第37話 自分が思っている以上に愛されている
あれから余計な事を言わない為に黙って食べようと、きつねうどんにお箸を持った瞬間、ふと立飛くんが食べてる物に目が止まる。
それは私が食べようと思っていたオムハヤシライオン。
ハヤシの上に半熟玉子が載っかり、その上にご飯を載せてケチャップでライオンの顔を描いたハヤシライス。
私の視線に気づいたのか、立飛くんが。
「そんなに食べたいの?」
「え!? 私そんなに見てた?」
「うん。獲物を前にヨダレを垂らすライオンみたいにな」
「えええ、酷いよ!」
確かに食べてみたいと思っていたけど、流石にヨダレは垂らしていないはず。
思わず口元を触って、本当に垂らしていないか確認してしまったけどね。
「あはは。ウソだよ、ウソ。よかったら食べてみる?」
スプーンにオムハヤシライオンを載せては近づけると。
「いや、四季島。流石に自分で食べてくれると助かる。ちょっと恥ずかしからさ」
「え?」
なんと私は口を開けて待っていたのだ。
さながら子供みたいに大きく開けて「あ~ん」と言ってる様な顔で。
その行動に私の心拍数が跳ね上がる。
「ご、ごめんなさい! 自分で食べます、ハイ!」
「いや、うん。その方が俺も助かるよ」
立飛くんからスプーンを受け取り、オムハヤシライオンのヒゲ部分を切り崩して一口。
あ~オムハヤシライオン美味しい。やっぱり私もコレ頼んとけば良かったかも。
オムハヤシライオンの絵柄に味、どれも文句なしと思って私は立飛くんにスプーンを返し……。
あれ……立飛くんからスプーンを受け取った。
立飛くんが最初に食べた……つまり、このスプーンを私が口をつけたってことは……。
気づかず間接キスをしちゃった!?
「ごめんなさい! 新しいスプーン持ってくるから!」
立飛くんが食べ様とした瞬間に手を出して制止する。
だが、立飛くんからは意外な答えが。
「別にいいよ。俺、そういうの気にしないし。しょっちゅう美咲が俺の昼飯をつまみ食いしてるから」
「そうなんだ。ならいいんだ……うん」
なんだろう……笑いながら立飛くんのお昼を横取りしている姿を想像したら家に帰って美咲の頭を無性に叩きたくなってきてしまった。
そんな負の感情がモンモンと湧いていると立飛くんのスマホが鳴る。
どうやら子ライオンに触れる順番が回ってきたみたいだ。
次の瞬間。私は席を立ち上がろうしたが力が入らず、目の前の景色が急に暗闇に変わる。
そして暗闇に変わる間際、立飛くんが私の名前を叫びながら呼んでる気がした。
******
暗闇の中で何か温かい感触が肌を伝い心に届く。
それはとても優しく感じ、何処か懐かしさも思い出す。
暗い闇の中から一筋の光が射し込むと目の前には白い天井が見えた。
「気が付いた、碧!?」
名前を呼ばれた方に重い頭を声の方に向けると、今にも泣き出しそうな顔で私を見つめる美咲。
そして美咲は私の手を握っており、さっき感じた温もりは美咲のだと分かった。
「美咲……? どうしてここに? 私……動物園に居たはず……」
「ここは病院だよ」
「病院? ……なんで病院に?」
私は重い体を起き上がらせては自分の服を見ると、家を出た時の服は着ておらず、部屋着に着替えさせらていた。
「碧、動物園で倒れたんだよ。先生が言うには風邪と熱中症だって」
その言葉で全てを理解した。
朝から体調が悪かったのは風邪の影響で、そこに暑さが苦手な私に夏の日差しがとどめを刺した。
「とりあえずまだ寝ていて。先生とお母さん呼んでくるから!」
「あ……うん。ごめん、助かるよ」
「平気平気」
私は美咲の言葉に甘えて再びベッドに体を預けては深呼吸した。
そして不意に彼の事を思い出し、部屋から出ようとしていた美咲の背中に言う。
「美咲、立飛くんは!?」
「隼? 隼なら廊下に居るよ、隼のお母さんとウチのお母さんが話してるから」
「……立飛くんのお母さん?」
そう言うと美咲は部屋を出ていき、私は綾子さんと立飛くんのお母さんが話している事が気になって体を起こす。
まだおぼつかない足に力を入れ、点滴が付けられたスタンドを持ちなから少し扉を開ける。
すると綾子さんが見えたと思ったら、綾子さんに対して女性が頭を下げている。
「この度は大切な御息女を危険な目に遭わせてしまい大変申し訳ありません!」
綾子さんに頭を下げている女性の隣に立飛くんも居て、一緒に頭を下げている。
「頭を上げて下さい、立飛さん。ただの風邪ですから大丈夫ですよ。それにウチの碧が風邪を引いてるのに黙って行ったのが悪いんですから。もしそちらのお子さんに風邪をうつしてしまったら此方が申し訳ありませんよ」
「そう言って頂けると此方も助かりますが、元を正せばウチのバカ息子が悪いんです。体調の悪い女の子を炎天下の中、朝から連れ回すんですから。ほら、隼も謝りなさい!」
顔を上げた瞬間、美咲の言っていた立飛くんのお母さんだと直ぐに分かった。
整った顔立ちはモデル時代から少しも変わっていない。
それに何処か立飛くんの顔立ちに似てるからやっぱり親子だが、何より顔つきが若い。
流石は元モデルだ。
「申し訳ありませんでした……」
立飛くんが頭を下げて謝ると、綾子さんは罰が悪そうな顔で手を振る。
「大丈夫だから頭を上げて隼君。碧には私が後でキツく言っとくから。それに元気になったら、また碧と遊んでちょうだいね。あの子、今日のデートをとても楽しみにしていたからさ」
「とても楽しみですか、四季島が……四季島さんが?」
「えぇ。碧ったら部屋に掛けてあるカレンダーにも印をつけてたくらいだから。それに隼君や学校の皆に良くしてもらってるみたいで、最近よく笑う様になったのよ。来た時なんて借りてきた猫みたいにビクビクしてるくらいだったから」
そして綾子さんは立飛くんの肩に優しく手を添えて。
「だから気に病まないで、また碧を誘ってちょうだいね。それと……これは美咲の事もそうなんだけど、もし美咲と碧が間違った事をしようとしたら、その時は遠慮なく皆で叱ってあげてね。これは子を持つ親としてお願い致します」
今度は綾子さんが立飛くん頭を深々と丁寧に下げた。
「いや、顔を上げて下さい、お母さん」
慌てて言う立飛くんに綾子さんは顔を上げて笑い出す。
「あらやだ、お母さんだなんて。なんだか義理の息子が出来たみたいね」
「ち、違います! あの、そう言う意味じゃ……」
「あら、ウチの碧じゃ不満なの? 親馬鹿になるけど美咲だって負けてないわよ」
「いや、不満はありません! もう勘弁して下さいよ……」
顔を真っ赤にして話す立飛くんの姿にちょっと可愛く思えてしまった。
そこに美咲が割って入り、三人に私が目覚めたの告げた。
「じゃあ立飛さん、先にロビーで待っている動物園の方に碧が目覚めたのを知らして下さいますか? きっと心配している筈ですから。私も碧と少し話したら直ぐそちらに伺いますので」
「分かりました。行くよ、隼」
立飛くん親子が再び頭を下げて消えて行く。
綾子さんと美咲が部屋に近づき、私は急いでベッドに戻って待つ。
そしてベッドで待つ私の顔を見て綾子さんは安堵した表情を浮かべては。
パシンッ!
鋭い音が病室に響き、綾子さんが取った行動に美咲は目が点になってしまった。
当の私も最初は何が怒ったか最初は分からなかったが、次第に頬が痛くなり、平手打ちで叩かれたのだと理解した。
「なぜ叩かれたのか分かるわね? 碧」
「……はい」
余りの突然の出来事に美咲は呆然としていたが直ぐに。
「お母さんッ!? なにも叩かなくたって!」
「なにもじゃないわよ。多くの人様に迷惑かけて叩かれない子供が何処にいるの。いい、碧。今回はこれくらいで済んだけど、大怪我だってあり得るのよ? 相手のお子さんを巻き込むことだって十分にあり得る。言ってる意味が分かるわよね?」
「はい……ごめんなさい」
綾子さんが怒るのも無理ない。
私の行動のお陰で多くの人達に迷惑をかけたのだから。
「たとえ代理でも私は貴女の保護者です。親から預かっている貴女に、もし何かあったら私は貴女の親に顔向け出来ないし、最悪の場合は謝っても済まない事になるかも知れない。だから時には姉さんの様に怒ります。それが貴女や友達を守る事に繋がるから」
「……はい」
項垂れて今にも泣きそうな私の体を優しく綾子さんは抱きしめて。
「だから今度から気をつけなさいよ。碧は自分が思っている以上に姉さんに愛されてるんだからね」
綾子さんの言葉の真意は今の私ではまだ分からなかったが、瞳からは大粒の星が白い海に堕ちていくのだけは今の私でも分かった。
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