最終章 あなたのキャンバスは何色ですか

第47話 あの場所へ

 わたしの目の前に立っているお父さん。

 電話ではいつもと変わりない声をしていたが、博多で別れた時よりも少し痩せている様に思えた。


「碧、隣に居る男の子は?」


 お父さんの視線の先に写る立飛くん。

 咄嗟に立飛くんが、わたしから少し離れて頭を下げ。


の立飛隼です」

「これはご丁寧にどうも。碧の父、四季島彰人です。いや~、父さんてっきり碧の彼氏かと思ったぞ。あはは」

「お父さん!」


 もしかしたら、なっていたかも知れないのに お父さんのせいだよ! 言いたくなる。

 立飛くんもどうしていいか分からなくて困惑してるし。


「……お父さん、なんで東京にきたの? 週末はいつもお母さんの所に居たのに」


 そう。お父さんは週末になるとお母さんの入院している病院に通っている。

 それが日課だったし、わたしも最初は家に居なくて寂しかった。

 相談したい事があっても普段は仕事で帰りが遅く、週末の休みにと思っても病院に居て、家にはわたし一人しか居ない。

 だから相談はお婆ちゃんにしか出来なかった。

 魔法が上手く使えないから学校に行くのが嫌だったし、それを笑われるのも辛かった。


「父さん、まとまった休みが取れたんだ。ちょっと、碧にも大事な話があるしな……」

「大事な話?」


 わたしが訊き返すとお父さんは立飛の方を一瞬だけ見た。

 どうやら家族だけの話らしく、立飛くんは察してくれたみたいで。


「えっと……四季島、取り敢えず俺は帰るよ。その大事な話って大丈夫なのか?」


 本当だったら告白していたが、お父さんもいるし、告白するタイミングを逸してしまい、そんな雰囲気でもない。


「ううん、大丈夫。気をつけて帰ってね」

「……わかった。じゃあまた学校で」

「うん」


 手を振って彼を見送り、わたしは緊張の糸が解けたみたいで全身から力が抜けていくのを感じた。


「いいのか、碧。何か邪魔しちゃったみたいだな」

「大丈夫。……それより話って何?」

「いや、何というか……綾子さんの家で話そう。彼女にも関係する事だから」

「……うん」


 お父さんは何処か罰の悪そうな顔をしてるし、綾子さんにも関係する話って言うから疑問が深まる。

 けど家路につく人々の笑顔を見て、わたしの告白は失敗したけど魔法花火は成功したかみたいで嬉しい。

 今はそれだけは救いだった。


 ******


 家に帰ると美咲に綾子さん。それに明彦さんも居て、わたし達を待っていたらしい。

 そして綾子さんと明彦さんに話があるからと言い、わたしと美咲は部屋で着替えてから降りてくる様に言われた。


「彰人叔父さん、ちょっと痩せたね」


 階段を上がりながら美咲が不意にいう。


「……うん。お父さん忙しいから。平日は仕事で、週末はお母さんの入院している病院に付きっきりだし」

「そっか……お父さんに会えて嬉しい?」

「え」


 数段上から、わたしを見る美咲。

 その言葉に視線を反らして。


「……半分。久しぶりにお父さんに会えて嬉しいけど、もう半分は嬉しくない……」

「もう半分は、か。いうようになったね、碧も」

「なにそれ」

「別に。ただ自分の感情に素直になるのは良いことだよって、いいたいだけだよ」


 きっと美咲は立飛くんに告白出来なかったのを察しているだろう。

 それに以前のわたしだったら、取り繕った言葉を言っていたはずだから。


 ******


 リビングに戻るとお父さんを向かい合わせにテーブルに座ると、なんだか学校でやる面談ぽくて緊張してくる。

 学校を転校したいと言った時に似ていて嫌な気分になってきたし、なんだか胸騒ぎがする。


「碧、学校は楽しくやってるみたいだな。母さんから聞いたぞ」

「うん……でもお母さんは、わたしに興味なんて無いでしょ。お母さんに言われたんだだよ。『中途半端な魔法使いは嫌いなのよ』って。忘れたの? お父さん」

「覚えているさ。一度だって忘れた事はない。母さんが碧に何をしたのかや、それで碧が辛い思いをしたのも忘れていない」


 なんだか嫌な気持ちになってくる。

 お父さんは必要な時にわたしを見てくれなくて、ずっとお母さんを見ていた。

 わたしが助けを求めたい時に居なかったのが堪らなく嫌だった。

 何よりお母さんの話が嫌。

 魔法花火の件はあるけど、それでも嫌なものは嫌。


「お父さん、それだけなら部屋に戻るよ。わたし疲れているから」


 ちょっと冷たく言い放ち、イスから立ち上がるわたしにお父さんは。


「ま、待ちなさい、碧!」


 リビングのドアノブに手をかけた瞬間に立ち上がるお父さん。

 勢い余ってイスが倒れ、切迫した表情を見せて。


「その……父さん、碧にお願いがあるんだ。勝手な事を言っているのもわかるが、碧に聞いて欲しいんだ。頼む……」


 緊迫した声音。

 いままで聞いたことがない、お父さんの声。

 その声音からして嫌な……何か良くない事を予感させる。

 まるで別れを告げるみたいに。


「福岡に……博多に帰ってきてくれないか、碧! 頼む!!」

「……え」


 ******


「博多に帰ってきてくれないって、どういうことなの?」

「その……出来れば親子で暮らしたいんだ。美琴も……母さんも喜ぶと思うから……」


 お母さんが喜ぶ?


 お父さんの言葉に、わたしの心は沸々と何かが沸き上がる。


「絶対に嫌……」

「え」

「絶対に嫌! なんでお母さんが喜ぶの!? またあの場所に戻るなんて嫌だよ!」

「碧が嫌なのは分かるが、ここは父さんの頼みを聞いてくれ!」


 あの場所は嫌なことしか残っていないし、また戻ったら忘れていた事を思い出す。

 そしたらきっと、また魔法が上手く使えなくなるに決まってる。

 あの頃の自分に戻るのだけは堪らなく嫌だった。


「わからない……わたしにはお父さんの気持ちがわからないよ。やっと友達が出来て、学校が楽しくなってきたんだよ……あの場所に戻ったら、あの頃のわたしに戻るに決まってる! これ以上わたしの……わたしの居場所を奪わないでよッ!!」


 この場所に居るのが耐えられない。


 お父さんと話していると、お母さんの影が見える。


 あの言葉を言った、お母さんの顔が。


 黒く塗り潰したお母さんの顔。


 勢いよく立ち上がってリビングから出ようとするとお父さんが叫んだ。


「もう母さんは……そんなに長くはないんだよ! 碧!!」

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