーデリアが答えると、スフィーダが声をあげて笑った。


「はははっ! なるほど、どうやら僕は盛大に惚気られてしまったようだね!? ごらん、子猫ちゃんの“愛しい人”も照れているようだよ?」


 見ると、隣に座るアイザックは無表情のまま、けれど顔を真っ赤にしていた。途端に、自分が大胆なことを言ってしまったのを悟って、コーデリアも顔を赤くする。


「ご、ごめんなさい。私ったら……!」

「いや、今のはよかった。むしろそれで行こう。この質問のテーマはずばり“大聖女の愛”だ。その方がよりドラマチックに、読者の心を掻き立てられるに違いない!」


 そこへジャンが、うんざりした顔で割入ってくる。


「あれが? ただの惚気じゃねぇか」

「ノンノン! ただの惚気だからこそいいんだよ。国民たちだって、きれいごとを並べただけの話には興味なんかないのさ。人の心を動かすのは、いつだって“ストーリー”なんだ。大聖女コーデリアの知られざる殿下への想い! 情熱的でドラマチックじゃないか!」


 目をぎらぎらと輝かせながら、スフィーダがすごい速さでまくし立てながらメモを書いている。それを見ながら、ジャンが大きくため息をついた。


「はーあ。新聞記者の考えることはよくわからねえな。そのうちどんどん変な賞が増えるんじゃないのか? ベストカップル賞だの、ベストジェントルマン賞だの――」

「ベストカップル!? なんて素敵な響きなんだ! ぜひともアイディアの詳細を聞かせてくれないか!?」

「別にたまたま思いつただけで詳細なんかないけど」


 食いついてくるスフィーダに、ジャンがたじたじになる。

 そんなふたりの組み合わせは珍しく、コーデリアとアイザックはくすくす笑いながら顔を見合わせた。


 それからラピスラズリを溶かしこんだような青の瞳が、優しくコーデリアを見つめる。


「……私も、君がいるこの国が大事だ。それに、何よりも君が大事だ。だからこれからも、ふたりで……一緒に国を守って行こう、コーデリア」

「もちろんですわ」


 コーデリアとアイザックは手を取った。

 それからいつまでもいつまでも、ジャンから突っ込みが入るまで、ずっとにこにこと見つめあっていた。

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