第45話 届きそうで届かぬ想い ④

 風も穏やかに吹き、雲一つない夜空。

 わたしと美咲は花火師さんと音響担当者、それに実行委員会とTV中継を担当するTOKYO MXの人達との最終調整をしていた。


「じゃあ花火が終わり次第、魔法花火の公演に移る感じでいいかな。音響は切り替わり時に音量高めで。打ち上げ中や魔法花火の公演中は極力低めでお願いします」

「はい」

「美咲さんと碧さんは、通常の花火終了後に特設会場の方に移ります。スポットを二人に当て、宣言してから美咲さんの魔法花火が始まります。美咲さんか終わり次第、碧さんに順番が回りますので。碧さんの魔法花火最終局面で暗めのライトが二人に当たりますから、例の企画を宜しくお願いします」

「「はい」」

「それと碧さん立っての強い希望で、例の企画は関係各所に通達、並びに許可は頂きましたので宜しくお願いします。シネマシティさんのパブリックビューに、伊勢丹さんの巨大広告モニターにビックカメラさん並びにヤマダ電気さんのTVコーナーは全部中継が映るように手配しました。並びに高島屋さんにもお願いして屋上を開放してもらってます。期待してますよ、碧さん」


 実行委員会委員長の男性が見るなか、わたしは力を込めて。


「はい、頑張らせて頂きます。それに突然の参加を認めて頂き、ありがとうございます」

「こちらこそ。美琴さん以来ですし、あの企画を聞いたら期待しちゃいますよ。それに例の配布物は、観覧者や来場者には配ってありますかね?」

「実行委員会の皆さんの協力で来場次第配っています。駅の改札口や、お祭りの会場でもやってもらってますから大丈夫です」

「分かりました。ではざっと打ち合わせは、こんな所ですかね。では今年も例の掛け声をやりますか……」


 祭りのはっぴを着た委員長の元に集まっては円陣を組み。


「今年も熱いよっ! 立川っ!!」

「「「今年も熱いよっ! 立川っ!!」」」


 周りの人達とハイタッチし、わたし達は行くべき所に向かう。


 ******


 通常の花火がクライマックスに近づくと、滑走路の奥にある特設観覧席や、マンションのベランダにビルの屋上からの歓声が大きくなる。

 あの中に茜にヒロミくん、そして立飛くんが居ると思うと胸がドキドキする。

 緊張で足が少し震えてしまうくらいに。


「碧、もしかして緊張してる?」

「うん……お腹痛くなりそう。美咲は?」

「全然。わたしは将来、偉大な魔法使いになるからね。これくらい何ともないよ」


 笑っていう美咲だが、その声音に不安の色を滲ませている。


「美咲、声がおかしいよ。それに手が震えてる」

「こっ、これは武者震いってやつですよ、碧さん」


 武者震いって……。

 だいぶ手が震えてるよ、美咲。

 わたしも人の事が笑えないくらいに震えてる。

 二人して緊張に揉まれていると背後から優しい声が。


「あなた達、そんな格好で晴れ舞台に行くきなの?」


 声の方に振り向くと綾子さんと菫さんが立っていた。


「お母さん!? 菫さんも、どうしてここに!?」

「どうしてって言われてもね、菫」

「まぁ碧ちゃんの頼みで例の物届けにきたからね」


 そう言って菫さんは手のひらぐらいの小箱を渡してくれた。


「お待たせ、碧ちゃん。碧ちゃんの注文通りに作ったから」

「ありがとうございます、菫さん。無理言ってすみませんでした」

「いいのいいの。断ったら美琴先輩に怒られるから。そっちの方が怖いし」

「あはは……」


 どんだけ怖い存在なんだお母さんって!?


「しっかしやるわね、碧ちゃんも。こんな魔法は美琴先輩でも思いつかなかったわよ。成功したら、かなり凄いよ」

「いえ……わたし一人じゃあ無理だと思います。だけど……」


 美咲の顔を見ながら改めて思う。


 一人じゃあ無理でも。


「美咲と一緒なら……二人一緒だから出来るんです。みんながいてくれたから、今のわたしはここに来れたんですから」

「綾子、本当に美琴先輩の娘なの? 性格良すぎて、ウチのバカ息子には勿体ないわよ」

「ん~姉妹の私が言うのもアレだけど、思わなくもないわね。あはは……」


 菫さんは、わたしの肩を掴むなり。


「碧ちゃん、考え直すなら今だよ。親が言うのも何だけど、ウチのバカ息子はボーっとしてるから苦労するよ」

「ええっ!? 何で知ってるんですか!?」


 まさか美咲がバラしたかと思い、視線を向けるが首をぶるぶる振って否定している。

 菫さんは綾子さんを見ては。


「美琴先輩みたいにバレバレだから。気づいてないのはウチのバカ息子くらいよ、碧ちゃん」

「ええっ!?」


 それってお母さんみたいに分かり易い顔と態度をしてるって意味ですか!


 すごく恥ずかしよ!!


「まっ、隼も隼で何か覚悟が決まったみたいで嬉しいよ。お父さんも喜んでるし。ありがとね、碧ちゃん」

「いえ……わたしの方こそ助けて貰ってばかりです。今日だって立飛くんのお陰で頑張って来れましたから」


 初めて東京に来たとき助けてくれた。


 魔法が上手く使えない悩みを笑わずに聞いてくれた。


 こんなわたしに頑張ろうと勇気をくれた。


「そっか、色々あったみたいだね。母親としては嬉しいよ。隼が人の役に……こんな美人さんの役に立ったなんてね。碧ちゃんと逢ってから、隼も明るくなったし」

「わたしとですか」

「そうよ。前まで飛び方を忘れた鳥みたいだったもの。また写真を頑張ると言い始めたし、碧ちゃんのお陰で飛び方を思い出したみたい。親として、隼に勇気を与えてくれてありがとう」


 菫さんは満面の笑みを浮かべては頭を下げる。


「かっ、顔を上げて下さい! 

「あら。お義母さんだなんて照れちゃうわよ、碧ちゃん」

「ごめんなさい!!」


 つい咄嗟にお義母さんと言ってしまった。


 ……恥ずかしくて顔が熱い。


「別にいいのいいの。碧ちゃんみたいな女の子は歓迎だから。もういっその事たから立飛にしちゃう?」


 それはつまり、わたしと立飛くんが……結婚するってこと!?


「あれ、もしかして立飛の名前って嫌いだった?」

「きっ嫌いじゃないです! 好きです! 大好きです!!」


 大声で大好きです!! と言っては周りの実行委員会の人達が笑いを堪えている。


 もう恥ずかしか!


「よし! それでこそ立飛家の女だよ、碧ちゃん」

「ちょっと、菫。碧は四季島の女なんだから、隼くんが四季島家に来なさいよ。それに菫、姉さんを説得出来るの?」

「いや、それはほら。きっと美琴先輩も分かってくれ――」

「あの姉さんが? 本当に?」


 綾子さんの鋭い視線と言葉に、どんどん小さくなっていく菫さん。


「いや……ムリかな。絶対呼び出し受けるよ、私。学生時代みたいに『菫、黙って差し出しなさい』って言われる」

「あ~、姉さんならやりかねない。『四季島の女を嫁がせる訳無いでしょ。そっちが来なさい』って」

「うわ~言いそう。むしろ絶対に言うね。考えただけでお腹痛くなる」


 さっきまで笑顔だった綾子さんと菫さんの顔が曇っていく。

 学生時代のお母さんは、どれだけ怖い存在だったと思ってしまう。

 そして花火がクライマックスから終わりに近づく歓声が上がると、綾子さんは手を叩いて持ってきた物を見せる。


「美咲、碧。二人に浴衣を持ってきたから。これを着て、晴れ舞台を決めてきなさい」


 それは白地に描かれた向日葵と、薄紫色の朝顔柄の浴衣。

 小さい時に着させて貰った、あの時の浴衣にそっくりで、浴衣を拡げては自分の体に合わせてみる。

 サイズもぴったりそうだし、何よりあの頃と同じ朝顔柄の浴衣が着れることが嬉しくて仕方がない。

 美咲と見せ合いっこしてると菫さんが声をあげて。


「ハイハイ、見せ合いっこはそこまでだよ。私と綾子が着付けするから急いで控え室に行くよ!!」

「「はい」」


 ******


 通常の花火が終わり、滑走路の真ん中に設営された舞台袖で出番を待つわたし達。

 お母さんに群青色の花火を見せる為にスマホを渡しといたから抜かりはない。

 歓声が静寂り、仄かに心地よい音楽が流れていき、遠く離れた視線の先には彼が待っている。


 わたしの……わたし達の二人の魔法花火を。


「準備はいい? 碧」

「うん。今のわたしに出来る事を全部出し切るよ」


 無言で美咲は頷き、耳に着けたインカムからカウントダウンが聞こえてくる。


 そして0になった瞬間。


 会場の眩しいスポットライトが、わたし達に一気に集中した。

 美咲はわたしの手を握りながら深呼吸して――。


「皆さん、花火大会はまだまだ続きます!」

「ここからは、わたし達ふたりが贈る魔法花火を楽しんでいって下さい! 今までにない魔法を皆さんに届けます!」

「時間が経てば魔法は消えますが、皆さんの心に残った魔法は解けませから!」


 美咲はわたしを見て。


 わたしは美咲を見て。


 息を合わせ、互いの片手を握り合わせては、もう片方の手を皆の居る観覧席に伸ばし。


「「それでは皆さんを魔法の世界にお連れします。マジカルワールドにようこそ!!」」

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