第46話 届きそうで届かぬ想い ⑤

 照明が落とされ、星空の下で美咲は魔法花火の言霊を手のひらに乗せた魔法玉に囁く。


「われ、汝星達の力を借りる者なり。汝、星達の輝きをもって星の花を咲かせたまえ!!」


 その瞬間、魔法玉は目映いばかりの輝きを放ちながら観覧席に向かっては最前列の手前で急上昇して弾け飛ぶ。

 それは美咲らしい、元気な赤い色。

 弾け飛んでは不死鳥の形を成し、観覧席を右から左に飛んで行く。

 それこそ手を伸ばせば届きそうな距離。

 不死鳥が羽ばたく度に、小さくて赤い流星の星が観覧席に堕ちていった。

 浴衣や肌に触れると少しだけ跳ねあがり、牡丹花火の様に花を咲かせては消えていく。

 その光景に観覧席から歓声が上がる。


「まだまだいきますよ!!」


 続いて滑走路の端から端までオレンジ色の魔法玉が高く、空高く舞い上がる。


 パンッ! シュルシュル!!


 オレンジ色の魔法玉が空高く弾けると中心に円を描く様にオレンジ色を散らしながら回り始めた。


「次は皆さんの横をいきますからね!」


 長い横一列に設営した観覧席は出入口を設ける為に幾つか区切られている。

 その区切られ出入口の場所に向かって、美咲の立つ場所から七色に輝く、光の絨毯が伸びていく。

 伸び切った瞬間、光の絨毯から七色に輝く星つぶ達が弾けては赤色や橙色。緑や黄色に青、藍に紫色の星達が舞い上がり、観る人を喜ばせていった。

 やがて色とりどりの星達が幾つかに集まっては鳥を形どる。

 そして鳥達は美咲の方に向かって小さな流星を散らせながら羽ばたいた舞い上がる。


「ラスト! レインボースターフラワー!!」


 美咲の言葉に反応するように輝きを放っていた鳥達が暗闇に消えた。

 間髪いれずに無数の星花か美咲の真後ろで弾けては咲きほこり、七色に輝く星花は巨大な花を幾つも咲かせてはパラパラと音をたてて散っていった。

 瞬く間に拍手がまき起こり、スポットライトが美咲に当たる。


「以上が、わたし。四季島美咲の演目『マジカルレインボー』です。ありがとうございました!!」


 拍手に応える様に手を振る美咲。

 未だに拍手が鳴り止まない中、スポットライトが、わたしにも当たると美咲が紹介を始めた。


「続きまして、四季島碧の演目に移ります。彼女が皆さんを見たことが無い魔法の世界へお連れしますので拍手で迎えて下さい!!」


 美咲のスポットライトが消えては、わたしに光が集中する。


 緊張して震えるが深呼吸して覚悟を決める。


 助けてくれた全ての人達に感謝を込めて。


 この一瞬に全てを出す。


「四季島碧です。今日は皆さんを海の世界にお連れする為に魔法をかけさせて頂きます!」


 スポットライトが消え、わたしは菫さんに作って貰った魔法玉を両手に乗せて囁く。


「生命を育む海よ。汝の安らぎと輝きを解き放ちたまえ。われ、汝の安らぎと輝きを求む者なり!」


 その瞬間、わたしを中心に水面が拡がっていく。

 くるぶしが浸かるくらいの水面。

 思わず最前列に座っている観客が足を上げて驚く声があがる。

 それもその筈。水面の下に魚やクラゲ、イルカが泳いでいるのだ。

 本物の海みたいと観覧席から次々と声があがっていく。


「では、いきますね! ウォーターレインボーカノン!」


 美咲が繰り出した光の絨毯に合わせるように観覧席の切れ目から七色に輝く水の噴水が噴き出す。

 次々に変わる色。噴水は線を描く様にわたしの元まで続き、水しぶきが観覧席に降り注ぐと水玉達は音を出しながら弾けてい消えていく。


 次は横一列に水面の上に浮かぶ水色の魔法玉。それをイルカ達が尾ひれで飛ばしては空高く舞い上がらせた。

 星が輝く空に高く舞い上がる水色の魔法玉。


 ありがとう、美咲。


 ありがとう、立飛くん。


 ありがとう、わたしに勇気をくれたみんな。


 届け、わたしの想い!


「次は皆さんに特別な花火を贈ります、群青色の花火!!」


 夜空を明るく、蒼く輝く群青色の花火が咲いた。

 会場に咲く、二つの花火。

 一つは夜空に咲き、もう一つは水面に咲く群青色の花火。

 水面に反射しては幻想的な雰囲気を出していく花火たち。

 群青色の花火が散り、流星の様に水面に落ちていっては暗闇に包まれる会場に拍手と歓声が沸き起こる。


 再びスポットライトが美咲とわたしに当たる。

 わたし達は互いの手を合わせると、手の平に菫さんが作った魔法玉。

 アクアマリンドームを乗せて。


「ここからは二人の共同魔法をお見せします! 皆さん、配布された魔法玉を手の平に乗せて下さい! 今からわたし達が魔法をかけますのでお願いします!」


 手を握る感触が強くなると、わたしも強く握り返して囁く。


「準備はいい? 美咲」

「いつでも。わたし達の魔法で――」

「みんなを笑顔に!!」

「「生命を育む海よ。汝の安らぎと輝きを解き放ちたまえ。われら、汝の安らぎと輝きを求む者なり! マジカルアクアマリンリウム!!」」


 アクアマリンドームが輝き、皆の手の平に乗る魔法玉が輝きを放ちながら空に向かって飛んでいく。

 すると魔法玉は輝きを放ちながら魚達の群れやイルカ、にクラゲの群れに変わる。

 会場を縦横無尽に泳いでいく海の生き物。

 それは会場の外にも広がり、駅前や百貨店の屋上、映画館の中を自由に泳いでは人びとを喜ばせては街に笑顔が溢れていった。


 そして手の平に乗せているアクアマリンドームを空に飛ばすと、巨大な白いクジラが現れる。

 白いクジラは鳴き声を上げなから観覧席を泳いで七色の潮を吹き、観覧席の中を通り抜けてはイルカ達も後を追っていった。

 駅前を泳ぎなから七色の潮吹くと、行き交う人々からカメラを向けられて撮られていく。

 街中を回ってきた白いクジラは再び会場に戻り、わたし達の目の前に広がる水面に潜っていった。


 これで終わりかとお客さんは思ったかも知れないけど、これが最後のフィナーレ!


 全てのライトが消え、蒼く輝く水面がわたし達を照す中、目の前から水面を勢いよく飛び出して背面跳びしていく白いクジラ。

 力強くもあり、優しくもある鳴き声を発しながら白いクジラは水しぶきを観覧席にかけて消えていった。

 まるで本当に水しぶきをかかった様に構えるお客さんを見て、わたし達は心の中で喜んだ。


 再びスポットライトが力強く当たると、わたし達は手を握りながらお辞儀をして顔を上げる。


「以上が、わたし。四季島碧の演目『アクアマリンリウム』でした。ありがとうございました!!」


 再びお辞儀をすると観覧席から、アクアマリンリウムを見た街中や中継先から拍手が鳴り響く。

 そして息を切らしながら、わたし達はお互いの顔を見るなり抱き合った。


「やったよ、碧! 成功したよ、わたし達!!」

「うん! やったよ……わたし、やりきったよ」


 鳴り止まない拍手にカメラのフラッシュ。

 アクアマリンリウムの魔法は解けてしまったけど、みんなにかけた笑顔の魔法は解けることなく、昭和記念公園花火大会は成功して幕を閉じた。

 煌びやかな魔法花火を扱う、二人の魔法使いが現れたと地元やネットに書かれて。


 ******


 花火大会が終わり、観覧席にいたお客さん達も続々と帰っていく。

 わたし達は実行委員会や市長さん、この大会に携わった人達にお礼の挨拶をしていった。

 みんな口々に『二人とも良い魔法花火だったよ』『美琴さん以上の群青色の花火だったね』とか言ってくれて恥ずかしくなってしまう。


 挨拶が終わり、撤収作業を明日に控えた関係者達は打ち上げをやるべく、格納庫に設けられた会場に向かっている。

 そんな中わたしは一人、みんなとは違う方向に歩いていった。

 最初は歩いていたが、次第に早歩きに変わり。


「ちょっ、碧! 何処行くの、打ち上げは!?」

「ごめん、美咲! 彼を入口で待たせてるから!!」

「彼? ……ああ! 行ってらっしゃい!!」

「うん!」


 手を振る美咲に別れを告げて、立飛くんの待つ場所に向かう。

 別れ際に美咲のスマホが鳴ったのを知らずに。


 ******


 駅に向かう人集りを縫うように歩く。

 慣れない浴衣に下駄。

 急いで歩くからか、鼻緒が擦れて足が痛い。

 痛いけど、この先に立飛くんが待っているから我慢してでも足を止めない。

 痛みに耐え、人とぶつかっては謝りながら行くと彼の姿が見えた。


「ごっ、ごめんなさい! 待ったよね!?」


 息を切らしては、膝に手を着きながら彼に謝った。

 だけど、彼は嫌な顔一つせずに優しく笑い。


「大丈夫、撮った写真を確認してたから」

「写真? ああ、花火大会の写真ね」


 嬉しそうにカメラの液晶画面を見せてくれる。

 そこに写るのは色とりどりの花火に美咲とわたしが会場に立つ姿。

 アクアマリンリウムやマジカルレインボーの写真もある。


「良い写真が四季島のお陰で……いや、美咲とのお陰で撮れたよ。ありがとう」

「うん……喜んでくれて良かった」


 なんだろう。


 立飛くんに喜んでもらえたのは良かったけど、なんかモヤっとする。


 カメラを立飛くん返すと、彼はソレを首に掛けては歩き出した。


「四季島に見せたいものがあるから付いて来て」

「……うん」


 それから立飛くんは喋らずに無言のまま歩き、わたしも彼の背中を見ながらモノレール方面に向かって、後ろを歩いていると。


「四季島。悪いけど、ここから目を閉じて欲しい」

「えっ……目を閉じるの?」


 わたしが思わず聞き返してしまうと、彼は手を差し伸べて。


「うん。着くまでは俺が手を引くから……ダメかな?」

「ダメじゃないよ! その……よろしくお願いします」


 お祭りの出店を回っていた時と同じ様に、恐る恐る立飛くんの手を握る。

 わたしが少し怖がりながら握っていくと、立飛くんは優しく握り返してきてくれた。


「じゃあ行くよ」

「うん」


 あの時の花火大会と同じだ。


 お母さんとはぐれてしまい、泣いているわたしを助けてくれた男の子。


 結局花火大会が始まるまでに見つけられなくて、お母さんが打ち上げた群青色の花火を、その男の子と一緒に見たんだよね。


 後でお母さんにスッゴク怒られて、また泣いちゃったけど。


 今ならわかる。


 あの時の男の子が立飛くんだって。


 駅で助けて貰った時から気になっていたんじゃない。


 あの時から立飛くんの事が好きになっていたんだ。


「もう開けていいよ」

「……うん」


 彼の言葉に合わせて、わたしはゆっくりと目を開けると、彼が見せたいと言っていた色の世界に驚く。


 目の前に広がる色の世界。


 昼間は色とりどりのパラソルで彩られていた空。

 それが夜になるとパラソルから変わり、魔法石を使ったガラス細工に変わっている。

 光輝く魔法石のガラス細工は地球から月に土星などの惑星や、海や陸の動物達まである。

 地面には花のガラス細工まであった。

 色を発しながら輝く魔法石のガラス細工に、わたしは子供みたいに喜んでしまう。


「すごい……すごく綺麗だよ、立飛くん!」

「喜んでくれて良かったよ。毎年、花火大会の終わりはウチの母親がやってるから。夢の魔法が少しでも解けないようにって」


 周りを見ると子供たちや、カップルらしき人たちも喜んで見ている。

 中には子供の時のわたしみたいに、お父さんに肩車をして貰っている子供もいた。

 そんな中、わたしは地面に置かれている白い花のガラス細工に近づく。


「これって、かすみ草?」

「ああ。花言葉が感謝って意味だから、みんなに感謝をって意味で作ったみたい。みんなのお陰で今の私がいるからって」

「……みんなに感謝か」


 わたしもみんなに感謝を込めて魔法花火をやった。

 お母さんの群青色の花火に、わたしのオリジナル魔法花火アクアマリンリウムも。

 美咲の魔法力を借りなければ出来なかったから改めて思う。

 みんながいなければ、わたしの心は灰色のままだったに違いない。

 あの頃から変わる事から出来ずに、ずっと俯いたままだっただろう。


 でも今は違う。


 みんなのお陰で、この世界は自分次第で何色にも変わる世界だとわかってきたから。


「四季島、群青色の花火を見せてくれてありがとう。四季島が見せたいものって群青色の花火の事だったんだな」

「うん。むかし立飛くんが見た群青色の花火って、お母さんが編み出したオリジナル魔法だったの。立飛くんにどうしても見て欲しくて、お母さんに無理言って頼み込んじゃった。でも、その甲斐はあったよ」


 みんなの喜ぶ顔が見たくて必死に練習した。


 数え切れないほどの失敗を繰り返して、わたしには無理かもと思った時もあった。


 だけど一番わたしに勇気をくれた立飛くんの顔が浮かび。


 彼の喜ぶ顔を見たくて諦め切れなかったし、諦めたくなかった。


 立飛くんや、みんなの様に何かに打ち込んで頑張りたかったから。


 お母さんと言った瞬間、立飛くんが心配そうな表情になる。

 わたしとお母さんの関係性を知っているからだ。


「その……大丈夫だったのか。お母さんと話してさ」

「大丈夫。最初は怒られたけど、最後は言いくるめたよ。こう見えてわたしも四季島の女だからさ」

「そっか。頑張ったんだな、四季島も」


 わたしの言葉や表情に安心したのか、少し笑みを溢す。

 すると立飛くんが視線をそらして、ボソっと。


「その浴衣似合ってるよ、四季島」

「……えっ!?」


 恥ずかしいのか目を合わせない立飛くん。


 わたしも不意に言われた言葉に心臓の鼓動が速くなる。


「あっ、ありがとう。から好きなんだ。朝顔柄の浴衣って……」

「うん、似合ってる。その間違ってたら悪いんだけど、むかし俺が一緒にお母さんを捜していた初恋の女の子って……」


 それ以上立飛くんは何も言わなかった。


 わたしも何も言わず、今度は互いに目を合わせて。


 ほんの少しだけ身長が高い、彼の瞳を見つめて決意する。


「立飛くん!」


 とどけ。


「わたし、立飛くんの事が――」


 届け、わたしの想い。


「すっ――」


 その瞬間、わたしの想いを遮る誰かの呼び声が。


「碧!!」


 呼び声に遮られ、わたしの想いの言葉が途切れてしまう。

 徐々に呼び声の方に向くと、そこには一人の男性が息を切らしながら立っていた。

 その懐かしい顔を見て、わたしは名前を呼んでしまう。


「……お父さん?」


 ******


 この回で二章完結になります。


 また書きためてから投稿致しますので、よろしくお願いします!


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