第9話 初登校は遅刻でスタート!?

夏の眩しい朝日が天窓やテラスに続く窓のカーテン越しから目覚めのを届ける。


「ねぇ、おかしゅうなか??」

「おかしくなんかないよ。凄く似合うよ、碧。あと方言出てる」

「あ……」


 今は朝の登校準備をしているのだ。


「思ったんだけどさ、方言ってそんなに恥ずかしい?」

「恥ずかしばい! ……美咲はずっと東京に住んでるからいいけど、ネットで方言喋ると目立つしイジメられるって書いてあるし」


 咄嗟に方言で言ってしまったが、直ぐに標準語に戻す。


「ネットって、また大袈裟な。可愛いと思うけどな、博多弁女子」

「とにかく目立つのは嫌なの。博多の学校じゃ魔法が使えなくて悪目立ちしてたんだから」


 頑なに譲らない私に美咲はヤレヤレと素振りをしながら話題を切り替えた。


「でも私の制服がピッタリで良かったよ」

「うん……でもちょっと胸廻りがキツいかな」


 スカートは大丈夫なのだが、シャツが少しキツそうにしていると美咲が笑顔で聞いてくる。


「碧さん、ケンカ売ってるでしょ?」

「えええ!?」


 そしていつもの様に抱き付いてきた。


「胸がちょっとあるからって調子に乗るな~! 世の中の女子は皆私と同じなんだぞ~! 碧は全国のか弱い胸の女子を敵に回すか~!」

「ち、違うよ!? ちょっとキツいだけだから!」

「その言葉が凶器なんだぞ~碧!」


 美咲が本気で怒ってないのは美咲の瞳を見て直ぐに分かった。

 きっと私の緊張を解そうとしているのだろう。

 美咲なりに気を使っていて、私の体を擽りながら離さない。


「わ、分かったから……やめて、お腹がくすぐったいから、あはは」

「よし、特別に許してあげる。少しは楽になったでしょ」

「うん……ありがとう、美咲」

「ノープログレム! 私にかかれば……げ!?」


 何故だか美咲の顔が徐々に青ざめていっては私の背後を指差す。

 私がその指先を見るとそこには時計が机の上に置いてあり、時計の針が8時15分を指していた。


 ……え? 8時15分って……。


「ねぇ……何時過ぎると遅刻なの?」

「8時45分から……だったはず、あはは……」

「……学校の場所は?」

「高松町……立川北高……です」


 砂川から高松町はバスなら上手くいけば大丈夫だが、自転車なら厳しい。


「碧、ダッシュでバスだよ!」

「えええ!?」


 そう言うと美咲は私の手を掴んで部屋を出る。

 急いで階段で降りると美咲は居間に居る綾子さんに「行ってきまーす!」とだけ言い残し、私達はネクタイを緩く絞めながらバス停に向かって走る。

 家を出た瞬間、眩しい太陽が私達に襲いかかってきた。

 既にアスファルトには陽炎かげろうが出ており、景色がゆらゆらと動いている。


「砂川五差路じゃ間に合わない! 碧、泉町から乗るからね!」

「う、うん」


 砂川五差路に辿り着いた時、グラウンドの方に目を向けると規制線の囲いの中に出来た大きな穴。

 美咲が花火魔法であけた穴には早速業者の人達だろうか、工事のトラック等がグラウンドに入っている。

 その人達を見るなり美咲は大声で叫ぶ。


「ミナト建設さーん! いつもありがとうございまーす!!」


 え!? いつもって……いつも穴あけてるの、美咲!?


 すると返事が返って来た。


「任しとけー! 美咲ちゃんの花火魔法楽しみにしてるかならなー!」

「はーい!」


 信号が青に変わり、横断歩道を走る中、私は美咲に聞いてしまう。


「美咲、花火魔法でいつも穴をあけてるの?」

「い、いつもじゃないから! 今月末の花火大会は私も花火魔法を打ち上げるの。ほら」


 美咲が指差した先には花火大会のポスターが貼られてある。

 それは毎年7月の終わりに国立公園で打ち上げられる花火大会の事だ。

 私も幼い頃からよくお婆ちゃんに連れてってもらった花火大会。

 そしてお母さんにも連れてってもらった。


「ウチは毎年誰かが花火魔法を打ち上げるんだよ。他の魔法使いも来るしね」

「へぇ、そうなんだ。他の魔法使いも来るって言うのは初めて聞いた」


 小さい時はそんな事なんて知らず、ただ打ち上げられる花火を無邪気に喜んでいた。

 ……そうお母さんと私の関係が悪くなるまでわ。


「だから今月は忙しいの。来月は文化祭もあるし」

「文化祭?」

「私達の北高は8月に文化祭があるの。8月なら受験勉強中の3年生でも何とか参加出来るって事でね」

「でも8月って受験の追い込み時期だよね」


 そう受験生の大半は部活引退に連動して7月から忙しいと聞いた。

 ネットの情報だけど。


「まぁそうなんだけどね。でも大丈夫! 若い内はノリと勢いで何とかなる!! って部長がよく言ってるから」

「えええ!? 大丈夫と?」


 ノリと勢いって知っとーようち! それネットで有名なジャパニーズ精神論ばいね!

 私の驚き声に美咲は一瞬だけ考える素振りをして笑顔で言う。


「う~ん分かんない! たぶん大丈夫かな、あはは! 去年の文化祭はネットで黒歴史文化祭ってスレッドが立ったから成功じゃない?」

「それだいじょばん! 逆! まったく逆ん意味やけん!」


 黒歴史文化祭ってスレッドが立つくらい酷か文化祭って何? 福岡育ちのうちでも黒歴史くらい分かるけん、よっぽど酷か文化祭ん筈ばい。


 すると美咲が妙なキメ顔で私を見て。


「碧、細かい事を気にする女はモテないよ」

「なんだろう……美咲ってバカでしょ」

「えーひどっ!?」


 バス停に着いたバスに乗り込みながら美咲が黒歴史の理由を説明してくれた。


「まぁ、わたし学校じゃ演劇部に入ってるんだけど、たぶん去年の演劇がヤバかったからかな」

「演劇部?」


 意外だった。美咲が演劇部なんていう繊細な部活をやっているなんて。

 美咲の性格からして運動部の筈……偏見だけど。

 かなり失礼な偏見を頭の中で抱きながら私は話を聞く。


「今の部長の初脚本だったんだけど『ラストがちょっとと違うなぁ』『もっとここのセリフはフワッとお願い』『文化祭1週間前だけど脚本やり直すわ』ってなっていき……」


 聞いとーだけでえずか流ればい、ソレ。

 ドラマやアニメなら崩壊スレッドが立つばい!


「脚本上がったのが文化祭前日で皆セリフ覚えられないから台本持ちながらやった! しかも棒読みでね!!」

「えええ!?」


 それは黒歴史文化祭ってスレッドが立つよね。


「でも大丈夫だよ! 部長、今年は反省して脚本もう仕上げてるから。去年の私は端役兼特殊効果担当だったけど、今年は脇役兼特殊効果担当総監督だからね! 総監督だよ、あはは」

「あはは……良かったね」


 恐らく美咲の魔法を使っての特殊効果だろうけど、総監督って……しかも端役から脇役。


「因みに碧も演劇部だから」

「え?」

「だから演劇部。せっかく魔法を使えるんだからね。これで一蓮托生だよ、碧!」

「いやーっ!!」


 笑顔で親指を立たせながら私を見る美咲。

 知らない間に部活を決められ、そのまま美咲と一緒に仲良く地獄へGOの片道切符を渡されしまった。

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